第一二八話 旗艦移譲


 現在、10月08日、09時02分、横須賀海軍省長官室。




「って感じでした」


 俺は凌空長官に北欧でのことを伝えていた。


「ふむ……亡霊にもあってくるとは、相当運がよかったのだろうな」


 俺の話を聞き終わった凌空長官は、俺がまとめた北欧の兵器事情の資料に目を通しながら頷く。


「全く、ロシアも随分なものを随分なところに配置したな」


 そう言いながら凌空長官が資料の『ゴルバチョフ』を叩く。


「『ゴルバチョフ』、ですか……」


 『ゴルバチョフ』大型重爆撃機、四発のジェットエンジンを羽下と尻につけ、巨体の割にはスピーディーに移動する。今の北欧のメインの重爆だ。


「万が一この基地が占領された場合、この爆撃機は日本に牙をむくことになる、それに関しては本当に避けなくちゃまずいからな」


 この機体の恐ろしい所は、幽霊とでも言わんばかりの無音性だ。

 どんなに耳を澄ましても、音響レーダーには絶対に引っかからない。

 万一侵入してきても、直前まで気づかれずに、悠々と爆撃をして帰れるだけの性能を持っているのだ。


 こいつは、ロシアが日本の軍事力強化を警戒して、東側の基地に多く配備されたと、本部は考えている。


「まあいい、三日間の出張お疲れさま、こっちはこっちでいろいろ大変だったぞ?」


 そう言いながら俺に二つの資料を投げつける。


「一つ目は君が『大和』の艦長になる話、二つ目は君の改修案が通って、全艦艇が呉のドックに入ったということだ」

「え、俺が『大和』の艦長に?」


 そんな話いつ長官たちにしたっけ?


「ビデオで話していただろう……」

「あー……はい……」


 何時だか明野さんにも言われた盗撮のことだ……。

 ほんとに次会った時覚えとけよジジイ……。


「でも、本当に良いんですか? 俺が艦長だなんて……腐っても、『大和』は連合艦隊の旗艦ですよ?」

「そうだな、二日前までは」

「……は?」


 俺は港の方へ視線を向けるが、全艦呉に居るため港では閑古鳥が鳴いている。


「じゃあ、『大和』はもう連合艦隊の旗艦ではないのですか?」

「そうだな、旗艦は『長門』になったぞ」


 それ、大和が許したのか?


「しっかり大和が許可したぞ、「旗艦と有馬、どっちを取る?」と聞いたら秒も待たずに「有馬」と答えたからな……まあそれは兵器としてはどうなのかとも思うが……」


 そう言って長官は伸びをし、立ち上がる。


「まあそれらを全てひっくるめて兵器と言うことだ、魂を具現化し、体を与え、再び戦ってもらう以上、これくらいの自由は認めてやらんとな」


 細い目をさらに細めて笑う。そして、ついてこいと手招きし、長官室を出る。

 俺はそんな長官の背中を追って長官室を出る、そのまま海軍省を出てドッグの方へ向かう。


「長官? ドッグに何か用があるんですか?」


 俺が尋ねると。


「君は、記者を殴った、そして島流しに合った、その間にWSたちと会話したか?」

「いえ……」


 そう言えば、俺は取調室にいたからあの後WSたちと会話できていない、それを思い出して長官は俺をドッグへ連れてきたのか?


 だが今、WSたちは、呉に行っているから、会えないはずだが……。


「二つ目の、全艦艇呉に行った話だが、まだキューブをスリープモードにするのを拒否している娘がいてな、有馬と会話するまではスリープモードにならないと言い張っているのだよ」


 そう言って長官がドッグ内の艦が見渡せる会議室の扉を開けると、勢いよく一人の少女が出てきた。


「ゆ~う~ぎ~!」


 もちろん大和だ、半泣きの顔で俺に飛びついてきた。


「どうした大和? 別に、本当に島流しに合ったわけでは無いから大丈夫だぞ?」

 

 俺がそうなだめるが、大和は聞かず、顔をくしゃくしゃにして俺にすり寄る。


「というか、お前呉に行ってるんじゃないのか?」

「艦体はね、でも各WSのキューブは、明石の中で今管理してるから、この辺だけなら実体化できるの」


 ということは他の艦たちも同じか……。


「そんなことより~勇儀~私寂しかった! 私の為に怒ってくれたのは嬉しかったけど、あの勇儀はちょっと怖かった……」


 やはりあの時はやりすぎたか……。


「ごめんな、怖がらせちゃって」


 そう言いながら大和の頭に手を乗せる。


「うんうん、怖かったけど、私の為に怒ってくれたのは、嬉しかったから……」


 そんな会話を、俺達は暫く続けていた。





「ふむ、私は邪魔なようだな……」


 二人の光景を見て、私は静かにその部屋を後にした。


「仲睦まじい様子を眺めているのも楽しいが、まだ私には仕事があるからな……」


 そう呟きながら私は会議室から少し離れた位置にある設計室に向かう。



「これは、とても18才の青年が考えつくものではないような気がするんだがな」


 設計室には、いくつもの設計図が並べられている、それぞれ『大和』『長門』『扶桑』などの戦艦組は全体武装設計図。

『赤城』や『瑞鶴』たち空母組は新たな艦載機の詳細と、運用方法についてだ。


「ああ、まったくだ」


 私の呟きに誰かが反応する、声がする方に視線を向けると、寝袋に身を包みながら設計図を眺める西村がいた。


「なんだ、お前こんなところにいたのか」


 最近姿が見えないと思ったらこんなところで寝泊まりしていたのか。


「で、寝袋持ち込むまでして何してたんだ?」


 私は呆れ半分に整備長に聞いてみる。


「何もかにも、個々の設計図全部に目を通してたんだよ、全部同時進行だから覚えておかないとごっちゃになる、もともと有馬が提示した改修案は、実現可能の範囲ぎりぎりの物が多いんだからな」

「そんなに厳しい条件なのか?」


 艦長の彭城は無理のないようにと、有馬君に釘を刺したらしいが……どうやら意味なかったようだ。


「さて、ではその無茶な設計案を見せてもらおうか?」


 私が、このドッグに来たもう一つの目的は、改修案の詳細を自身の目で確認するためだ。


「好きにしろ、だが航空機に関しては、少年長官か航空倉庫に居る好奇心の鬼に聞いてくれ、俺は空が苦手なんだ」

 

 そう言って、西村は設計図を全て机に置き、部屋を出て行った。


「忙しいやつだな、本当に……」

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