第一五六話 イギリス海峡横断


 現在、2月9日、20時15分、ヤーデ湾。


「それじゃあ、そろそろ行くね」

「ああ、行ってらっしゃい」


 港近くに錨を下ろしている、人員輸送艦「とちぎ」の前で、俺と空は話していた。


「にしても、有馬が戦場に出ないなんて珍しいね」

「そうだな、何気に初めてかもしれないな」


 俺は、戦線長官で在るため、戦場のど真ん中で小銃片手に走り回っていた、だがさすがに今回ばかりは彭城元帥が「君、『大和』艦長なんだから、陸に上がるとか許さんよ?」と、言ってきたので、今回は艦隊に残り、そちらの指揮を執る。


「心配? 自分で指揮ができない作戦は?」

「まさか、陸はお前が、空は吹雪が指揮して、総指揮はハインケル機甲師団長が執ってくれるんだ、何の心配もないさ」


 そう、今回は陸の専門家である、ドイツの機甲師団長、ハインケル・ピーター長官が総指揮を執る。

 なら俺は、本来の専門である、海の指揮を執るのが筋というものだ。


「そ、ならその信頼に応えないとね」


 そう言って、空は『kar98k』を背負い、腰に『H&KP30』を差し込む。


「吹雪にも言っといてくれ、死なない程度に頑張れ、ってな」


 俺はそう言って空に敬礼する。


「これより、有馬勇儀大佐の陸戦指揮権を、雨衣空少佐に移行します」

「了解、雨衣空、全身全霊をもって、任務を遂行します!」


 そう言って、空は輸送船へと駆け上がって行った。

 空が乗り込むと、輸送船の橋が畳まれ、大きく汽笛を鳴らした。


「行ってこい空、お前の力、信じているぞ」


 そして。


「応援に参加してくれた、日本国の兵士たち、貴方たちの力も、信じていますよ」


 俺はそう呟いて、港を後にした。

 

 今回の俺は、第二作戦『ユウシュン』の、制海権確保の指揮を執るため、上陸して戦う陸戦部隊とは別行動になるのだ。

 心配な事と言えば、空や吹雪が暴走して、好き勝手に暴れないかどうかだ。


「あの二人が暴れたら、波の人間じゃ抑えられないからなぁ」


 まあきっと、空はkarが、吹雪は零が、抑えつけてくれるだろう……そうであると信じたい。

 不意に空を見上げると、今日の空は、ほとんど星が見えなかった。




 人員輸送作戦


 ドイツヤーデ湾から、ボーンマス海岸。


 約10ノットで航行し、一度フランス、ラ・アギュの港から出港した補給艦によって補給、2月11日、08時30分より、上陸作戦開始。


護衛艦隊旗艦『アリゾナ』 艦長 エウェービ・コルト 

      『三笠』   艦長 凌空晴翔

護衛艦隊本隊

『B型駆逐艦』四隻 『A型駆逐艦』四隻 『Ⅽ型駆逐艦』二隻

護衛対象

 人員輸送船  『とちぎ』

 多目的輸送艦 『D110』『D120』

 航空武装輸送艦『D150』


補足説明

 『D150』は、航空甲板付きの輸送艦の為、艦隊防空はその艦の甲板に搭載している、『零戦五二型』12機、『零戦七二型』3機、『F15J―ⅭX』8機に任せ、対潜対艦哨戒は『SH60Jシーホーク』に任せる。





現在、2月10日、20時13分、北海南部。

艦隊、速力11ノット、護衛対象を中心とした輪形陣を展開。


「凌空長官、海中に数隻反応ありだ」


 私はその声で、ハンモックから体を起こした。


「潜水艦か?」

「おそらくは、ただこのサイズだと、『Ⅹ型』ではないようだ」


 ならそこまで気張る必用はないな。


「全艦に対潜戦闘を発令、『アリゾナ』と『Ⅽ型』には水上警戒を命令してくれ」

「了解した」


 私は腕時計で現在時刻を確認し、艦橋に上る。

 しかし低いな、いつも『大和』の艦橋に乗っていたせいで、『三笠』の低い艦橋に上ると少し違和感がある。


「三笠、正確な情報を教えてくれ」

「現在輪形陣の後方300mに2隻、右前方860mに3隻の反応だ、艦隊と同速度で航行している」


 敵潜水艦は、こちらが気付いていないとでも思っているのだろうか?


