間章 己の成すことを
現在、12月1日、08時30分、神奈川軍育成学校。
俺は今日、ここでの指導者として呼ばれている、かつて自分も通ったこの学校に、今度は生徒としてではなく、先生として呼ばれたのだ。
「今日はよろしくお願いします、有馬長官」
そうこの学校の教頭が、俺に頭を下げる。
「そんな、頭を下げないでくださいよ、綱川先生」
「そうゆうわけには行かんよ、なんせ君は、私より、階級が上になったのだから」
この教頭は、俺の、訓練生時代の先生だった人で、綱川真人大尉。
怒り出すと止まらず、差し棒を持って大暴れしだす、ちょっと困った先生だ。
「階級が変わったからと言って、何か特別なことが起こるわけじゃありませんよ」
俺は今回、戦艦の乗組員を希望する訓練兵たちに、戦艦での仕事や、生活、戦艦そのものについての解説を行うために、ここに呼ばれた。
「まあともかく、今日はよろしく頼む」
そう言って綱川先生は俺を教室へと案内する。
俺はその案内に従って廊下を進み、見慣れた教室……というか俺が勉強していた教室に入る。
「起立!」
綱川先生は教室に入ると同時にそう叫ぶ。
その声に反応して、一斉に全員が立ち上がる。
「今日、お前たちに戦艦を教えるべく、本部から派遣されてきた、有馬勇儀長官だ、全員失礼のないように、しっかり学べ!」
「「「「はい!」」」」
綱川先生の言葉に、威勢のいい返答が響く、懐かしいなぁ、ほんの数か月前までいたところなのに、とても懐かしく感じてしまう。
「それじゃあ、後は頼みます、有馬長官」
そう言って綱川先生は、教室を出て行った。
「それじゃあまず、今海軍に居る戦艦たちに対して、どれくらいの知識を持ってるのか、確認させてもらう」
自分たちが乗ることになる艦の詳細ぐらいは、分かっておいて欲しいものだな……。
そんなことを考えつつ、俺は講習? を始めた。
この軍育成用の学校には、20歳以下の、元学生たちが集められている、だから専門的な知識を持っている生徒は少ない、と思っていたが、どうやら俺の予想に反して、いろいろ知っているようだった。
「意外と、皆色々知ってるんだな……」
「はい、皆テレビで有馬長官の解説を聞き、自ら興味を持って勉強しました!」
うっわこっぱずかし。
そんな調子で、俺の講習は進んでいった。
ふと、皆が今何をしているのか、思い出す。
吹雪と圭は飛行訓練、空はこの学校で格闘指南をしているはずだが……。
現在、08時50分、横須賀海軍基地、航空基地第零航戦。
「へっくしゅん」
私は、急に鼻に違和感を感じ、くしゃみをする。
「どうしました、吹雪さん、風邪ですか?」
圭が、『零戦』のボディーを拭きながら、聞いてくる。
「いや、大丈夫、たぶん有馬が、私の事噂してただけだと思うから」
有馬は今、学校で先生を引き受けているらしい、なんでも学校から直接、大本営にお願いがあったとか。
有馬は人に教えるのが上手い方だし、別に問題ないと思うが……変なことを口走らないと良いけど。
「さて、圭、今日はドッグファイトやるよ!」
「はい、いよいよ戦闘訓練ですね」
圭は、最近まで海上航法や、簡単な整備技術、通常の操縦技術を訓練していたが、一通り終わったので、今日から戦闘訓練になる。
練習に用いるのは、エンタープライズから貸し出されている、『F6F』『TBF』『SBD』、をコピー&改良をした、『F式練習戦闘機』『T式練習攻撃機』『S式練習爆撃機』を使う。
観艦式が終って、WSたちが一斉改装を行っている現在、アメリカから借りているWSである、『エンタープライズ』『アリゾナ』『アイオワ』が、それぞれ、横須賀、八戸、佐世保で待機している。
そんな時、私が、『エンタープライズ』の艦載機を研究したいと申し出たら、戦、爆、攻それぞれ一機ずつ引き渡してくれた、今回標的にする練習機はそれを改良したものだ。
「でも、良くこんなものを作りましたね」
