第一四〇話 特殊電子戦闘用潜水艦


「まだ起きないのかにゃあー」


 明石の声が聞え目を開けると、そこは研究所のベッドの上だった。


「……ヨミは!」

 

 俺は潜水艦の中でのことを思い出し、隣の椅子に座っていた明石の肩を掴む。


「安心するにゃ、今は落ち着いて、自分の艦体の整備を手伝っているにゃ」


 その言葉を聞いて、俺は胸をなでおろす。

 そうか……暴走はしなくて済んだのか……本当によかった。


「なあ明石……」


 俺が言う前に、明石は俺の言葉を遮った。


「分かってるにゃ、WSの情報を、更新してやるにゃ」


 ああそうだ、俺は今日、とゆうより今さっき、新たなWSの一面を見た。


「まず、『403』、有馬はヨミって名付けたんにゃったかにゃ?」

「ああ」

「そのヨミについて、教えるにゃ」


 俺から見ても、ヨミは他のWSとは少し違うことが解った。


「WSは、記憶や記録で構成した脳を持った電子生命体、それは大丈夫かにゃ?」

「ああ、イメージなどが固まって人の姿をしていることも、了解している」


 明石の言葉は、これまでと違い、オブラートに包む言葉ではなく、そのままの言葉を使っている。


「ヨミは、通常のWSよりも自己制御プログラムのレベルが高いのにゃ、他のWSとは違って、特殊な役割を持っている分、演算を使うことが多いのにゃ」


 演算? 特殊な役割?


「ヨミの正式名称、知ってるかにゃ?」

「『伊―403』潜水艦、じゃないのか?」


 明石は首を振る。


「正式名称は『特殊電子戦闘用潜水艦伊―403』にゃ」

「特殊電子戦闘?」

「いわゆるサイバー戦闘にゃ」


 サイバー戦闘? 確かに聞いたことのある単語だが、実際には何をするのかが良く分からない、ネットワーク上での情報戦ぐらいの認識だ。


「ヨミの仕事は、潜水艦として、艦隊の掩護をしつつ、WASの、強力な情報セキュリティーを破ったり、レーダーを活用したりすることが主な仕事にゃ、もちろん、それ以外の戦闘能力もなかなか強力な潜水艦で、いろいろ積みすぎたせいで、人が動ける範囲が狭いのにゃ」


 なるほど、道理で……。


「そして、その電子戦を支える時に必要になってくるCPU、それを処理する能力を演算というにゃ、大和たちにも、演算能力はにゃるけど、せいぜいスパコンの『富岳』程度の演算能力にゃ」

「ちょっと待て、WSたちは皆『富岳』と同等の演算能力を持ってるのか?」

「うにゅ? そうにゃよ、その計算速度で人格を形成、会話、行動、戦闘指揮、艦体制御を行ってるにゃ」


 スーパーコンピューター『富岳』、そこまで詳しくないが、一時期凄く話題になったコンピューターだかで、毎秒41京5530兆回の計算速度を誇る。

 会社などで何千個のパソコンを一斉に起動したり、天気予報に使われたり、様々な所で使われた、優秀なコンピューターだ。

 それを皆、積んでいるというのか……。


「現在最速とされているは、中国が作った『64転杏』にゃけど、実は違うのにゃ」

 

 まさか……。


「『64転杏』は、毎秒65京4150回にゃけど、ヨミに積ませたスパコン、『宵闇』はにゃんと、毎秒109京回にゃ」


 あら凄い……凄い、しか言えないけど……。


「そんにゃ感じで、ヨミは途方もないほどの演算能力を持っている、そのせいで、人格制御にまで演算能力が回ってしまうのにゃ」


 人格制御……。


「大和達の人格制御は、あくまでも人として違和感がないようにするための物にゃけど、ヨミ場合は、感情の起伏のコントロール、兵器として不要な効果の修正などを、自分でやってしまったのにゃ」

「だから急に、あんな人間味の無い声を発し始めたのか……」

 

 俺が少し考えていると、明石はひょいと椅子から降りる。


「最後に付け加えるにゃけど、ヨミが有馬をパパと認識したのは、ちゃんと理由があるにゃよ」


 藪から棒に明石はそう告げた。


「なんでだ?」

「腕時計、確認すればいいにゃ、それで本人に聞くにゃ」


 何を言ってるんだ?


