第一三四話 若き自衛隊


 昇降口で、保健室の先生と圭、吹雪が手当てを行っていた。

 俺が入ると、擦り傷に絆創膏やガーゼを貼った舞立が出てきた。


「お前たち、何ものなんだ?」


 怪訝そうな目でこちらを見る、まあしょうがないか……。


「俺たちは軍人、横須賀航空倉庫整備長の清原吹雪、狙撃神とリトルバーサーカーの二つ名をもつ雨衣空、16で一等医療免許を持っている浅井圭、そして俺が……」


 一息入れ、きちんとした自己紹介をする、学生としてではなく一人の軍人として。


「桜日海軍中佐、戦艦『大和』艦長、兼戦線長官の有馬勇儀だ」


 舞立は目を大きく見開いて俺のことを見つめる。


「軍人だったのか、お前は……」

「そうだ……黙ってて、すまなかったな」


 日本人は、心のどこかで軍人を嫌う、たとえそれが番長で合っても、健全な高校生なら……。


「かっけえよ!」


 ……ん?


「怒らないのか?」


 俺がもう一度聞くと、舞立は首を振る。


「何を私が怒る必用があるんだよ、兄貴は私たちを守ってくれた、そんな人たちに怒鳴ったら、先輩に何されるか分かんねえっての」


 お、おう……兄貴? 今兄貴って俺の事呼んだ?


「すまない君たち、事情聴取に参加してくれるかな?」


 警官が昇降口に入ってきて、俺たちの前に立つ。


「構いませんが、この学校の不良たちは咎めないでください、ここの子たちは皆被害者です」


 そう言うと警察官は困惑して言う。


「そう言っても、聖泉の子の手にも銃跡があるんだ、その銃の特定と、ルートを調べないと……て、君それは!」


 警官が俺の懐から出た銃を見て、手を出す。


「これは私用の銃なんですけど……」

「嘘をつけ! 高校生が銃を所持できるわけない!」


 話を最後まで聞けっての……。 

 俺はため息をつき、腕時計兼通信機を見せる。


「自分は軍人です」

「あ! こ、これは……まさか中佐殿⁉ どうしてこんなところに」


 警官は俺のことを知っているらしく、敬礼をして一歩下がる。


「兄貴、別に罪をかぶらないで良いんだぜ? もとは私達の力不足だ」


 何やら勝手に納得したのか、警官は「あー」と嘆き、頭を掻い当た後、ため息をついてそっと俺に耳打ちをした。


「では、この事件は、聖泉学院の暴動として、軍事特別法で片付けておきます、それで大丈夫ですか?」

「ああ、すまないな」

「いえ、今は戦争中ですからね……あんまりやんちゃしないでくださいね? この法で事件を揉み消すと、それを報告した警官は、一時的に減給されるんですから」


 そう言って、警官は校庭のパトカーに走って行った。


「……どうしたら、私も、お前みたいに強くなれる?」

 

 そんな警官の背中を見守っていると、少しの間を置き舞立は聞いてきた。

 深刻そうな、どこか辛そうな顔をしながら聞いてくるその顔は、昔の自分の顔を見ているようだった。

 

「なぜ……お前は強くなりたい? どのような強さを望む?」


 俺は、自分の正義と意思を、暴力で曲げられないよう物理的な強さと、立場で曲げられないよう歯向かう心と権力の強さ、この二つを欲した。


「私は、先輩たちの意思を守りたいんだ」


 舞立の目はとても真剣な眼差しをしている、強い心、決意した思い、そんな感情を秘めた顔つきで、俺にそう言った。


「ここって、自衛隊や軍の基地が近いだろ? だから先輩たちは皆、お前たちみたいな軍人や自衛隊の背中を見ながら学校生活を送って来たんだ」


 確かに、この学校の屋上からは、軍や自衛隊の基地が目に入るし、この学校を建てた議員も防衛相の関係者だ、この学校の自衛隊に対する感情は、少し特別なものがあるのかもしれない。


