第一六一話 有馬の隠しダネ


「さて、有馬は今回、どんなものを用意したのかな」


 私は立ち上がった土煙の後を双眼鏡で覗きながら、それを起した張本人を探す。


「……あー、やっぱり昨日の感覚はこいつらか……」


 海岸の先には、真っ赤な旗の中心に雪の結晶、それを挟むように鎌とハンマーが描かれたあの旗は。


「モスクワ連邦の増援か……」


 今回の欧州出兵にはドイツだけでなく、ロシア率いるモスクワ連邦も参戦する手はずだったが、連邦はWHSを脱退しているため、細かな情報交換ができずこのような状況になっている。


「ということは、さっきの土煙は艦砲射撃かな? あの威力だと……『オクチャブリスカヤ・レボリューシア』か……」


 『オクチャブリスカヤ・レボリューシア』もとい『ガング―ト』は、ロシア帝国時代に建造された戦艦で、ソ連に引き渡されると同時に名前が変わった。

 大戦中は艦砲射撃メインで活躍し、武勲章を上げた艦だ。


 私はこの程度のことしか知らない、詳しいことは有馬にでも聞いておこっと。


「全歩兵に告ぐ、之より我らロシア軍はこの地に上陸し、貴官らを援護する! 恐れず進め、太平洋の我らが同志たちよ!」


 ……うわぁ、聞いたことある声だぁ。


「雨衣少佐? どうかしましたか?」

「いや、なんでもない……さあ、さっさと敵を片付けて、滑走路の整備を手伝うよ」

 

 私の声を聴いて、部下の一人は頷き、他の部下も連れて前へ進みだす。

 私も後れを取るわけには行かないので、karを構え直して走る。


「なあ空、お前は、あの声の主を知ってるのか?」


 Karが聞いてくる。


「うん、あの声の主はロシア海軍欧州艦隊提督の、オルベール・モンタル長官だね」

 

 BD作戦の時、私の乗る輸送船を護衛していた艦隊の、司令官だった人だ。


「嫌いなのか?」

「いや、そんなことはないよ、でもめんどくさいんだよね、あの人」


 ストーカー気質と言うか、おせっかいと言うか……。

 そんな平穏な会話は、再び降り注いだロケット弾で止められた。


「うお! まだ撃ってくるの⁉」

 

 先ほどの一斉射で終わりかと思っていたけど、どうやらまだ残弾が残っているようだ。


「さすがにこれはほっておけないなぁ」


 ロケット弾は歩兵の移動や攻撃を困難にするだけじゃなく、苦戦中の『74式』を狙われるとまずい。


「kar、ちょっと暴れて良い?」


 私は愛銃に聞いてみる。


「しゃあねえな、付き合ってやる」

「ありがと、大好き!」


 私はそう叫び、通信機で戦場全体に伝える。


「私はこれより独立、敵ロケット部隊を潰してくる、各隊の指揮は隊長が独自判断、最終目標、飛行場の設立のために各員奮闘を期待する、じゃ、後よろしく!」

 

 その通信を聞いて、第三部隊に特例で編入されていた、機関銃のA組である大島陽人は、大きくため息をつき、肩にⅯ2ブローニング機関銃を担いだ。


「ほんと、A組のじゃじゃ馬と一緒にいると暇しねえな」

「おかげでこっちは振り回されっぱなしだがな」


 同じく第三部隊の隊長がため息をつく。


「隊長、どうするんだ? 俺らはこれからどう動く?」


 現状、この第三部隊の指揮を執る、馬場徹少佐がトップの階級に居る、指揮権は馬場にある。


「砲陣地の制圧も終わったようだし、我々はこのまま最終トーチカを攻略、その後、後からくる重機の護衛に当たろう、だが第二、第一部隊は合流してもらって、先に滑走路建設予定地を制圧してもらう」