「じゃあにゃ、落ち着いたら三笠に会って来るにゃ、心配してたにゃ」


 そう言って、明石は去って行った。

 俺は明石に言われた通り、左手につけている腕時計を確認する。


「なんだこれ?」


 腕時計はモニターになっていて、普段は時間を表示しているが、ボタンを触ると、メニュー画面が開かれる。

 そこには、メモや通信など、スマホのような機能を持ったアプリが入っているのだが、一つ、見慣れないアプリが入っていた、アプリの表示には、青い雷のマークがついていた。


 その見慣れないアプリをタップすると、画面に、ヨミの姿が映し出された。


「ヨミ?」

「ほえ? パパ……このアプリに気付いてくれたんだね」

 

 画面の向こうのヨミは、後ろで手を組み、俺に語り掛ける。


「いつからあったんだ、このアプリ」

「最初からですよ」

「最初から?」


 ヨミは笑顔でそう言った。

 最初からって……。


「この腕時計、最初の作戦を行う前に、一度回収されませんでしたか?」


 まさか、その時に入れられたのか?


「その時に、パパの腕時計に、私のキューブデータが挿入されたのです」


 挿入されたって……。


「だからパパはパパなんです!」


 えぇ……理屈が解らんよ。


「パパの声や思考を読み込み、ヨミの戦術判断に活用してます! だから私の考えは、パパの考えとそっくりになるはずです!」


 そう自信満々に、画面越しでヨミは言う。

 娘ができたら、こんな感じなのだろうか、と考えてしまったが、いやそんなに甘くないなと思い、思考を振り払う。


「で、何で今更こうゆう風に、アプリとして腕時計に現れたんだ?」

「欧州出兵に向けてですよ」


 まあそうだろうな。


「次に相手にするのは、あのイギリスですから、ちゃんと対策したかったそうです」


 ヨミはそう言いながら、何かホログラムのようなキーボードを叩くと、映写機のように腕時計から光が出て、正面の壁に、資料が映し出される。


「イギリスの情報部隊は、世界最強レベルですから、日本程度のサイバー技術では、簡単に情報が駄々洩れです、そこで私が建造されたんですよ」


 その資料には、三つのイギリス諜報部の名前が並んでいる、NCFとⅯⅠ6は知っているが最後の一つの、SKという集団は聞いたことが無い。


「パパの知っての通り、NCFはサイバーセキュリティの、Ⅿ16はスパイの諜報部です、それでSKなのですが、これは2040年に、日本が戦争参加の意思表明をしたと同時に編成された、サイバー攻撃専門の部隊です」


 NCFが防御、SKが攻撃ってとこか。


「この、SKからの妨害工作に備えての私です!」


 ヨミはホログラムを消し、胸を張ってそう言った。


「そうか……まあ、これからよろしく頼むよ、ヨミ」

「はい! ヨミ、頑張りますね!」

 

 俺はそう言ってそのアプリを閉じようとするが、一つ気になり、恐る恐るヨミに聞いてみた。


「なあヨミ……魚雷って言葉、もう大丈夫なのか?」

「……はい、一度暴走しかけて、明石が修繕コードを導入してくれたので、魚雷という単語では、もう暴走の危険性は低いです」


 少しだけ安心して、俺はベッドから立ち上がる。


「そうか、ならよかった……俺はこれから、三笠の元へ行って来るよ」

「私も、一緒に行っていいですか?」


 ヨミがそう尋ねるてきた。


「解った、ドッグまで迎えに行くよ」


 そう伝え、研究所を出た。

 研究所は、ヨミのドッグのすぐそばにあるので、そこまで遠回りにはならない。

 

 俺はヨミと再び会うために、ドッグの方へ歩き出した。

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