第二〇二話 子守歌

 腕時計には黒髪の少女が映し出され、私の方を睨んでいた。


「貴方が……コードネーム『娘』、ですね」

「はい、コードネーム『娘』、桜日軍サイバー戦闘担当の『伊403』潜水艦、ヨミです」


 軍機の塊みたいなWSが、わざわざ出てきてくれたようで。


「よろしいのでしょうか、指揮官様が精神を振り絞って隠しているというのに、自ら出てきてしまって」

「貴方が持っているその薬、ⅯⅠ6御用達の『RⅩ224』、アルコール成分を利用した体に害の少ない自白剤ですが、パパは未成年です、アルコールの過剰摂取は死を招きます」


 ッチ、そこまで知っているのか。


「では、貴方に直接聞きます」


 私は聞きだす相手を本体の方へと変える。


「なら、こちらの世界に来ていただきますよ」


 画面越しの少女が鋭く睨んだかと思えば、一瞬で辺りが真っ白の空間へと変わった。




 私の目の前に、ロングスカートのクラシカルメイド服を纏い、銀髪を背中に流すメイドが目の前に現れました。


「ここは……」

「ここは、私の世界です」


 キョロキョロとあたりを見渡すベルファストに向けて、そう伝えます。


「ここなら、誰にも話を聞かれることは在りません」

「さようですか……でしたら、聞かせていただきます」


 ベルファストはキリッと厳しい目をこちらに向け、こう言ってきました。


「貴方、一体どれだけの演算能力を保有しているのでしょうか」

「私の頭脳となるスーパーコンピューター『宵闇』は、毎秒109京回の計算速度を持ちます、艦隊全体の電探、通信機に同時接続するなど朝飯前です」


 私の言葉に、ベルファストは引きつった笑みを見せました。


「とんだ化け物ですね」


 そんな言葉、侮辱にもなりませんね。


「それで、之は貴方に聞いても分からないかもしれませんが一様お聞きします…………あの青年は、一体何者なんですか」


 やはり、ベルファストが一番気になっていたのはそこみたいですね。


「あの青年の異常なまでの判断力と冷静さ、そして兵器である私達へのあの態度……WSに自らお茶を出す人間なんて、本国では見たこともありません」


 パパは、不思議な人ですからね。


「パパは……いえ、有馬勇儀大佐は、兵器が大好きなただの高校生ですよ、ただ人一倍兵器の事を好きなだけであって、特別なことは何もありません」


 その言葉に、ベルファストは呆れたように笑いました。

 そんなベルファストに、私は言葉を続けます。


「兵器が好きだから、喜んでもらいたくてお茶を出してきますし、兵器が好きだから、兵器が壊れないよう作戦を立て、戦場でも兵器を失わないように立ち回ります」


 パパの行動の根元は、全てそこにある。


「パパは狂おしいほど、兵器を愛しているのです」

 

 私が一瞬瞬きをする間に、元居た小高い丘に建っていた。

 指揮官様は、机に突っ伏して眠っていた。


「……ヨミ、本国を取り戻したら、データベースに登録しておかないとですね」


 指揮官様、貴方は気付いていないでしょうけど、貴方は……貴方はこの世界大戦における、特異点シンギュラリティの一人なのですよ。


 異端者、強者は、敵からはもちろんのこと、味方からすら危険視される。

 実際、ユニオン、ロイヤルは、日本軍に所属する二人と敵側の一人を、この戦争の特異点シンギュラリティとしてマークしている。


「兵器を愛する指揮官様、私自身は、貴方様のことを信頼しています」


 ヨミからの話、戦場での指揮、会議室での会話、この数日間だけですが、指揮官様の動向を監視させていただきました。


「その結果から、貴方は信用するに値する存在だと確信しました」

 

 お茶を片付けながら、私は指揮官様を揺する。


「指揮官様、そろそろお戻りにならないと皆さまが心配しますよ」


 有馬様の腕時計は、14時20分を指していた。


「指揮官様、指揮官様」


 私が続けて揺すると、指揮官様が唸りながら私の方へと倒れこむ。


「ちょっ、指揮官様! いけません!」


 私は、私の服にしがみつく指揮官様を離そうとするが、少しずつ私のエプロンが濡れていく事に気付いた。


「指揮官様……?」

「航大……こう……だい……」


 指揮官様は、誰かの名前を呼びながら、私のエプロンにしがみつき続ける。


「……貴方様のお友達、ですか……?」


 あまりにも幼い泣き顔に、私は指揮官様を離す気力が失せてしまった。


「よしよし、指揮官様も、何かお辛いことがあったのですね……」


 有馬勇儀大佐、18才の若すぎる指揮官。

 8月15日、日本が全面的に戦争に参加しアメリカとの共同戦線、インド救出と打撃作戦、そして欧州出兵の今日この日、2月16日までの約七カ月戦い続けてきた。

 あと何年続くかもわからなかったこの戦争に、指揮官様はチェックとなる一手として参戦した。


 今の戦略研究家や、軍の研究部は分かっていないようだが、大戦を潜り抜けたWSたちは皆感づいている、この戦争はおそらく後一年続かずに終わる。


「チェックメイトの一手を打てるのは、チェックをかけた貴方様、ひいては日本だけです」


 そんな大役を、この若者に背負わせるのはいささか酷すぎるかもしれませんね。


「今だけですよ……私が、お嬢様以外にこのようなことをするのは、いまだけですよ……」


 私はゆっくりと指揮官様を抱きかかえ、椅子から下ろし、頭を膝の上に乗せる。

 それから私は暫くの間、指揮官様……いえ、有馬様の頭を撫で続けた。


「Rock-a-bye baby~on the treetop~7When the wind blows the cradle will rock~

When the bough breaks~the cradle will fall~And down will come baby~cradle and all~」


 貴方様の眠る揺りかごは、たとえ木から落ちたとしても、きっと誰かがキャッチしてくれますよ……。


 私の歌声は、少し肌寒いそよ風に乗せられて、港の方へと消えて行った。

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