第八幕 欧州出兵編~ブリテン島決戦~
外伝 のんびり屋さんのサンタクロース 前編
時間は約2か月前に戻り、2045年12月25日、午前8時00分、ロンドン。
「お母さん、プレゼント置いて無かったよ……」
子供が母親にそう言いながらしがみつく。
「僕、悪い子だったのかなぁ……」
そんな子供を撫でながら、母親は気まずそうな顔で言った。
「今は戦争中だから、サンタさんもここまでこれなかったのよ……来年には、きっと今年の分も合わせて持ってきてくれるわ」
12月25日、クリスマス。
しかし内乱が発生し、もはやロンドン周辺の守りで手一杯のイギリスに、子供たちが喜ぶおもちゃたちを生産することは出来ず、親たちもそのようなものを買えるだけの余裕はなかった。
9月末にはノーザンプトンが突破され、12月にはワトフォード手前まで戦線は迫り、最終防衛ラインであるロンドンまであとわずかとなっていた。
10時21分、ロンドン作戦本部。
「何? 子供たちにクリスマスプレゼントを与えたい? 何をぬかしている、今は戦時中だぞ」
「いやしかし、子供たちへのストレス等を考えますと……」
今日の会議は、もっぱらクリスマスプレゼントについてであった。
「もはや、ドイツからの海上輸送も危うい状況であるというのに、おもちゃなどを積んだ輸送に護衛艦、護衛機を付けられるものか」
そのような押し問答が続く中、ブリッシュ首相が一言言った。
「……今は、おそらく無理だ」
その一言に、一同が沈黙する。
「だが、プレゼントは必ず渡す」
「それはどういう……?」
一人の官僚が聞くと、首相は声を張り上げて言った。
「題して、のんびり屋さんのサンタクロース作戦だ!」
再び、沈黙が訪れた。
「え、衛生兵! 首相がおかしくなった! 至急医者に見せろ!」
「まてまてまて、私はいたって正常だ!」
「すみません首相、首相の疲労を考えられず、このようなことになってしまって! 今すぐ休めるよう手配します、ですからとにかく今は医者のもとへ!」
「だから私は正常だ!」
しばらくそのやり取りが続いた後、互いに一度落ち着き、会議を進めた。
「それで、話を聞いてくれる気になったかい」
「はい……すいません」
しゅんとした官僚とため息をつく首相、ようやくその作戦について話し始めた。
「この作戦の内容は……」
そうして、首相が考えた、子供たちを喜ばせるための作戦が始まった。
現在、16時30分、ロンドン。
「首相からの大切な放送があるって言っていたけど、何かしら?」
クリスマスの夕方、突如ロンドンに首相の声が響いた。
「前置きはありません、率直に皆さんにお伝えします」
皆が固唾をのんでその放送を聞く。
「今年、ほとんどの家にサンタクロースが現れなかったことと思います」
思っていた報告と違うからか、一同口をあんぐり開けている。
「政府のもとに、サンタクロースから手紙が届きましたので、それを今から読み上げます」
咳ばらいをして、手紙とやらを読み上げ始める。
「イギリスに行く予定だったが、のんびりしすぎてプレゼントを用意するのを忘れてしまった、子供達には本当に申し訳ない。今すぐ準備をして届けに行くが、用意には時間が必要だ。3月までにはもってゆくから、良い子にして待っているんだぞ」
その言葉を聞いてた子供たちは、歓喜の声を上げた。
「やったあ! サンタさん来てくれるって!」
首相の言った3月というのは、なんの根拠もなしに言ったわけではない。
3月が、イギリスの守備限界と言われている月なのだ。
この月を過ぎてなお戦争が続いていた場合、イギリスはもう持たないと予想されている。
これこそが、のんびり屋さんのサンタクロース作戦第一段階だった。
子供たちの士気を高め、国民の戦争疲労を少しでも解消する、そういった狙いが込められていた。
現在、2046年2月17日、18時30分、ゼーブルッヘ港。
「積み荷は全部積み終わりました!」
「対空火器の搭載も、軍の協力の下、完了しました」
サンタクロース作戦は、月日がたち、第二段階へと移行していた。
「よし、明日の早朝に出航だ、乗員はよく休み、しっかり遺書を書いておけよ!」
第二段階、ドイツ、フランスで生産されたおもちゃたちをロンドンへ輸送する。
しかし現在は戦時中、大々的に軍の護衛をつけることは出来ない。
そのため三隻の輸送船それぞれに、イギリスから派遣された『スピットファイアMk.XVIII』が三機ずつのみの護衛でイギリスまで届けなくてはならない。
他に空路でも、二機の輸送機がロンドンに向けて飛び立つ準備をしている。
こちらの護衛は、フランス空軍『ラファール』が二機のみである。
「こんな苦しい状況でも、やるしかないんですか?」
「せっかくロンドン周辺の安全が確保されたんだ、早いうちに子供たちにプレゼントをあげたいだろ」
戦況の好転により、NPOの輸送団体の元へイギリスから依頼が来たのだ。
「非営利活動法人とは言え、最低限自分の命ぐらいは保証しておきたいものですけどね」
この団体は、戦時中で輸送が乏しい地域などに物資を届けるために結成された組織で、主に欧州、アフリカ、中央アジアで活躍していた。
「この組織に入ったのが運の尽きだ、あきらめて俺たちの役目を果たすぞ」
組織名『愛を運ぶ救済船』は、退役軍人や傭兵など、様々な人種、年齢、職種で構成されているが、各々の信念と目的はただ一つ。
「俺たちの目的は、笑顔への貢献ですものね」
自らが戦うことで傷ついたり、悲しんだりする人々を見続けた者たちが、そんな人たちを笑顔にしたい、罪滅ぼしをしたいという目的で作らた組織なのだ。
「そんな辛気臭い顔をしないでくれ、守こちらも心配になってしまうだろ」
そう言うのは、護衛のスピット隊隊長だった。
「えーっと……」
「マーリンだ、よろしく」
「ああマーリン、護衛隊の隊長だな、よろしく頼むよ」
そう言って、硬い握手を交わした。
「子供たちのために、一緒に頑張ろう」
「ああ、そうだな」
『愛を運ぶ救済船』のメンバーの男は、大きく息を吐いて言う。
「明日は、俺たちの戦争だ」
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