「結構頑張ったよ? なんせ、米の航空機に触るのは、初めてだったからね」
機銃を全て練習用の、威力がほぼ無い機銃に変換したこの機体は、今後量産して、桜日軍の対レシプロ戦の練習機として運用してもらうつもりだ。
「で、圭には今日、同じく練習機に換装した、『零戦二一型練』に乗って、この機体たちと戦ってもらうからね」
『零戦二一型練』、通常の『零戦二一型』を複座にし、機銃を全て練習用の物に変更したもので、つい最近私が作った。
両翼の20ミリ機銃も、練習用の、弾道などはそのままで威力だけがない20ミリ練習用を装備しているため、より実践に近い形で訓練できる。
「ひとまずは攻撃の仕掛け方、機銃を回避する方法、20ミリの当て方を学んでから、集団戦の動きをやって行こうか」
私がそう言うと、圭は「はい」と元気な返事をした。
圭はいい子ね~どっかの誰かと違って。
「整備長、三機とも点検終わりましたよ」
滑走路で、標的機の整備を行ってくれていた整備員が、こちらにてを振る。
「りょーかい、それじゃあ圭、空に上がるよ」
「了解です」
高度が2000を超えた頃、吹雪さんが、通信機越しで聞いてきた。
「はーい圭、聞こえてる?」
「はい、聞こえています」
僕は機首を15度傾けて、速度を落とさずに上昇を続ける。
「じゃあ、まず最初は、艦爆への攻撃の仕方だね」
現在吹雪さんは『S式練習爆撃機』に乗り込んで、高度4000で待機している。
「はい、御願いします!」
僕は意気込んで、強く答える。
「ははは、大丈夫だよ、艦爆退治は一番楽な迎撃だから」
吹雪さんが言うには、WASの形式艦爆、『N』『S』『G』『A』『Z』には、下腹部に機銃が無く、後部機銃も俯角がそこまで取れない傾向にあるらしい。
だから、慣れないうちは下から突き上げるように狙えと指示された。
「まあ、上から一撃離脱でもいいけど、圭の本来乗ることになってる『突風』は、一撃離脱型の戦闘機ではないし、急降下耐性もそこまで高くないからね、下からチクチク突き上げて、後部機銃の射角に入らないようにね」
一瞬だけ吹雪さんの乗る機体が見えた直後、吹雪さんの声が聞えた。
「それじゃあ、始めようか」
吹雪さんが言うのと同時に、僕の乗る『零戦練』に、無数の機銃弾が飛んできた。
「うわ!」
慌てて僕は操縦桿を倒し、その弾幕を避ける。
「って! まずは一個小隊なんじゃないんですか⁉ なんで中隊いるんですか!」
高度が4000になると、そこには、ジグザグに並んだ、『S式練爆』が一個中隊、すなわち十五機が並んでいた。
「実戦で数攻めするWASが、ケチって一個小隊で襲ってくるわけ無いでしょ~」
そうですけど……。
「それに、もたもたしてると戦闘機部隊が上がって来るぞー」
「え、まさか制限時間は十分のままですか?」
「もちろん」
吹雪さんは緊張感を持たせるために、僕が十分以内に、全機を撃墜、または撃破できない場合に、地上から『F式練戦』が三機上がってきて、僕を襲い始めるようセットしてある。
「さあ、もう始まってるよーファイト~」
そう言った直後、通信は切れ、代わりに正面の『S式練爆』から、無数の機銃弾が飛んできた。
僕は本当に、この人に航空機を教わってもいいのだろうかと考えた。
だが一度降下し機首を上げた際に発生するGによって、そんな考えはかき消されていた。
今頃空さんは、地上に足をつけて、格闘してるんだろうな……。
「ん? 誰か呼んだかな?」
私は、目の前をひたすら走り続ける、男女混合の訓練兵たちを眺めながら、あくびをする。
「雨衣指導官、ま、まだやるんですか?」
一人の男が、顔中泥だらけになった状態で、こちらに寄って来た。
「うん? そろそろ飽きてきた?」
今訓練兵たちは、私が作った特別な障害物走を、ひたすら走ってもらっている、五周したら三分休んでいいというルールをつけてやったが、さすがに10周を超えたあたりで皆へばり出した。
