第一五四話 『一式陸上攻撃機』


現在、2月8日、13時22分、航空隊組み立て完了。


「終わったわよ」


 俺は、港の一角で空を見上げていると、後ろから吹雪が歩み寄ってきた。


「やっとか、結構かかったな」

「そりゃ私たちは、天下のアメリカ様とは違うからね、人手はいつでも足りないよ」


 今倉庫では、ドイツと日本の航空整備課を総動員で、日本から持ってきた陸上機を組み立てていた。


「『一式陸上攻撃機二二型』122機、他に、WSの魂を搭載するネームド機であり嚮導機である、『一式陸上攻撃機四二型木葉』1機、組み立て終了か、いよいよ本格的に進軍準備だな」


 と言うか、本部は『一式陸攻』にも魂入れたのか……。


「木葉の魂って誰なんだ?」


 そもそも大戦中に、『木葉』と名前が付いている機体は無い、改装した新型……だよな?。


「高橋淳、超低空飛行の名手で、部下に遺書を書かせなかった人だね」


 あー戦後もパイロット続けたあの人か……。


「会ってきたら? 今はすぐそこの滑走路にいると思うよ?」

 

 そう、だな……港近くなら、昨日会えなかったビスマルクにも会えるだろうな。


「解った、会ってくるか……」




 13時26分、ヤーデ湾第一滑走路。




「これか……」


 滑走路に止まっている、いくつかの『一式陸攻』の中で、先頭に配置された、異様な覇気を感じる機体に歩み寄る。


「この気配、瑞鶴とそっくりだな」


 その瞬間、目の前の景色が目まぐるしく変わり始め、赤城や加賀の時と同じ様に、俺の頭では処理しきれないほどの感情と声が響き渡る。






「後方より敵機接近!」

「来るぞ!」


 響き渡る機銃手の声と、銃声。


「一番発動機被弾!」

「しまった! 火噴くぞ!」

 

 機銃弾を食らって、轟々と燃え盛るエンジン。


「前方よりてっ――」

「操縦死亡! 操縦死亡!」

 

 真っ赤に染まるコックピット。

 悲鳴を上げるボディーと、被弾した翼。


「落ちる、落ちる!」


 へし折れた翼、目を見開き叫ぶ乗組員。





「嚮導機が速度を上げた、爆撃進路に入るぞ」

「右後方敵機! ペロハチだ、『零戦』やっちまえ!」


 敵機発見の報と同時に鳴り響く機銃音、そして


「二番機被弾! 対空砲だ!」


 地上から打ち上げられる、対空砲火の砲声。


「嚮導機被弾! 三番機が引き継ぎます!」

 

 音を立てながら落下していく味方機。

 敵機の機銃が羽に、発動機に、コックピットに突き刺されば、一瞬でその機は落ちていく。

 ある機体は錐揉み状に回転しながら、ある機は発動機から火を噴きながら、ある機は、まるで糸が切れた凧のように、地面へと落ちていく。


「投下! 投下!」

 

 ガチャンと作動音が響き、重量物を切り離した反動で機体が、摘まみ上げられるように上に上がる。


「反転、とんずらだ! こんな空からはさっさと脱出するぞ!」





「低空を飛べ! 機体が上がったら蜂巣にされるぞ!」

 

 水しぶきを立てながら、六機の『一式陸攻』が、艦隊へと近づいていく。


「現在高度9m!」

「敵機は来ないが、対空砲火が尋常じゃないな」


 対空砲弾の爆発のたびに揺れる機体、そして、そのたびに高度が沈み、海へと衝突しそうになる。


「目標、輪形陣の中心に位置する、敵空母!」

「三番機被弾!」


 一番機が目標を伝達する間にも、低空飛行のプレッシャーに負け、わずかに高度を上げた機体は、無数の弾痕が滅多打ちにし、瞬く間に海中へと落ちていく。


「目標まで、一二ひとふた(1200m)!」

「よし、ここらで良いだろう! 投下!」


 ガコンと、操縦主の足下から動作の作動音が響き、バシャンと水に何かがつかる音が聞こえる。


「六番機、四番機墜落!」


 投下の反動で、機体操縦をミスしたのか、四番機は自ら海中へと機体を突っ込み、六番機は、正面から飛んできた砲弾の落下で、水面にそそり立った水柱に突っ込み、機体をバラバラに分解された。


