第一九〇話 騎兵の砲声
遡ること三時間程前、2月14日、6時25分、イギリス南部。
「報告、北欧軍がバース、別動隊がドーバー港まで占領完了しました、両陣営ロンドンに向け進行中とのこと」
私のもとに報告が届く。
「そう、流石大陸国の陸軍だね……」
「ふん、WASは戦術がまるで素人だ、簡単に捻りつぶせる」
私の隣で煙草を吸うハインケル長官は、机の上に広げてある戦略地図を見つめる。
「こちらの被害はそう多くない、一挙に戦力を集中して、このままロンドンまで進撃してしまおう」
松本さんは、いつも飲んでいるコーヒー缶片手に戦略地図を眺める。
「今の戦力で行けますかね?」
現在、私たちが保有している戦力は
車輛
『74式』中戦車5輌 『87式』対空自走砲8輌 『チハ改』30輌
『六号』重戦車15輌 『三号』中戦車20輌 『四号対空』戦車4輌
『四号突撃』戦車10輌
歩兵 歩兵4613人
航空機
『F15J―ⅭⅩイーグル』3機 『零式艦上戦闘機七二型』1機
『零式戦場戦闘機五二型』12機
この戦力で、ロンドン包囲網を殲滅できるのだろうか?
「やれないことはない、ただ少々君を使いまわすことになるが」
「私を?」
ハインケル長官は大きく息を吐き、三つの位置に目標ピン赤を立てる。
「それぞれWASの弾薬集積所、ここは車輌で行くには少々遠い位置にある」
そしてもう一本、目標ピン黄色を立てる。
「ここから順当にロンドンに向かった場合、ぶち当たる守備陣地、ここには『Ⅼ5セイバー』、海岸で戦った『チャレンジャーⅣ』がいる。左右に散らばった北欧軍と別動隊が合流すればまだましになるだろうが、このままでは大分戦力を削られることが想定される、削られた戦力でそれらを叩いている余裕はない」
『Ⅼ5セイバー』、詳細は覚えていないが、WASの名付き戦車の中でもトップクラスに強力な車輌で、現代車輌であっても容易に破壊する砲と砲弾、120ミリを正面から弾き飛ばす装甲を持っている。
松本さんが作戦の内容に気付いたのか、勢いよく立ち上がる。
「それは余りにも酷すぎる!」
「しかしこの娘の戦闘技術は一人で一個中隊に匹敵する、いや、もしかしたらそれ以上化もしれない」
実力を買われるのは嬉しいけど……なんか複雑だなぁ。
「いやあ、私そんなに強くないですよ?」
「何を言うか、シューカ・タシュケント、貴様の情報はすでに把握済みだ、BTTポルシェイド924を取り込んだ一人だということもな」
その言葉を聞いた瞬間私は勢いよく立ち上がり、腰の『H&KP30』に手をかける。
「どこから」
「我がドイツの諜報部隊を舐めてもらっては困る」
「その情報、北欧の国家機密なんだけど」
「しったことか」
ハインケル長官は煙草の火を消し、腕を汲む。
「まあ落ち着け雨衣少佐、ひとまずその話は後だ」
私は拳銃から手を放し、大きくため息。
「まあいいや、それを知ったうえで私に何をさせようとしているのか、教えて貰えますか、長官?」
私が聞くと、ハインケル長官が航空機の駒を一機取り出す。
「ゼロに君が乗って敵地に降下、強襲、それを三回繰り返す」
予想以上に脳筋だった。
「回収は?」
松本さんがそう長官に聞く。
「ゼロを着陸させて帰ってくればいい、ゼロは航続距離と離陸距離の短さに関してはピカ一だ、可能だろう?」
「そんな無茶苦茶な……」
松本さんはそう言って頭を抱える。
いやまあ、距離的には増槽をつけてぎりぎり大丈夫な所だけど……。
「装備はどうするんです?」
「爆薬とナイフさえあれば十分だろ、別に殲滅しろというのではない、火薬を爆破してこいと言うだけだ」
この人、本気で言ってる?
