外章 まだだ、まだ……


「……ロンドンに、補給物資を渡された」


 金髪をなびかせながら、バツが悪そうに航空倉庫の壁を叩く。


「少し……遊び過ぎたようね」


 深呼吸をし、その金髪の持ち主、ヴェレッタ・アリアは通信機を取り出す。


「MG、シェフィールドへの配備は済んだかしら?」

「終わっている」


 簡素な返事が通信機から帰ってくる。


「そう……そこはブラックプールに一番近い重要拠点、防備はしっかり頼むわよ」

「分かっている」


 そのやり取りで、ヴェレッタは通信機をしまい、ブツブツと何かを言いながら髪をかき上げる。


「『UAC』、存分に使わせていただきますよ……それに、『サタン』級を含めた航空機動艦隊……まだ、まだ時間を稼がないと……」


 ヴェレッタは、自身の機体のエンジンを起動させる。


「すべては、あの人の理想の為に、あの人が掲げた世界の為に……」


 その目には、確かな決意が漲っている。


「ヴェレッタ将官、出撃ですか?」


 一人の整備兵が、エンジン音を聞いて航空倉庫に入って来る。


「違うわ、気晴らしにちょっと飛んでくるだけ」

「護衛機を出します!」

「いらないわ、ほんと基地上空を飛ぶだけだから大丈夫よ」

「……分かりました、お気をつけて!」


 会話が終ると、整備兵は機体から離れ、ヴェレッタは航空倉庫から『Ⅰ—932』を滑走路に移動する。

 そのままエンジンを全開にし、空へと上がって行った。




「イギリスの調子は良くないか……」


 男は、報告書を読みながらそう呟く。


「思ったより容易く戦艦群が無力化されたのが大きいか……」


 男は相変わらず、面白味の無い部屋の中にいる。


「まさか母港を丸ごと一つ潰されるとはな……ファントム部隊、厄介だ……」


 日本の上層部と一部の人間しか知らない名前を、この男は知っていた。


「失礼します……」

「どうした?」


 扉を開けたのは、黄色い髪を伸ばした幼い少女、紀伊であった。


「今日の訓練が終ったから……その……」


 もじもじと少女は言う。

 そんな姿を見て、男は優しい顔で手招きをした。


「おいで」

「……はい!」


 その手招きに、少女は顔を明るくし、男に飛びついた。


「今日もよく頑張ったな……」

「えへへへ」


 飛びついてきた少女を優しく撫でながら、男はそう優しい声で囁く。


「これで私も、万全な状態、いつでも戦えるよ?」


 男の顔を覗き込むように、少女は問う。


「そうか……なら来月、三月の中頃から、紀伊にも一つの戦場を任せよう」

「本当⁉」


 嬉しそうに少女は顔を明るくした。


「ああ、それまでは、もう少し待っていてくれ」

「うん!」


 静かにその時は迫る、史上最恐の砲撃戦、決して起こりえることのなかったはずの大海戦……。

 そんなこととは知らず、世界の国々は戦争を遂行する。

 

 各々の正義と、各々の平和を求めて。

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