第一三八話 娘誕生
現在、12月25日、09時20分、海軍省長官室。
「有馬」
向かいの席に座って、パソコンのキーボードを打ちながら、凌空長官は俺に話しかけてきた。
「なんですか?」
「ああとどれくらいで終わる?」
「そうですね、長官がミスした請求書の処理が無ければ、後一時間程で終わったでしょうね」
そう言いながら、俺は少し強めにエンターキーを叩いた。
「すまん」
「謝る暇があったら、艦長への謝罪文でも書いたらいいのでは?」
俺がそう言うと、長官はしょんぼりしながらコーヒーを啜った。
俺は今、長官が、間違って送ってしまった請求書たちを作り直して、各鎮守府に送っているところだ。
というか、なんで請求書なのに、請求額書かないで送るなんてミスが起こるんだよ、請求書の意味ないじゃん。
「しかも、この新たなドッグの建設時に使った費用は、防衛相には秘密にしておくんじゃなかったんですか?」
さらにこの人は、軍の中で内密に処理するはずだった、新型のドッグの計画書を、呉の艦長のもとにではなく、防衛相のパソコンに送ってしまったせいで、艦長が呼び出され、現在めちゃくちゃ怒られている。
「そのドッグの件は、私は悪くないぞ、メールの送信先の一番上が防衛相になるように設定した彭城君が悪いんだ」
あんたそれでも長官かよ……。
「というか、このドッグって誰が入るんですか? サイズ的に戦艦や空母は無理でしょうけど、巡洋艦以下の艦に専用ドッグは作らないんじゃなかったんですか?」
この新たなドッグというのは、比較的天井が低く、やたら電子機器調整用の設備が多い。
「ああ、そこには新型艦が入る予定だ」
「新型艦? 自衛隊の艦でも入るんですか?」
横須賀鎮守府には、海自、軍、両方の艦が錨を下ろしている、自衛隊で新たな艦を就役させたのだろうか? しかしそんな話は聞いていないのだが……。
「いや、軍の管轄の艦だ……そう言えば、到着予定今日の九時半だったな……見に行くか?」
「ええ是非、しかし長官は仕事しててください」
「えぇ……」
頭をがっくりと下げる長官を置いて、俺は長官室を後にした。
現在、09時30分、横須賀港新ドッグ。
「さて、長官が言っていた時間だが……」
俺は今、ドッグ内部の壁に寄りかかり、話に聞いた新型艦が来るのを待っている。
「なあ、新型艦って一体どんな艦なんだ?」
俺は、ドッグの内部を案内してくれた整備員に聞いてみる。
「さあ? 私達も詳しくは知らされていません、一つ解るのは、最新装備を積み込んだ電子機器の多い艦みたいですね」
まあそりゃ、こんだけ電子機器調整用の設備が整っていれば、それは予想できるだろう。
にしても本当に見たことない機器ばっかりだ……。
「お、来たみたいですよ……扉開きまーす」
そう言いながら整備員は水辺により、スイッチを押すと、サイレンと共に重々しい扉が開かれ、一隻の艦が姿を現した。
「な! 『伊―400型』潜水艦⁉」
そこに現れたのは、大戦中世界最高峰の潜水艦と言われた『伊―400型』潜水艦だった。
『伊―400型』潜水艦、伊号潜水艦の最終型で、水上機三機を搭載、53、3センチ艦首魚雷発射管八門、14センチ単装砲一門、25ミリ三連装機銃三基を装備した、大型の潜水艦。
しかし桜日は、潜水艦のWSは復活させる予定は無かったはず、何故急に……。
「ん? 『伊―403』⁉」
実際には『伊―402』までしか建造されていないはずだが、この艦には確かに、『403』と書かれている。
いろいろ考えながら艦体に近づくと、どこからか、聞いたことのない声が聞えた。
「苦しいよ……」
俺は驚き、周りを見渡すが、声の主はいない、他の整備員たちも気付いていないようだ、とゆうことは……。
「『403』の声か……」
「行かないで……」
まただ。
「なあ、この艦、中に入っても良いか?」
「別に構いませんよ、整備開始はまだ先ですし」
俺は、整備員に了解を取ってから、艦の艦橋を上り、足元にある天蓋を叩くと、自分からパカリと開いた。
「入るぞ、『403』」
一様断ってから、中に入っていく、艦橋から続く梯子を下りると、艦内の明かりが自動で点灯し、辺りを照らす。
「外見こそ『伊―400型』だったが、内部は全く違うな」
左側には大量のモニターとキーボード、押しボタン式のスイッチが並び、右側にはヘッドフォンとレーダー装置、おそらくソナー系統の装備だろう。
そして正面にも、いくつかのキーボードとモニター、こちらにもスイッチがるが、左にあったのとは違い、トグルスイッチとフットスイッチだ。
「後ろはエンジンか?」
後方に扉があり、そこを超えると、少し大きな部屋があり、大きな二つのモーターが存在感を示していた。
「これ、原子炉か?」
見た所、『大和』たちに積まれた、見慣れたボイラーエンジンとはだいぶ違い、スリムで近代的な見た目をしている。
そして、エンジン室につながる扉の横にある扉を開け、螺旋階段を降りると、そこには八つ部屋があり、六つは、通常の船員室、七つ目は厨房、八つ目は会議室、トイレとシャワーはそれぞれの船員室についている。
「随分移動可能なエリアが少ないな」
艦内部には、今見て回った三つのエリア以外部屋が無く、おそらく艦体の五分の一程度しか使っていない、それ以外の場所は全て武装の弾薬庫だというのだろうか?
