間章 去る者、残される者
現在、11月17日、横須賀高校
結局、あいつらはもう学校には来なかった、先生は何も説明してくれねえから、ネットで調べてみると、デモを避けるため、あの四人は退学扱いになったらしい。
「勝手にどっかいかないでくれよ、兄貴」
私、舞立紫雨は日本史の授業を受けつつ、そう呟いていた。
「舞立、舞立ー聞こえてるかー?」
「うえ? あ、はい」
私は先生に名前を呼ばれ、急いで立ち上がる。
「大丈夫か? 心ここにあらずだが」
「あ、大丈夫です……」
そう言って座ろうとすると、
「じゃあ……1950年に結成された治安維持部隊はなんだ?」
そう問題を飛ばされた。
「えっと……警察予備隊、です」
急に聞くなよ、焦るだろ。
「じゃあ、それはその後、何になった?」
「……? わかりません」
「そうか……座れ、授業を続ける」
私はそう言われ、席につき、授業の続きを聞き始める。
「自衛隊か……」
私達は自衛隊とは違う、自衛隊を舐めるな、なんて言ってたな……。
そんなことを考えていると、授業終了のチャイムが鳴った。
「ん? もうこんな時間か、続きは明日やるからなー、予習のためにも、しっかり教科書読んどけよ」
今日最後の授業は、そうして終わった。
「あーそうだ舞立、後で職員室こい、話がある」
「あ? この前の件で、まだ何かあるんですか?」
「まあとにかくこい」
なんだ? ここでは言いにくい事なのか?
放課後、私は言われたように、職員室へ向かった。
「いったい何の用だってんだ……失礼します」
私は、愚痴を零しながら職員室の扉を開け、クラス担任兼、日本史の教師の元へ向かう。
「お、来たか」
私の姿を見ると、そう先生は言って、フォルダーの中から二枚の紙を取り出した。
「何ですか、これ?」
「まあまあ、取りあえず相談室行くか、そこでゆっくり説明するから」
そう言って先生は立ち上がる。
この後、私は大きく人生を左右する決断をすることになった。
現在、11月17日、横須賀海軍港、海軍省長官室。
「ねえ有馬、あの後、舞立は何かあったの?」
長官室で、凌空長官の代わりに事務仕事をしている時、急に空は遊びに来た、そして空はそんな質問を俺に投げかけた。
「お前、対人格闘指導はどうした?」
「今日はもう終わりにした、昨日の訓練のせいで、皆体バキバキだから、今日は早めに切り上げさせて、休ませることにした」
吹雪といい空といい、マジでこいつらおっかねえな。
「で、舞立の件だっけ」
俺はpcで書類を作る手を止め、空の方へ向く。
「そうそう、あの子、随分有馬の事気に入ってたみたいだし、有馬も、あの子と話すの楽しそうだったし……」
空は、窓の外を見ながらそう呟く。
「ああ、舞立には、俺が推薦状を送っておいたよ」
「推薦状? いったい何の?」
彼女は強さを求めている、昔の俺と同じように……しかし、あの学校にいるだけでは、舞立が本当に求めている強さは手に入らない。
だから俺は、彼女に成長の場を与えた、まずは自身の強さを鍛えられる場所を。
「軍への推薦状だ、俺の名前で、三か月訓練と一か月現場訓練の招待を送っておいた、もしあいつが受け入れれば、軍の訓練現場で、三年分を三か月で叩き込まれ、一か月、お前の部下として海軍の陸戦隊を体験することになる」
空は沈黙して俺の話を聞く。
「それで、周りが認めあいつ自身も望めば、俺に任されたこの横須賀鎮守府の隊員になる」
「え……いつの間に有馬、提督になってたの?」
俺は、『大和』の艦長になると同時に、実はこの基地横須賀海軍基地、横須賀鎮守府の提督に任命され、階級が大佐に引き上げられた。
ちなみに、呉は艦長である彭城長官が、佐世保は副艦長である浅間長官が提督を担っている、他の小さな軍港は、大佐クラスの人達が管理を任されている。
余談だが、明野さんもパプア国際軍港の提督という立場にある。
「大和の艦長になるってなった時だ、だがまあ、提督になったからと言っても、凌空長官も横須賀にはいるから、最高権限が俺にあるだけで、ほとんどの指示は凌空長官が出してる、特に変わりはないさ」
そう言うと、空は怪訝そうな顔をして、口を開く。
「いや、それもびっくりなんだけど、なんでここ確定なの? 別にここの隊員限定でも、何なら海軍所属じゃなくても良くない?」
……いやいや、空君何を言っているんだい?