「飽きたと言うか、皆死にかけてます」
「そう? じゃあ頃合いかな」
私は立ち上がり、メガホンをつかって呼びかける。
「はーい、周回終了、ダッシュで手を洗ったら二人一組になってここに整列、五分でやれよー」
「「「「「はい!」」」」」
うん、まだまだやれそうだね。
五分後、しっかり全員整列して立っている、こうゆうとこ日本人はしっかりしてるよね、凄いと思う。
「じゃあ次ね、休憩とか入れないから」
皆の顔が引きつる。
「さっきまでのは準備運動、実戦では今みたいな状態で戦場に到着することだってあるんだから、今から戦闘訓練だよ?」
私はニヤッとしながらゴムナイフを取り出す。
「今日やってもらうのは、ナイフを使っての対人戦、攻めと受けに分かれてもらって、相手の重要部、首、胸、頭、脇に一撃、もしくはその他の場所に三回攻撃が入ったら攻撃側の勝ち、入らなかったら受けの勝ち、ゴムナイフには絵具塗ってやってもらうからねー」
私が解散の合図をすると、皆一斉にゴムナイフを取り出し、私が配った絵具をつけ始める。
「あ、言い忘れてたけど、二敗しちゃった場合、その場で私と一対一ね、引分けだったら二対一で良いよ」
腑抜けていた皆の顔が、一斉に引き締まった。
「それじゃあ第一戦、勝負、開始!」
私が笛を吹くと、攻撃側は必死にナイフを振り、受け側は必死に体を振って攻撃を受け流す。
「指導官、指定メニュー終わりました」
後ろから、若い声が聞えてくる。
「ん、じゃあこの戦いが終わるまで休んでいいよ」
「はい!」
舞立だ、結局この子は、有馬の招待を受け軍に訓練兵として入隊した。入隊するにあたって髪をショートカットにし、金髪だった髪を黒に戻していた。
つい最近まで普通の学生だったため、基礎体力や知識で劣っている。のでこうして別に指導している。
「指導官、最近の兄貴、じゃなくて司令官の様子はどうですか?」
……もうなんかその言い回しめんどくさい。
「私の事は雨衣でも空でも良いし、有馬は、私達の前では好きな呼び方して良いよ」
そう言うと、舞立は「解った」と言って、私の隣に腰を下ろす。
「有馬なら今、この学校の教室で、戦艦への乗艦を希望してる生徒に、講習やってるから、気になってるなら会いに行けば?」
そう言うと、舞立は首を振る。
「いや、まだいい、しっかり兄貴の部下になってから、ちゃんと顔を合わせるよ、その時、成長した姿を見てもらうんだ」
子犬のように、目をキラキラさせながら言う。
純粋なんだなぁ~と、私は思う、彼女の中には、戦争へ出るという事よりも、有馬に認めてもらうために軍に入ったような感じが拭いきれない。
「もちろん、軍に入る以上は、国の為に戦うから、そこは大丈夫」
私の心境を見透かしたのか、そんな言葉を発した。
「……なんかムカつくなぁ……」
私は、手元のタイマーで、三分たったのを確認して、笛を吹く。
「はーいそこまで、水分補給したら、二戦目いくよ」
そう言うと、返事が返り、訓練兵たちはその場に腰を下ろす。
「さて、その間に……」
私は舞立に次の訓練の内容を伝える。
「次は私と一対一ね」
「……え、雨衣さんと?」
「さん付け止めて、何か気持ち悪い」
「そうっすか……」
「とにかく、次は私と三分間、一対一で格闘、もし舞立が勝ったら、有馬の腕時計の番号教えてあげるよ」
そんなやり取りをしているうちに、全員が配置に着いていた。
「二戦目、開始!」
私が叫ぶのと、訓練兵たちの動き始めは同時だった、そして、叫ぶと同時に私は、太ももにあるゴム製ナイフを抜き、舞立に振りかざすと、とっさに舞立は自身のナイフを抜き、私の攻撃を受け止めた。
どことなく、訓練兵時代の有馬の受け方に、よく似ていた気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます