第二〇七話 撤退失敗


突撃開始から48分。


「……遅い」


 俺は愛銃の銃身を交換しながら、そう呟く。


「ほんと、第四部隊はどうしたんですかね」


 隣で着弾観測、射撃補助をしてくれている村井が、話に乗って来る。


「もう一時間近くこの戦場の兵をこちらに引き付けているはずだ、第五が飛行場を制圧したのは確認したが、第四の報告が来ないし奥から挟撃する様子も見えない……」

 

 まさかとは思うが、全滅したのか?


「第四部隊の部隊長は、ハワイの時に前線を支えた部隊長の一人だ、あっさり死ぬとは思えないんだがなぁ……」


 銃身の交換が終わった俺は、再びベルトを銃に噛ませ、構える。


「最終的には、空が突っ込んで状況を見てくるはずだ、それまでは、戦線を支えなくちゃな」


 そう言い切って、俺は再び引き金を引く。

 ガガガガガガガガガと一定のリズムで、12、7ミリ弾を、Ⅿ2ブローニングが発射する。

 M2ブローニングは、『F6F』などの航空機に乗っている機銃と同じもので、12,7ミリ弾を発射する高威力長射程の傑作重機関銃だ。


「左前方、新手」


 村井が双眼鏡を除きながらそう指示を出す。

 それに合わせ、体と銃口をずらし、新たな目標めがけて機銃弾を発射する。

 地面が石畳のため、火薬の破裂音に交じって、金属が石を叩く音があたりに響く。

 そうしている間に通信兵が駆け寄ってきて、受話器を渡した。


「大島! 退くよ!」

「なんかあったんだな」


 やけに荒々しい雨衣の声を聞いて、俺は半分察した。


「町を包囲していた戦車隊が攻撃を受けてる、第四も第五も壊滅、攻勢部隊はもうボロボロ、これ以上は戦線が崩壊する」


 ……逆包囲されたか。

 俺たちは、橋頭保を築くためにシェフィールドに攻め入ったが、攻勢線が細すぎたのか、いつの間にかシェフィールドを包囲する俺たちを包囲するように、敵の部隊が陣を構えていたようだ。


「了解した、援護隊、撤退する」


 この戦闘、シェフィールド攻防戦は俺たちの負けだな。

 悪態をつきながら、俺は機関銃を担いで走り出していた。


「どこが穴だ? 部隊を分散させたことか? それとも戦車隊を市街地に入れなかったことか? ……いや、ここを攻めたことか?」


 ロンドンから、敵本拠地と思われるブラックプールまでは距離がある、そこで中継点とするため、このシェフィールドを狙ったが……。


「アメリカを待った方が良かったな……」


 いくら先鋭とは言え、数が少なすぎた。

 裏をかかれ逆包囲、本部との連絡遮断、各分隊が個別で動くよう完全に誘導された、見事に術中にはまったとしか言いようがない。

 明後日21日までには、ロンドンに米軍からの歩兵戦力、戦車師団が到着する、それを使って、シェフィールドを再攻略することになるだろう……。


「上空に敵機!」


 誰かがそう叫ぶ。


「クッソ『A型』じゃねえか、『フライングトール』が近くにいるのか?」

 

 もう何が何だかわかんねえな。

 俺は走りながら、無線機を雨衣へと繋ぐ。


「上空掩護機は? このままだと撤退時に乗る車輌が狙われるぞ」

「多分間に合わない、対空車輌が頑張って応戦するだろうけど、歩兵だけで孤立することも覚悟しておいて」

 

 あーまじかー。


「まったく、補給無しの孤立なんて最悪のパターンじゃねえかよ」

 

 俺の嘆きも空しく、その後、機甲師団は撤退した。




現在、20時42分、ルール港に停泊中の『大和』、作戦会議室。




「橋頭保の確保に失敗した?」


 俺の元に、顔を青くした通信課の兵が報告に来た。


「はい、想定以上の反撃を受け、機甲師団は撤退、歩兵は撤退に失敗し、シェフィールド手前に取り残されています」


 空達が孤立している……。


「歩兵の救出は?」

「明後日ユニオンの援軍がロンドンに到着するため、その部隊に合流させるとハインケル機甲師団長が……」

 

 本当に……それまで耐えられるのか? 兵は損耗しているはず、たった数十人で、二日も持ちこたえられるのか?


「……取り残されている詳細な人員を報告するように言ってくれ、それから、桜日軍の司令官にも、出来れば救援に行くように言ってくれ」

「それが……」


 報告に来た兵が言葉を詰まらせる。


「どうした?」

「現場で指揮を取っていた松本大佐の死亡が確認され、桜日軍の現場司令官は、現在雨衣空少佐に移譲されました……」


 現場指揮官が死んだ……これは……。


「割と、真剣にまずい情況かもしれんな……」


 俺は北海の海図を見ながら、そう呟く。


「フライングトールの行方も結局分からなくなり、いまだに『スレイブニル』数十隻健在で機動艦隊はほぼ無傷……航空戦力は陸の戦闘にも影響を及ぼすからな……」

 

 早めに、航空決戦を仕掛けた方がいいかもしれないな……。


「大和」

「なに?」


 俺が呼ぶと、大和がすっと隣に姿を現す。


「空母組の面々を集めてくれ、専門家たちの意見を聞きたい」

「おっけー」

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