「……それだけ厳しい任務を私に課すなら、何かしら見返りがあっていいんだよね?」
「無論だ、勿論可能な範囲でだが」
この人、もしかして私を試してる? いや、私というよりポルシェイドの力かな。
「いいよ、やってあげる、その代わりの報酬は後で考えておくから、覚悟しておいてね」
私がそう言って立ちあがると、ハインケル長官はにやりと口元を緩ませ、組んでいた腕を離すと立ち上がり、私の方に手を置いた。
「頼んだよ、リトルバーサーカー」
その手は思っていたより太く大きいもので、私の首筋を指が掠めた。
「冷たい」
首筋に触れた手は、血が通っていないのかと思うほど冷たかった。
現在、7時45分、ロンドン手前、主力機甲師団。
「全軍、進軍開始、パンツァーフォー!」
私の掛け声で、鋼鉄の騎兵たちが前進を始める。
「『チハ改』、正面に展開、『ティーガー』の掩護をしろ!」
松本の声が通信機から聞こえると、横一列に並ぶ14輌の『ティーガー』の正面に、30輌の『チハ改』が展開する。
それを正面とし、一段後ろに『74式』と『四号突撃』が並ぶ横帯陣形で、敵陣地を目指し、進軍する。
これだけ目立って移動しているんだ、敵ももうじき出てくるだろう。
「『チハ改』八号車破壊! 砲撃正面右方向!」
「全車両、隊列を崩すな、『ティーガー』は照準に敵が収まり次第射撃開始」
私が総指示を出す間にも、何発もの戦車砲弾が飛来してくる。
「敵車種見えた! 敵勢力、『チャレンジャーⅣ』4輌、『Ⅼ5セイバー』8輌、『ライオン』中戦車12輌! バラバラに突っ込んできます!」
「経路変更、敵が正面になるよう右旋回! 『四突』照準、先頭を走る『Ⅼ5セイバー』!」
指示で一斉に陣形は右に向きを変え、一段後ろにいた『四突』は足を止め、ゆっくりと砲身を動かし発射体制に移る。
「照準よし!」
通信機で、『四突』の指揮官から声が聞える。
「撃て!」
その一声で、一斉に10輌の『四突』が火を噴いた。
「命中! 『Ⅼ5』一輌行動停止!」
「正面より機械歩兵接近!」
戦場は目まぐるしく状況が変わる。
「後方の兵員輸送トラックを左側から回らせろ! 『チハ改』一から七号車は歩兵群に向かって突撃! 『四突』各個照準、自由に撃て!」
それに合わせて私も指示を出し続け決して足は止めない、止めてしまっては機甲師団の強みが消えてしまう。
「『ティーガー』14号、11号破壊!」
「抜けたところに『74式』を導入! 『ニケ』は現在位置を待機!」
正面に展開する陣形に穴が開いたら、一段後ろで構えていた『74式』が入り、とにかく横一列の陣形を崩さない。
崩すのは、もう少し先だ。
「歩兵群戦闘中の日本兵より、機械歩兵殲滅終了!」
「よし、ならそのまま『チハ改』を先頭にロンドンへ侵攻!」
あとはこいつらを片付けて、歩兵と合流するだけだ。
「敵『チャレンジャー』発砲!」
その声とほぼ同時に、私の乗る『ティーガー』の車体が大きく揺れる。
「指揮車輌を狙ってきたか!」
「そろそろ良いだろ、突撃の許可を!」
私の車輌が狙われたことをチャンスに、『ニケ』の車長が突撃許可を求めてきた。
「まだだ!」
だが、私はそれを許可しない。
もう少し、もう少し立てば……。
「上空に味方機!」
来た!
ジェット音が響くとともに、『チャレンジャー』の密集地に対地ミサイルが飛来、吹き飛ばしたかと思えば、おまけでバルカン砲が地面を突き刺す。
少し遅れて、数機の『ゼロファイター』が小型爆弾を落とし、大量の土煙を巻き上げる。
「いまだ! 全車輌陣形を崩して突撃!」
私の指示で、先頭集団の『チハ改』が速度を上げ、敵『Ⅼ5セイバー』『ライオン』に突っ込んでいく。
体格差は歴然で、当たれば即死な砲を持つ戦車に突撃していく小柄な車輌たちは、まるで生き物のように左右に舵を振り、自らを砲弾とするように零距離へと突撃していった。
「日本の『ヤマトスピリット』には恐れいる」
そう呟き、次々に砲塔を高く舞い上げたり、内部からの爆発で木っ端みじんに砕けていく『チハ改』を見つめた。
そんな『チハ改』の車輌を乗り越えて、敵の集団の中に突っ込んでいく一両の車輌が居た。
「右70度、撃て!」
「命中、撃破!」
その報を聞くと、俺はすぐさまハンドルを回し、車体を左20度方向に進める。
「左40度、撃て!」
「命中、撃破!」
そして再び砲撃。
「成田! バック! 80度右」
車長の叫びに合わせ、俺はすかさずブレーキからの後進を入れ、言われた通りに車体を運ぶ。
その直後、砲弾が先ほどまでいた位置に着弾する。
「左10度、撃て!」
「命中! だがまだ動いてる!」
今狙ったのは『チャレンジャー』、流石に一撃では仕留めきれないか。
「APFSDF残り六発です!」
車内は様々な声が飛び交っている。
まあ、こんなふうに敵のど真ん中に突入したらこうなるわな。
「全部撃ちきれ! 撃ちきったらヒートに変えて『Ⅼ5』を撃つぞ!」
「アイサー! 命中、敵チャレンジャー、左履帯破損!」
常にアクセルをベタ踏みし、車長が足で、俺の肩を踏む方向にハンドルを切る。
「後方より他の『74式』も詰めてきた、『ライオン』は全て片付いたみたいだ」
車長がそう言うと、履帯が切れた『チャレンジャー』めがけ、詰めてきた『74式』の砲弾が飛翔する。
「よし、これだけ食らえば、最新のMBTでも、もう戦えまい」
車長のその言葉は正しかったらしく、一際大きな爆炎を上げて動きを停止した。
その様子を見てか、残っていた『セイバー』や『チャレンジャー』がぐるりと車体を回し、後退を始める。
「逃げる気か!」
車長が俺に前進を指示するが、それを遮るようにハインケル長官が指示を出す。
「全車輛集結、陣形を組み直し、再びロンドンへ向かう」
「ッチ、しゃあねえな」
車長は不満げな様子だったが承諾して、車内に体を戻した。
「成田、行くぞ」
「アイサー」
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