 大島に隊長が伝えると、第三部隊は動きだした。

 その後、通信が回った他部隊も独自判断しつつ、行動を開始した、暴れん坊姫の報告を待ちながら。





「さてさて、ロケット弾をぶちまけているのはどこの車輌かなっと」


 私は、上陸地帯の奥にある、元市街地に進んでいた。


「……こういうところを見ると、総力戦の虚しさを実感するよ」


 WASの工作班、ボタンによって、イギリス北部が寝返り、ブリテン島は内戦状態に陥った。

 罪のない一般人や、子供までもが、住む場所を追われ、攻撃に巻き込まれた。


「ふん、ベルリンよりはましだ」


 karはそう言うが、廃墟と化した市街地を見ると、そう思わざるを得ない。


「日本は、絶対にこうはさせない……」


 そう呟くと、左前方より連続した爆発音が響いた。


「いたね」「いたな」


 私とkarは、互いに敵を確認し、戦闘モードに切り替わる。


「敵ロケットトラック『Ⅼ5アーチャー』が23輌、それを守る歩兵が……40人ぐらい? 追加で装甲輸送車両と……げ、『チャーチル』3輌もいるじゃん……」


 これだとさすがに、一人だと厳しいかなぁ。


「kar、どう思う?」

「……お前が持ってる二つの『Ⅽ4』爆弾、『01式軽対戦車誘導弾』じゃあ、ちょっと辛いかもしれないな」


 『01式』は、第一部隊に居た対車輌兵から貰って来たもので、一発しか弾は装填されておらず、替えはない。


「敵の戦車が奪えれば……」


 どうやら私は、久しぶりに本気を出さなくてはならないらしい。


「Kar、もしもの時はよろしくね」


 大きくkarがため息をつき、私の隣に実体化する。


「行ってこい、もしもの時は、私が止める」


 その言葉を聞いて、私は大きく息を吸い込み、神経を集中させ、私の中に潜む、人間ではない部分を呼び起こす。


 大きく心臓が鼓動を打ち、全身の血液が温まっていく。


「……久しぶり、この感覚」


 目を開けると、視界は赤く染まっている。


「アタック」


 私は呟き、駆け出す。


「what⁉」


 私の姿を見た敵歩兵が焦ったのか、こちらに手元の銃を向ける。

 しかし、私は敵が引き金を引くより早く、敵の手首をkarの銃先についた銃剣で切り落とす。

 そして、敵の悲鳴を聞く前に、口に『H&KP30』を突っ込み、のど奥に二発発砲する。

 その音に反応したのか、奥に居た兵が慌ただしく動きだし、戦車の砲塔がこちらに照準を合わせようと回転する。


「遅い」


 だが私はすでに、『01式』を敵に向け、発射していた。

 発射された弾頭は、敵戦車の操縦席を撃ち抜き、側面の弾薬庫をも撃ち抜いたのか、大きく爆発し、周辺にいた機械歩兵をも吹き飛ばした。


 しかし残りの戦車は、こちらに砲撃を始める。

 私は、敵の砲弾が直撃する前に走り出し、距離を詰める。

 走っている間にも、『P30』を乱射し、敵歩兵の頭数を減らす、そうしている間に、二輌の『チャーチル』の砲弾が、私のすぐ近くに着弾する。


「まだいける」


 破片が軽く腕をかすったが、支障はない。

 小型『Ⅽ4』を『チャーチル』の下っ腹に投げ込み、起爆する。

 綺麗に『チャーチル』は吹き飛び、またしてもついでに、周辺の歩兵が吹き飛ばされる。


「……歩兵は大体沈黙したかな」


 残った歩兵もkarで撃ち殺し、残ったのは装甲車輌と『チャーチル』一輌だが。


「この程度、話にならないね」


 私はそう呟いて、karに取り付けたスコープを覗く、照準を装甲車輛の覗き窓に合わせ、引き金を引く。

 短い悲鳴が聞こえた気がしたが、私は気にもせず、戦車に走る。

 しかし、装甲車輛の機銃は私を追うが、車輛自体は動きださない。


「やっぱりkarは、狙いやすくて助かるよ」


 私は薄く笑いながら、こちらに砲を向ける『チャーチル』に走る。

 砲身が安定したのか、敵戦車がこちらに発砲したが、私は、砲身が安定した直後に体を捻り、敵の射線から外れることで、砲弾を避ける。


「今撃ったね? じゃあ次、私の番だから」

 

 敵の装填が終る前に、私は機銃をよけ、敵戦車の上部に上る。


「はーいそこどいてね」


 私は車掌席から顔を出した男の頭を撃ち抜き、戦車の中へと侵入する。


「What  on  earth  Are you!」


 英語で怒鳴る敵兵に、私はできる限りの笑みで、その兵に言葉を返す。


「I am a skyblue princess」


 私は空色の姫、か……何言ってんだろう。

 自分で言ったことに、呆れつつ、私は引き金を引く。


「さて、やるか」


 私は射撃者席に座っていた死体をどかし、照準を『Ⅼ5アーチャー』に向け、引き金を引く。


「まあ装甲車輛ではないから、当てれば壊れるか」


 一発撃ってそれを確認したら、大きく深呼吸し、目を閉じる、体の中の血液を正常に戻し、少しずつ熱を冷ましていく。

 再び目を開けると、視界は正常に戻っていた。


「後は、雑にやっても大丈夫かな」


 通信機で、各部隊長に報告する。


「制圧終了、一輌鹵獲して持って帰るから、それまでに飛行場よろしくねー」

 

 私が通信機を切ると、karが姿を現した。


「案外コントロールできてるじゃねえか」

「まね、一回やらかしちゃってるから」


 あの時みたいなことは、もう起こしたくないから。


「さ、残った車輌片付けて、この戦車も破壊して、そんでもって、鹵獲したやつで帰ろっか、皆待ってるだろうし」


 私はそう言って、再び引き金を引いた。

 榴弾が命中したトラックは、ロケット弾に引火してか、大きな爆炎を躍らせた。

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