第二〇一話 心ばかりのお礼を
現在、12時24分、ヤーデ湾。
俺は今、ヤーデ湾から少し離れた位置にある小高い丘の上に来ていた。
「呼び出されたから何事かと思えば、お茶会へのご招待だった訳だ」
丘の頂上に立つと、湾全体が見渡せるようになっており、そこには白い机椅子のセットが用意されていた。
「はい、『大和』艦内では大変お世話になりましたので、心ばかりのお礼をと考えまして」
俺を待っていたのは、ベルファストだけだった。
「クイーンとウォースパイトは、一緒じゃないんだな」
「私はメイドではありますが、御二方の親ではありません、一人にして欲しいと言われたのについていくような、野暮なことは致しませんよ」
おどけたように、そうベルファストは返した。
「さあお席へ、私自身、貴方様とお話ししたいこともあって、静かな場所にお呼び出ししたのですから」
その言葉と共になんとも言えない眼差しが、俺の眼球を貫いた。
「ああ、分かった」
俺が席に着くと、ベルファストは美しいティーカップを机に置き、赤茶色の液体を優雅に注ぐ。
「簡単ですが、レモンティーを用意しました」
甘い匂いとふんわりとした湯気が、俺の鼻をくすぐった。
「紅茶は余り嗜まれていないとお聞きしましたので、あまり癖のなく、どなたでも飲みやすいシンプルなものになっています、どうぞご賞味ください」
「それじゃあ……」
ベルファストがそうにこやかに進めるので、俺はその言葉通り紅茶に口をつける。
口に含んだ瞬間、頭がぽわぽわとするほど心地よい感覚に陥り、ゆっくりとカップを下ろす。
「さすがに指揮官クラスと言えど、こんな若い子に、毒への体制は訓練されていませんね」
私は遠くを見つめたまま動かない有馬様の目元を見て、そう判断する。
「では、これから私が聞く質問に正直に答えてください」
「ああ、分かった」
有馬様はうつろな目のまま、そう答える。
「まず、現在港に泊まっている米艦隊旗艦、『イントレピット』の指揮権は貴方が持っているのですか?」
なぜ我々と正面からぶつかる際、大きな海戦が予想されたのに、現代艦艇たちを日本艦とわずかなドイツ艦に絞り、米艦隊を温存したのか、それを聞くことにした。
「あの艦隊の指揮権は『イントレピット』に乗っているマクラス・ゴルバ長官が持っている」
指揮権は無し、じゃあ動かなかったのは向うの意思?
「なぜ海戦に、アメリカ艦隊はついてこなかったのですか?」
「君たちを沈めないためにだ」
……何を言っている?
「アメリカ艦隊は、WASに従わされている以上敵とみなし、容赦なくロイヤル艦隊を撃沈する予定だった……俺はそれが嫌だった、だから一時的に、重要物資の輸送船護衛をお願いし、ポーツマス海岸の守備に当てた」
我々がこの港に着いてからアメリカ艦隊が帰投してきたのは、海戦とは別の場所の任務を任されていたからだった……それにしても、妙な真似をする指揮官だ。
「なぜ、それほどまでに我々を助けようとするのですか? 我々、弱ったロイヤルネイビーの戦略的価値は低いように思えますが」
たった数隻に撃ち減らされたロイヤルネイビー、それもWS艦艇のみなど、たとえ仲間にしたところで、ほとんど意味がない。
「日本海軍の父を、何故自ら殺しに行けると思う? 100年以上前のことであったとしても、イギリスが日本に与えた海軍力は何度も日本を救ってきた、その恩をあだで返すようなことは、俺もWSの皆も、したくなかったんだ」
私は、自身の鼓動が早まるのを感じた。
これは驚き? いや、喜び? 自分でもよく分からない感情が、今私の胸の中を駆け巡っている。
「では、質問を変えます」
私は一度大きく咳払いをして、聞く内容を変える。
「レイピアを解除したあの技術は、一体どのような物なのでしょうか」
『レイピア』正式名称、電波妨害型ブルーコマンド『レイピア』。
レーダー、通信機器、ありとあらゆる電波を使用するものに挿入することができ、その挿入方法も、コマンドを実行したい物体をロックオンし電気ショックを発射、それを受けた物体の制御プログラムにコマンドを上書きするだけという簡単な代物だ。
しかし、一度に大量の物体に挿入できるため、敵の攪乱にはうってつけの代物で、私の知る限り、一瞬で全て同時に無力化できた敵は存在しなかった。
「あれは……」
有馬様が、口を途中で閉じる。
「……言えない、あれは秘密だから……」
これは、驚きですね。
「まさか、精神力で回答を耐えている……?」
自白剤の量を増やさないといけませんね……。
そう思い、ポッケに隠していた薬品を再びティーカップに入れようとした時、不意に有馬様の腕時計が鳴った。
「わたしのパパに、あまり怪しい薬を飲ませないでください」
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