「さて、そろそろ姿を見せてくれると嬉しいんだが?」
そう言いながら、俺は艦長席に座り、潜望鏡に触れる。
「……だ…れ?」
「俺は有馬勇儀、君たちの責任者だ」
「せきにんしゃ?」
随分声があどけない、目覚めたてなのだろうか?
「君たちを保護し、指揮を執る人の事だ」
「……ほご……守ること、指揮を執る、先を示す人……」
なんだか、自身の中で、今俺が言ったことを解釈しているらしい。
「……私の、パパ?」
ん?
「パパ!」
俺が疑問を抱く前に、正面に一人の少女が現れた。
「……君が、『伊―403』の魂かい?」
俺がそう言うと、その少女は目をぱちくりした後、俺に飛びついた。
「パパ、名前をください!」
だめだ、話についていけない。
「ど、どうして?」
「娘はパパとママから名前を貰うものだから?」
なんで疑問形なんだ?
「細かいことはいいのです、名前をください!」
そう言いながらぴょんぴょん跳ねる。
黒髪を腰まで垂らし、まっさらなシャツに、青いジャンパースカート姿で、上には、黒い半袖のミッドリフジャケットを羽織っている、瞳は藍色。
ぱっと見は桜花と同い年ぐらいに見えるが、身長ではこちらの方がやや大きいだろう。
「そうだな……じゃあ、403だから、ヨミでどうだ?」
俺がそう言うと、少女は跳ねるのをやめ、こちらの目をじっと見つめる。
「ヨミ……?」
「そうだ、ちょっと簡単すぎたか?」
「……ヨミ、うん、ヨミです! パパ!」
気に入ったのか、くるくると回りながら自身の名前を連呼しだした。
「気に入ってくれたようで良かったよ、ヨミ」
俺は艦長席から腰を上げ、ヨミの方による。
「なあヨミ、さっきまで俺に話しかけていたのはお前だよな?」
「んん? ヨミは今目が覚めたばかりですよ?」
無意識、なんのか……。
そう思った時、服のポッケに仕舞われていた、メモリアルスターラーが起動した。
「まさか……」
彼女はWSではあるようだが、現実に存在した兵器ではない、なのに過去を見つめろというのか? いったい何を見せられるんだ?
「……『伊―403』伊号潜水艦の最終形である君に、聞きたいことがある」
そう言うと、ヨミの目が朱色に染まり、文字が浮かぶ。
(潜水艦)
そのままだな……とゆうかどう聞けばいいんだ?
「行動パターン把握、メモリアルスターラーの機動を確認、行動パターン解析、解、伊号潜水艦のデータ、インプットされた歴史を説明」
突然ヨミが、機械音声のような、心のこもっていない声で話し始めた。
「ヨミ?」
俺が呼びかけると、ヨミは、無表情のまま、自分の説明を始めた。
「私は潜水艦『伊―403』大戦中、計画はされていましたが、建造には至りませんでした、現在の艦体は『伊―400』潜水艦の見た目をコピー、内装を大きく変えた物になっています」
違う、そんなことが聞きたいんじゃない。
「性能面でも大きく変わっており、魚雷も……」
魚雷という単語を自身で上げた瞬間、ヨミの口の動きが止まった。
「ぎょ…らい……」
ヨミの左目が、朱色から藍色になっていくが、ヨミの体がビクンと痙攣し、ヨミの動きが止まる。
「……エラー確認、ブラッドボックスの起動予兆を確認、冷却装置を起動」
俺はそれまで何も言わずに、ヨミの言葉を聞いていたが、我慢できなくなりヨミの肩を掴む。
「君は……一体何を知っているんだ……?」
俺がそう言うと、ヨミは激しく体を震わせる。
「冷却行動失敗、プログラムの強制シャットダウンを施行します……失敗、電源回路の切断を施行します……本艦に直接ケーブルが接続されています、失敗……………警告、ブラッドボックス、起動準備に入ります……」
ヨミの目の色が消え、体の力が抜けたようで、俺に倒れこんできた。
「ヨミ⁉ しっかりしろ、ヨミ!」
それと同時に、俺の腕時計型の通信機が鳴った。
「はい、こちら有馬、今取り込み中だ!」
俺はヨミをゆすりながら、通信機に応答する。
「にゃ! 『伊―403』のブラッドボックスが、起動準備にはいってるのにゃ、緊急事態にゃ! 今『403』は横須賀のドッグに居るはずにゃから、様子を見に行くにゃ!」
「見に行くも何も、今俺の目の前で、『403』が、痙攣して倒れ込んでるよ!」
俺がそう言うと、通信機の向こうで、明石が「にゃ⁉」と変な声を上げたと思ったら、とんでもないことを言い出した。
「今から明石がそっちにいくにゃ、それまで『403』に声をかけつづけてにゃ! もし完全にキューブの質力がロストしたら、ブラッドボックスが起動して、暴走がはじまるにゃ!」
そこで通信は切れた。
「ヨミ……」
お前はさっき、自ら暴走を止めようと、プログラムを強制シャットダウンすると言ったな……。
「お前は、一体何者なんだ?」
俺の疑問に対する返答は、ヨミの瞳から流れる、水滴だった。
今の俺にはこの水滴が、「涙」ということはできなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます