第一九二話 失意のロイヤルネイビー


現在、2月15日、9時30分、デンマーク国際軍港島、出港。


 俺たちは艦隊決戦勝利後、雨雲と共にデンマークの管理する人口島の軍港に移動し、フライングトールの動きを探りながら、ロイヤルネイビーのWSたちと会話を試みようと会議室にビスマルクを含め、集合していた。


 フライングトールは北極方向に移動を開始したのを確認したため港を出港し、ドイツへ帰投しているが、肝心のロイヤルネイビーたちは……。


「……いい加減何かしゃべらないか、クイーン?」

「……ここまでいいようにやられて、何を言えばいいのよ」


 ビスマルクはコーヒーを啜りながら足を組む。

 その前に座るのは、手前から順に『クイーンエリザベス』『ウォースパイト』『ベルファスト』。

 全員気まずそうに顔を伏せている。


「そんなに強くスカートを握ったら、自慢のドレスに皺が着くぞ、クイーン」


 クイーンとウォースパイトは、ベージュっぽい色のドレスを着こみ、胸元に、クイーンは赤、ウォースパイトは青のリボンを結んでいる。


 双方派手な衣装ではなく、シンプルでスッキリとした印象を受ける見た目だ。


「最初の海戦でビックセブンの二人を失い、撤退戦で『フッド』を見殺しにし……二度目の海戦で私達は拿捕された……こんなの、誇りあるロイヤルネイビーの面汚しにもほどがある……いっそ、沈めて欲しいぐらいだ」

 

 ウォースパイトがそう言いながら、涙をポロポロと零すのが、ショートカットの髪を挟んで見える。

 クイーンの表情は長い金髪で見えないが、同じく涙を零しているのかもしれない。


「主人二人は話ができる状態じゃあないみたいだぞ、ベルファスト」

「はい……質問には、私が代わりに答えさせていただきます」


 二人の隣に座らず、ずっと立っていたベルファストは唇を噛みしめ、メイド服のロングスカートを握りながらそう言った。


「聞きたいのは主に二つだ、一つは『アークロイヤル』『イラストリアス』の所在について、もう一つは『キングジョージ』がなぜ反転して退却したのか」


 ビスマルクがそう聞くと、ベルファストは静かに口を開いた。


「空母のお二方については、後衛第二艦隊に展開していたため、今は周囲の敵艦を航空攻撃し、ドイツに向かうようお嬢様が連絡しました、後程合流できるはずです」


 どうやらそこは、ロイヤルネイビー内で上手くやってくれたようだ。


「ッチ、アークも無事なのか」

「……そうでしたね、ビスマルク様はアークのこと、好きではありませんでしたね」

「その言い方はやめろ、まるでアーク以外の英国艦が好きなように聞こえる」

「失礼しました」


 さっきからこの気まずい雰囲気だ、話し出したから何とかなると思っていたが、悪化したよう……。

 まさかここまで英独の艦の間に、溝があったとは……。


 それに比べて太平洋の奴等は、真剣勝負一発で方がついたから良い方なのかもしれないな。


「それで、二つ目は?」

「陛下に関しては……」


 ベルファストがそこで言葉を詰まらせる。


「モスキートによれば、キングジョージのみ安否不明と言っていたが、ヨミは確かにキングジョージの首輪から衛星に繋がったから、あれが確かに本物のはずなんだが……」


 俺が呟くと、ベルファストが目を見開いて聞いてくる。


「モスキート……モスキートは無事なんですか!」

「お、おう、イギリスに上陸している独日合同軍が現在保護しているぞ」


 俺の言葉に、三人とも少し表情を和らげる。


「ロイヤル航空騎士団に、生き残りがいたとは……」

「キングジョージと同じ基地に居て、キングジョージの掩護を受けながら、現在のロイヤルの情報を伝えるために、逃げ出してきたと言っていたが……キングジョージは、何も言っていなかったのか?」