「敵に攻撃の予兆はあるか?」

「いや、まだ何も」


 そうか……。


「撃沈するか?」

「そうだな……『A型駆逐艦』を向かわせよう」


 A型駆逐艦は、対潜に特化した量産護衛艦だ、対艦戦闘や対空戦闘では、そこまで活躍できないが、潜水艦が相手なら、対潜魚雷に爆雷、そしてそれを命中させるための三一式水中ソナーが猛威を振るう。


「解った、『A型』を向かわせよう、ヘリコプターと言ったか? それはどうする? 対潜哨戒機なのだろう?」


 『シーホーク』のことだろう。


「『シーホーク』は動かさなくていい、他にも敵潜は潜んでいるかもしれない、哨戒を続けさせる」


 三笠は頷き、『A型』に指示を送った。

 それから少しすると、艦隊の外側に位置する駆逐艦三隻が速度を上げ、ソナーに反応の在った場所の上に陣取る。

 速度を絞り低速になると、今度は艦後尾から、円柱型の爆雷を投げ込んでいく。


「爆雷攻撃が始まったな」


 私の呟きと同時に、水中から爆発音が連続して響き始めた。

 爆雷が爆発を開始した証拠だ。


「む、当たったか」


 爆雷を投下し続ける中、ひときわ大きな爆発音と、金属の砕ける音が連続して響いた、きっと爆雷が命中し、潜水艦を沈めたのだろう。


「『A型』より、爆雷攻撃終了、全五隻、重油の漏れを確認、撃沈したと判断したようだ」

「了解だ、随伴艦をもとの位置に戻せ、先へ進もう、ああそれと、対潜警戒と対空警戒を厳に、敵潜に絡まれた以上、敵はこちらの位置を大方把握している」

「承知した」


 簡素なやり取りを三笠と行った後、再び私は、ハンモックに寝転がった。


「今夜は、星と月の光が強い、敵の夜間攻撃機や潜水艦にとっては、私たちを発見しやすくて助かるだろうな」

 

 そう呟き、目を閉じようとするのと、再び三笠が叫ぶのはほぼ同時だった。


「敵潜の反応あり! 同時に『アリゾナ』より、50機を超える敵大編隊を感知、後25分で会敵!」

「何⁉」


 50機か、どうやら向こうは、こちらを本気で潰すつもりらしい。

 だがどうする、23機で迎撃させることになるが……足りるか?


「三笠、全艦に対空対潜警報、『B型』を輸送船の側に、『A型』を潜水艦へ向かわせろ、それから、五五号ステルスレーダーも使用、敵が他に居ないか見つけ出せ」


 三笠は頷き、他の艦に連絡を送る。

 私はその間に、『D150』に乗艦している吹雪君に、無線を繋ぐ。


「あー吹雪君、聞こえているかい?」

「ええ聞こえています、迎撃戦闘ですね」

「何、分かっているなら話が早い、敵は50機を超える大編隊だ、夜間戦闘機もいるだろう、気をつけてくれ」

「了解しました」


 そこで通信は終わるが、代わりに、『D150』の甲板の電灯が、付きはじめ、甲板と、辺りを明るく照らす。


「さすが吹雪君、用意が良い」

 

 私がそう言うと、甲板のカタパルトを使い、『F15J―CX』が発艦していく。

 

 『F15J―CXイーグル』とは、だいぶ昔から使っている『F15』を、新たに改装したものだ。

 2024年当初はCだったが、2043年にもう一度改修があり、そこでXが付いた、『F15J』の最終改修型で、現在の新鋭機にも劣らない老兵だ。


「ふむ、『五二型』は、まだ出さんのか?」


 先ほど発艦した『イーグル』に続いて、吹雪君の乗る、『零戦七二型』小隊三機が発艦したが、他の『零戦五二型』12機は、まだ甲板の上で待機している。


 そんなことを考えていると、「我、之より防空戦闘の指揮を執る」無線で、吹雪君の声が、艦隊中に響き渡る。


「ほう、航空機の上から指揮を執る気か、その大胆さは、有馬君そっくりだな」


 さすが第348部隊と言うべきか。

 後、上官に報告する前に始めちゃうところもな……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る