「輪形陣抜けます! これで、対空砲とはおさらばです!」

「敵機、正面より複数接近! 地獄猫だ!」





「いやだ、死にたくない! 死にたくない!」「発動機爆発! エンジン停止!」「だめだ! もう護衛機が帰っていく! 燃料が足りないんだ!」

「帰ってこれたのは21機だけなんだぞ! 97機出て、21機だぞ!」

「人間爆弾なんて積んで飛べるか!」


「ありがとう、ありがとう……」





「おいお前、何勝手に人の機体に触れてんだ」


 はっと気が付いた時には、『一式陸攻』のボディーに手を振れていた。


「あ、すまない」

「ん? その桜の襟章……お前が吹雪の言っていた、有馬勇儀大佐か?」


 俺に声をかけた男は、凛々しい顔立ちで、俺の襟章を見つめてきた。


「確かに、俺が有馬勇儀ですけど……あなたは?」

「ふん、聞かなくとも理解しているくせに」


 素直じゃねえな。


「そこは、自分から名乗ってほしかったんですがね、高橋さん」


 高橋淳、大戦中、『一式陸攻』のパイロットとして名を馳せた人で、酒井さんや加藤さんみたいに、あまり大きく目立つことはないが、大戦開始から終戦まで生き続け、戦後も、95歳までパイロットを続けた、生きることと飛ぶことへの執念が、人一倍凄い人だ。


「別に名乗るほどのことをした覚えはないさ、こうして今ここに立っていることも、今だによく理解できないのだからな」


 いや、大戦を生き抜いただけでも十分凄いと思う。


「で、大佐さまがなんの御用だ? この『一式陸攻』爆撃隊に、出撃命令か?」


 戦意盛んだな、結構、結構。


「いや、出撃自体は明日で、陸攻隊が出るのは明後日だ」

「そうか」


 ……会話が続かない。


「そ、そう言えば、『一式陸攻』の改良型である、『木葉』はどうだ?」

「ああ、なかなかの出来だぞ、『一式陸攻』の弱点が綺麗にごまかされている」


 ごまかされている?


「詳細なスペックは……」


 高橋さんは、機体の中に入っていく。


「お、あったぞ、中に来い、説明してやる」


 俺は言われた通り、『一式陸攻』に入り込む、外見同様、中もあまり変化は見られない。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

『一式陸上攻撃機四二型木葉』


搭載エンジン;改水星エンジン 航続距離;2450km 最高速度;520キロ


防護機銃;20ミリ三丁 12、7ミリ三丁


搭載爆弾;八二番二発 二五番六発 六番二十発 

     800キロ航空魚雷一発 1200キロ航空魚雷一発

   


 『隼四型』や『突風』に装備されている、中型大馬力エンジンの水星を爆撃機仕様にした、改水星エンジンを搭載していて、防護機銃や搭載量アップの重量増加に対応、最高速度も上がっている。

 通常の水星が、1990馬力なのに対して、改水星は、2300馬力になっているが、エンジン過熱が少し上がっているため、注意が必要。

 防護機銃の配置は変更なし、後部のみ単装ではなく連装になっている。


 配置は以下の通り

 上部;360度旋回可能な20ミリ一丁

 尾部;射角を広くとった、20ミリ連装一基二丁

 側面、前下部;12、7ミリ一丁ずつ。

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



「これだけ早くて、破壊力があり、防弾性能も高い……高い?」


 そう言えば、防弾性能について何も言及されていなかったな……。


「だから言っただろう、ごまかされていると」


 まさか……。


「防弾性能については進歩なしだ、正直、この機体に防弾性能をつけるのは、機体規模的に限界何だろう」


 『零戦』と同じか……。


 日本旧式機の機体特有の弱点、と言うか特徴に、改修が難しいという点がある。

 できるだけ肉抜きし、無駄を徹底的に省いた結果、大規模な改修ができず、行ったとしても、長所が失われてしまうことが多い。


「まあいいさ、速度が落ちるぐらいなら、防弾設備などいらん」


 そう言いながら、高橋さんは操縦席に座る。


「そろそろ行け、大佐、俺は寝る」


 そのまま、高橋さんは姿を消した。


「気ままな人だなぁ」


 俺はそう呟きながら、機体を降りる。

 果たして欧州の空で、この人の率いる『一式陸攻』が、どれだけ戦果を残せるのか、見ものだな……。


「ま、そこは吹雪次第だな」


 航空作戦は、吹雪に任せてある、俺より上手く立ち回ってくれることだろう。


「次は……」


 俺は滑走路から見える海へ視線を送る、その先には、黒光りする主砲を乗せた、ドイツ一の戦艦、『ビスマルク』が鎮座していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る