「そして、六年前かな、聖泉学院の生徒が、初めてこの学校に危害を加えた」


 俺は黙ったまま聞き続ける。


「それ以来、この学校を守れるだけの力を持つ生徒が必要だと思ったその年の生徒会長であり初代番長、山下会長は、表向きには生徒会補佐の中央委員として防衛隊を作った」


 生徒会長であり最初の不良か……。


「でも、その委員会はすぐに解された」

「どうしてだ?」

「山下先輩が捕まったんだ、聖泉の生徒に連れて行かれそうになっていた、家の女子生徒を守ろうとして、聖泉の生徒のうち一人を……殺しちまったんだ、それで先生たちが、中央委員の解体をしたんだ」


 大切なものを守ろうとしたあまり、誰かの命を奪う事になってしまったのか……自衛隊が恐れ続けることだな……。


「それから、不良という名の学校防衛隊ができたってわけだ」

「……まるで自衛隊みたいだな、お前たちは」


 茶化し半分にそう笑うと、舞立はいたって真剣な声で答えた。


「そうだよ、自衛隊の存在にあこがれたんだよ、私達の先輩はな……だからその意思を、私達は守ってきた、戦うためではなく守るための存在として……」


 俺は、自分が言った事が思ったより的を射ていた事に少し驚いた。


 こいつらは、俺が思っているより、本気で自衛隊のまねをしてるみたいだな。

 ……だからこそ、お前たちは弱い。


「だが、お前たちは弱い」

「ああそうだ、悔しいが、圧倒的に今のメンバーは、昔より弱くなっている、聖泉の奴らが強くなったのもあるかもしれねえが、やっぱり私たちは弱い、だから知りたいんだよ、どうやったら強くなれるのか」

 

 大きく息を吸って、舞立は叫ぶ。


「私に、この学校を守れるだけの! 強さを教えてくれ、兄貴!」


 勢いよく頭を下げる。


「私は、先輩たちが守ってきたこの学校が好きだ、だからこそ後輩の為に守りたいんだ、でもこの先、今の後輩たちじゃどうなるか分からない」


 いい先輩だな。


「俺らからも、御願いします、俺たちに、戦い方を教えてください」


 後ろにいた不良の皆も、立ち上がって頭を下げる。


「舞立、不良の諸君、顔を上げろ」


 俺は高校生ではなく、軍人としての有馬勇儀として、この生徒たちと話すことにした。


「いいか、現役の軍人としての視線で見れば、君たちの戦闘は雑魚以下だ」


 俺の言葉に皆顔を歪める。

 悔しいよな、腹が立つよな、二週間前に転校してきた同年代の生徒に見下されて、だが、俺は言う、君たちが自衛隊に憧れた同志なら、きっともっと、成長できると信じているから。


「個々の戦闘力はそこまで低くないように思えるが、君たちの戦闘はまとまりがなさすぎる、自分の思いが先行してしまって、バラバラに戦っている、だがそれに対して聖泉は、頭である村田の指示に従って動いていた」

 

 俺は訓練兵の頃を思い出しながら、説明を開始する。


「お前たちの一人一人の戦闘力は確かに高かった、武器持ち相手でも十分戦えるぐらいな」


 舞立に関しては、一般的な軍の訓練兵ともやりあえるほどの技術を持っているように見えた。


「それに対して聖泉は、個々の戦闘力はそれほど高くない、素手組は武道の経験があるのか攻撃が的確だったが、バッドなどの武器持ちは、力任せに振るうだけで隙だらけだった、だが、お前たちは一人で複数を相手取ることがほぼほぼ前提だ、四人対一人で高校生同士なら、数が多い方が勝つのが普通だ」

 

 数の有利というのはいつでも有効だ。


「と、ここまでが技術的な面だ、これはお前たちの力なら今からでもどうにでもなる、だが次が問題だ」


 俺が言うと、一同がごくりと唾をのみ、俺の次の言葉を待っている。


「お前たち、人を殺したことないだろう? そんでもって、殺す覚悟もないだろ」

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