第二〇六話 攻勢限界

 隊を分離してしばらく進むと、シェフィールドの中心に存在するWAS側の防衛陣地が目に入ってきた。


「……流石に空襲入った後だし、こんなもんか」


 私はkarのスコープで陣地を軽く見てみたところ、敵の数はそこまで多くない。


「第四、頃合いを見て一番奥の対空陣地へ侵入、占領を試みて。第五、滑走路に居る航空機周辺を制圧、飛び立たせないで」


 私が無線機でそう伝え、返事を待つが。


「……第四、第五、聞こえてる?」


 返事が無い。


「これ、もしかして……」


 部隊全滅はありえない、だとしたら……。


「通信仲介役の部隊が全滅したか、電波妨害か……」


 そう大島が呟く。

 私は少し考えた後、衛星電話を繋ぐため、通信兵を呼ぼうとするが。


「やめとけ」


 大島がそれを止めた。


「どうして? せめて指示は出さないと、四、五部隊は動けないよ?」

「衛星電話は、逆探知されやすい」

「……分かった」


 大島の顔は、今までに見たことが無いほどに真剣だったため、私は素直にその指示を聞くことにした。


「まさか信号弾を撃つことになるとは思わなかったなっと」


 代わりに私は、背中の辺りに入れておいた、古びた見た目の信号弾を手に取る。


「それ、他の部隊が見て分かるのか?」


 石塚が双眼鏡を除きながらぼやく。


「ま、何とかなるでしょ」


 私はそう言って、赤いグレランの弾のようなものを詰め、上空へと発射した。


「行くよ」


 上空で爆発したのを見て、私は部隊に突撃を指示した。

 一同が頷き、小走りで長方形の敵陣地へ向かって走って行く。


「Kar、手伝って」


 私が呟くと、私の隣にkarの姿が現れる。


「おっし、任せとけ」


 自分の赤髪をかき上げ、敵陣地を睨む。

 今回のシェフィールド攻略最後の砦、ここは簡素な滑走路と対空陣地、補給所を備える長方形の800㎡程度の陣地。

 もともとここにはシェフィールド駅があって、そこを少々破壊して陣地としたと本部は見ている。

 ……少々ねぇ。


「こんだけ荒らされて、少しな訳無いでしょ」

 

 私はそう呟きながら、karの引き金を引いた。





「掩護は十分だ、進むぞ!」


 ひっそりと陣地の背後に迫っていた第四部隊が、陣地正面でドンパチが始まったのを確認し、滞空陣地制圧へと動きだした。

 目標は対空陣地の制圧、ほとんど歩兵は正面に回っているので防備は手薄だった。


「よし、之ならすぐに正面か第五の掩護に向える」


 部隊長はそう呟きながら89式を連射し、味方を狙っていた歩兵の頭を吹き飛ばす。


「隊長! 対空砲はボフォースの40ミリみたいです、健全な奴は破壊しますか?」

 

 一人の兵がそう隊長に聞く。


「いや、ボフォースなら弾の互換性が効く、鹵獲しよう」


 そう話している中、少し離れた場所で電動ノコギリのような音が響き、ドサッと人が倒れこむ音がした。


「まだ歩兵が……いた、のか……」


 隊長が視線を送ったその先には、全体的に丸いボディーをしていて、明らかに通常の機械歩兵よりも手がかかった見た目をしたロボットが立っていた。

 顔は真っ黒いモニターのようになっており、カラーリングはややグレーがかったオフホワイト、左手は人間のように五本の指と手の平を持っているが、右手は肘より先がバレルとなっていて、そこからは硝煙が上がっている。


「何で、お前が……」


 第四部隊の隊長は、そのロボットから視線を動かせないのか、構えていた銃を地面に落とし、膝を付いてしまった。


「隊長! 何やってるんですか⁉」

 

 部下が隊長を引きずって瓦礫の裏に隠れようとするが、ロボットはその動きを見るや右手をこちらに向け、再びノコギリの音を響かせた。

 慌てて、隊長を引きずっていた兵は、隊長を抱えながら瓦礫裏へと飛び込んだ。


「隊長、一体どうしたんですか! あのロボットが一体何だって言うんですか」


 そう言いながら、兵は瓦礫を壁にロボットに向けて発砲するも、敵の弾幕が強すぎて、よく狙えないまま再び瓦礫裏へと引っ込む。


「ASIMOだ……」


 隊長は、腰にささったハンドガンを抜きながら、そう力なく呟く。


「なんですかそれ?」


 隊長は、若い兵の問いに答える。


「もともと、私達ホンダが研究していた、世界初の二足歩行ロボットだ」


 この隊長、年齢は50代。

 そしてもともと務めていた会社は、本田技研工業株式会社だった。


「あがっ!」


 そう隊長が話している間にも、あちこちで死体が出来上がって行く。

 ASIMOは、新しい時代へ進化した革新的移動性を求め、研究の果てに作成された二足歩行ロボットだ。

 その研究チームは2018年ごろ、研究に一区切りがついたことで解散した。


 ホンダはこのASIMOの技術を使い、福島第一原発の災害用ロボを作成、他にも海外へ輸出し農業などの手伝い、山火事など人が手を出しにくい災害での作業など、人間の平和や生活の豊かさを求めて、その技術は世界中に出回っている。


「お前は……お前は、こんなことをするために生まれた訳じゃないだろ!」


 隊長は、ASIMOのことを一通り話し終えると、ハンドガンを握りしめたまま走り出した。


「隊長!」


 兵の声に耳も傾けず、一直線に敵ロボットへ向けて走り出す。

 その姿を見つけた敵ロボットは、一瞬動きを止めたようにも見えたが、何を言うこともなく右腕から弾丸を発射した。

 撃ちだされた弾丸は、無慈悲にも隊長の体を切り刻み、辺りに鮮血をまき散す。


 倒れ込んだ隊長の胸元から転げ落ちてきた一つのロケットペンダント、その中には、敵ロボットによく似た『ASIMO』と握手をする、隊長の若かりし頃の姿が在った。


「お前は、お前は……こんな場所にいては……いけないんだ……」


 そう言い残して、ガクリと隊長の体から力が抜けた。

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