「俺が推薦したんだから、俺が責任もつためにここ配属で、日本に空軍も陸軍もないぞ?」
そう言うと、空は不機嫌そうな顔で口をとがらせる。
今の日本には、自衛隊と軍があるが、軍は海軍しか存在しない、というか、陸海空全て一まとめで軍となっているため、どこに所属も何もないのだ。
「……それでも、やっぱりずるい、それって有馬のお墨付きって事じゃん」
「まあそうなるな、なんたって俺の推薦だからな……というか、あいつの格闘技術と身体能力の高さは、なかなかだったぞ?」
俺の発言を無視するかのように空は皮肉れた顔をしている。
「……お前、もしかして嫉妬してるのか?」
そう問いかけると、ピクリと体を動かし、こちらを鋭い目で見つめてくる。
「ええしてますとも、めちゃくちゃ嫉妬してますとも!」
えぇ……。
「な、何でだ?」
「有馬がほいほい他の女の子を自分の部下にするからでしょ!」
「ほいほいとはなんだ、ほいほいとは、別に誰彼構わず勧誘してるわけじゃないだろ? それに、きちんと実力が伴っている隊員はいくらいても困らないだろ……というかそもそも、俺が一般人を勧誘したのは初めてだ!」
「うー」と言いながら空はこちらを睨む。
「でも初勧誘は女の子になっちゃたじゃん、それって、もうこの先の事、暗示してるでしょ」
「何を暗示してるって言うんだよ」
「有馬、部下でハーレム結成」
「んなもんあるか!」
なんだそのラノベ主人公みたいな設定は! 俺は軍人だぞ?
「だって有馬の周り、女の子の部下ばっかりじゃん、私と吹雪は分隊だからしょうがないにしても、パプアの明野さん、そしてWSたちの女の子組、それで舞立も追加でしょ? もうそれだけでも十分ハーレムでしょ」
いや、WSたちは人ではないだろ……というか「生物」ですらないだろ……。
「そんだけいたら、不安になるに決まってるじゃん」
空は、小さな声で呟きながら俯く。
「何が?」
「有馬の浮気」
「えぇ……」
俺は、心のため息が口から出てしまったが、少し考える。
女性……いや空はまだ女子か? 自身の恋人の周りに、他の女性がいるのは不安なのだろうか?
……そうゆうものなんだろうなぁ……。
その結論に至った俺は、空の方を見る。
まだ空は窓の方に視線を向け、そっぽ向いていた。
「空」
「なにさ?」
まだ不貞腐れてんのか……。
「まったく、強情なお姫様だな」
俺はそう呟いて席を立つ。
「空、こっち向けって」
「何?」
そう言いながら空はこちらに顔を向ける。
俺はそこを狙って、空の頬に口づけをする、ひんやりとした柔らかい空の頬が、俺の唇に触れた。
「な、なにするの!」
空は驚いて、座っていた椅子に倒れ込む。
「空が皮肉れて、しかも俺が浮気しないか心配だったんだろ? だから、これで安心できるかなって、やってみたんだが……ダメだった?」
俺は、寝転んだ空の前に、屈みこみながら聞いてみると、空は顔を真っ赤にしながら、いつもの十分の一程度の声で答える。
「ダメじゃないけど……不意打ちは卑怯……」
お前、本当に可愛いやつだな……。
「さて、彼女の機嫌も直し終わったところだし、今日の仕事は終わりにしますか」
そう言って俺は、ディスクのpcの電源を落とし、机の横に置いておいた鞄を持って、空の手を引いて長官室から出る。
「有馬、本当に浮気しないよね?」
「大丈夫だ、お前から浮気したら、どうなるか分からないからな」
空から浮気したら、マジで命の危機に直面する気がする。
「……なんか複雑」
空はなお不満そうな顔をしていたため、俺はため息をつきながら空に言う。
「少なくとも、人間の中での一番はお前だ、その事実は揺るがない」
俺は今世紀最大の決め台詞を空に放つが、よくよく考えるとなかなか最低な事を言っている気がする……。
人間の中では確定で空が一番好きだが兵器を含めると……ちょっと揺れる。
「全く、そこは嘘でも、地球上で一番好きだって言うべきじゃない?」
そう空がため息をつく。
「まあそんな正直なところも含めて、私は惚れたんだけどね」
こっぱずかしいことを躊躇いなく言うのは凄いと思う、うん、素直に凄いと思う。
「じゃ、帰るか」
俺と空は、手をつないだまま、海軍省を後にし、宿舎へと足を運んだ。
舞立の件は、どうなるか分からない、彼女が本当に軍に来るかは分からないし、訓練についていけるかは分からない、だがきっと彼女なら、気合で何とかするだろう。
まあ軍に入ってきたら、俺の可愛い彼女の、機嫌取りの回数も増えそうだな……。
そんなことを考えつつ、空の雑談に耳を傾けた。
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