第一九三話 紅茶の香り
現在、9時55分、『大和』作戦室。
「えっと、紅茶入れたけど、飲むか?」
俺が作戦室の扉を開け言うと、英国艦三人が目を輝かせてこちらを振り向いた。
「紅茶!」
「これは失礼しました! 指揮官様のお手を煩わせてしまうなんて……」
クイーンが喜々として、机に置いた紅茶に手を伸ばすのに対して、ベルファストがそう言って頭を下げる。
「別に大丈夫、君たちは『大和』の客人なんだから、どんと構えていてくれ」
その言葉に、ベルファストは微笑んだ。
「ではありがたく頂くとしましょう、機会があれば、今度は私がお茶を準備させていただきます」
そう言うと席に着き、紅茶を手に取った。
「ふん、指揮官は紅茶より緑茶のが好きだぞ、ベルファスト」
ビスマルクは俺の持ってきた新たなコーヒーを啜りながら、不愛想に言う。
「あ、あはは……まあ確かに緑茶のが好きだけど……」
「でしたら緑茶を準備しますよ、私は英国艦隊のメイドですから、お茶を入れることは得意分野です」
そんな会話をよそに、クイーンとウォースパイトの二人は、俺の紅茶に口をつけていた。
「これ……美味しいわ……」
「そうだな……なかなかの腕前だ」
どうやら気に入ってもらえたようだ。
「ベルガモットの香り……これは……アールグレイのクラッシクリーフですね」
目を閉じ、香りを嗅いだ後、口に少量含んだベルファストはそう呟いた。
「確かに、香りの立たせ方がお上手で……しっかり蒸らしたのが分かります」
再び口に含んで、もう一言。
「それにこれ、少量のミルクが入ってますね?」
「よ、よくわかったな……」
一語一句寸分狂わず、ベルファストの言った通りだ。
「私、この味好きだわ……ベル、今度アールグレイを入れるとき、同じようにミルクを入れてくれないかしら?」
「承知しました、お嬢様」
クイーンは余程気に入ってくれたのか、減るのを惜しむように口をカップに就けていた。
「どうしてこんなにおいしく感じるのかしら……」
「そうだな、クイーンは今まで、ベル以外のアレンジ紅茶は好きになれないなどと言っていたのにな」
そんな二人の会話に、俺は苦笑しながら言う。
「実はこのアレンジ、エリザベス二世のお気に入りの飲み方なんだ」
現在のロイヤルで、事実上トップに君臨するケンブリッジ公ウィリアム王の叔母に当たるエリザベス女王が、この飲み方がお気に入り、ということは何かの記事で読んだことがあった。
名前が同じ『クイーンエリザベス』のWSであるクイーンも、気に入ってくれるのかもと思い、このような入れ方をしてきたのだ。
「まあ、わざわざ私を意識して入れ方と茶葉を選んで下さったなんて……」
少し頬を赤らめ、クイーンは照れ隠しなのか縮こまって紅茶を流しこんだ。
そんな和やかな空気が会議室に流れていたさなか、その空気をぶち壊す伝令が、伝声管を通して伝わってきた。
「各乗員に告ぐ、速やかに第四種戦闘配置につけ! 繰り返す、第四種戦闘配置!」
ん? これ大和の声か……しかも、第四種? 何があったんだ?
「聞いたことない配置だな」
ビスマルクがそう呟く。
今現在、桜日海軍、海上自衛隊が使う戦闘配置の名称は、砲雷撃戦の第一種、対空戦闘の第二種、対潜水戦闘の第三種で、臨戦態勢の第一警戒配置、索敵強化の第二警戒配置、通常状態の第三警戒配置だ。
してこの第四種戦闘配置は異常時、どんな敵、どんな状況にも対応できるように、という戦闘配置だ。
「ともかく艦橋に行く、ビスマルクは自艦に戻れ、三人は――」
「私達も艦橋に行きます、艦に人は乗ってないので心配はいりません」
俺が言い切る前に、クイーンが紅茶を飲み切って言った。
「お、おう、分かった」
そんなこんなでビスマルクは消え、三人は俺について艦橋へと昇って行った。
「お、来たね」
「どうしたんだ? 艦内放送じゃなくて、わざわざ伝声管を使うなんて」
俺が聞くと、大和は「うーん」とうなりこう告げる。
「簡潔に言うとね、艦隊全体の電探、通信機器、電子機器が全部使えなくなった」
「……は?」
それ……やばくない?
俺は慌てて通信関連の設備に触って反応を確かめるが……
「艦内無線電話もS無線も……衛星通信まで……」
確かに、どれも反応がなかった。
俺は慌てて伝声管で伝令の兵を呼び、各艦に発光信号で状況を確認させる。
その結果は……。
「ほんとに艦隊全体の通信機能と電探機能が止まってる……」
「電波を使う系統の物が全滅のようですね……いかがいたしましょうか?」
後ろについてきた三人が、顎に手を当てながらうーんとうなる。
「とにかく、なにか連絡を簡単に取れる手段を探さないと……」
何か、何かないか……電波を使わなくても連絡が取れるもの……。
「そう言えば、腕時計のアプリ、どうやって通信してるのか分からないな……」
俺は腕時計を呼び起こし、ひとまず、弓のアイコンをタップし、赤城を呼び出してみるが……。
「流石にそんな都合よく繋がらないか……」
「明石に入れてもらったやつ? あれも結局電波で通信する物なの?」
「みたいだな」
俺はうーんと考える中、ウォースパイトが呟く。
「もしかして……レイピア」
「もしこれがサイバー攻撃によるものなら、そうかもしれませんね……」
そんな不穏なワードを聞いて、俺はロイヤルの面々に話を聞く。
「そのレイピアって、なんだ?」
「もし電探の故障などでなければ、これはSKによるサイバー攻撃であると考えれます」
ベルファストがそう言うのと同時に、伝声管から声が聞える。
「電探、通信アンテナ、異常見られません!」
どうやら三人の考えは正解の用だ。
「詳しく聞こう」
俺が聞くと、ベルファストが話し出した。
「我がロイヤルに存在するサイバー戦闘部隊SK、その中でも、電波発信を阻害するレイピアと呼ばれるコードがあります」
なんか、これほんとに俺達聞いていい情報なのか?
「レイピアコードを使用すると……簡潔に言うなら、電波発信を不可能にする機能を持ちます」
電波を発信させない……?
「だが、電探のモニターには何も異常が無かったそうだが?」
俺がそう言うと、ベルファストはハッとした顔で口元を押さえた。
「これは、少し語弊がありましたね……正確には、電波を超微弱にし、数センチ程度しか飛ばないようにするのです」
だからモニター上では、こちらから電波を発信していたが、自身の艦体がレーダーに映り、まるで雲がかかったようになっていたのか……。
「じゃあ、どうすれば直せる?」
大和がベルファストに聞いた。
確かに、それが一番気になるところではあるが……。
「レイピアは対象の電探、無線機そのものに効果を発揮するものです、一つ一つ解析して、取り除いていくしかないでしょう……」
人力では、かなり時間がかかりそうだな……。
……そう言えば、その手のことに専門の……艦が……。
「あ……れ……」
俺は考えていると、急に立ち眩みがし、その場にしゃがみ込む。
「どうされましたか?」
「勇儀、大丈夫?」
クイーンが俺の体を支え、その前に大和が座りこんで顔を覗き込む。
「だい……じょう…………ぶ――」
言い切る前に、俺の意識は暗転していった。
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