 俺が聞くと、クイーンは首を振る。


「こうして、私達は艦隊として合流しましたが、陛下は私たちに何もおっしゃられなかった……私たちの問いかけに答えてもいただけなかった」


 どうやらキングジョージのWSは、無事と言える状態ではないのかもしれない。


「まあひとまず君たちはドイツのヤーデ湾で保護する、今後のことは君たちで話し合って決めてくれ」


 俺は、これ以上有益の情報を聞き出すことはできないと考え、会議室を出ようと席を立つと、クイーンが立ち上がった。


「お待ちを」

「ん?」


 俺は扉を開ける手を止め、振り返った。


「……今後の作戦計画を、お聞かせ願えませんか?」

「なぜ?」

「私達も、祖国を取り戻す戦いに参加したいのです」


 ほう、参戦の意思表明をしてくるとは思わなかったな……。


「……分かった、現状を説明しよう」


 俺はそう言って、再び席に腰を下ろした。


「現状、日独合同軍と北欧の軍がブリテン島に上陸、地道に戦線を押し上げ、予定通りに行っていれば、今頃ロンドンまでは奪取しているはずだ」

「ロンドンまで! お早いですね……」

「まあ、日独の先鋭の部隊を送り込んだし、少し遅れて合流した北欧は物量で押し込んだからな」


 日独先鋭、独はハインケル長官率いる機甲師団、日はA組の三人のことだ。

 歩兵の部隊長である空、そして車輛操縦のA組が乗る『74式』、愛称『ニケ』、機関銃のA組が率いる火力支援部隊、ガンマンの人員が各部隊に配属されている。


「そして、ユニオンの機動部隊が戦略爆撃機を持ってきてくれたから、そいつらで各地の基地に爆撃を行っている、ただ思ったより『B52』の被害が大きいから、追加で無人の『B29』を輸送してもらっている最中だ」


 これが陸の現状、次は海について。


「そして海戦については、今まで君たちが見たままのことに加え、母港防衛に残っていたドイツ艦隊が多くの名付き艦を撃退した」

「ドイツ艦のみで?」

「うちの『一式陸攻』の掩護もあったが、『パール』『アメシスト』を撃沈し、『マウザー』を小破させている」


 心底驚いたような顔で、三人は顔を見合わせた。


 その光景を見て、ビスマルクは大げさに舌打ちをした、多分バカにされていると思ったのだろう。


「ドイツ海軍がそこまで強くなっているなんて、頼もしい限りだな」


 ウォースパイトがそう言って、ビスマルクの方を向く。


「ふん、我がドイツ海軍は昔から強い」


 その様子を見てベルファストは苦笑し、こう続けた。


「そうですね、ドイツのUボートには大層苦しめられました、今もあの潜水艦たちはいるのですか?」


 そう言えば戦力を互いに明かした時、Uボートは約100隻いる、みたいな話を聞いた気がする。


「今は、攻撃力はほぼ無いが、無人の海中哨戒艦として、地中海、北海、バルト海、ノルウェー海、大西洋で活動している」


 そこからは作戦どうこうより、ドイツとイギリスの何気ない会話が続いた。

 終始ビスマルクはそっぽ向いていたが、振られた話題についてはしっかり答えていた。


 しばらくその様子を見ていた俺だったが、ビスマルクの手元にあるカップが空になっていたことに気づいた。


「四人で楽しそうだし、お茶でも入れてきてやるか……」


 俺はそっとカップを手に取り、会議室を後にした。




現在、9時50分、『大和』電探室。




「あれ?」


 48号電探のモニターを見つめていた一人の兵が、慌てたようにカチャカチャとモニターをいじる。


「どうした?」

「いえ、一瞬機影らしき影が映ったと思ったんですけど、画面が真っ白になってしまって」


 モニター上に、まるで白い雲がかかるようにぼやけている。


「22号はどうだ? 何か見えるか?」

「いえ、こちらも真っ白です」


 電探室の要員は暫く電探の復旧に勤しんだが、うんともすんとも言わず、皆頭を抱えてしまった。


「取りあえず艦橋に電話を繋げ、報告してから整備課に見てきてもらおう」


 電探室長がそう指示を出し、一人が無線電話を繋ごうと受話器を取るが。


「……あれ? あれ?」

「今度はなんだ?」


 呆れ気味に電探室長が聞く。


「無線電話が、繋がりません……」


 その一声に、全員の顔から血の気が引いてくる。


「これは……異常事態だぞ」

「伝声管で異常事態を報告!」

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