第一二七話 北欧の機密


 現在、14時30分。


 

 俺達は亡霊と別れ、ウラジオストックに帰還する準備を整えていたところに、ルカがやってきた。


「どうした?」


 ルカは相変わらずこの軍基地内を戦車で移動しているようだ。


「いや、帰る前に説明してやれとハープン所長からお達しがあったからな」

「なんの説明だ?」


 俺が首を捻るとルカではなく空が反応した。


「今の北欧が抱えてる闇とルカの正体についてだよ」


 ……ルカの正体、確かにそれはずっと疑問だ。


「中国で言っただろ? 「この事実を知った時、お前の顔はどう変わるのか」ってな、その事実を教えてやる……入れ」


 一瞬ルカの視線がとても鋭く冷たい目になった。

 俺はその視線に違和感を覚えながらルカの言う通り戦車の中に乗り込んだ。

 ルカに続いて『T―34』の中に入ると、ルカは話し出した。


「有馬、あの時私は、『T―34―85』の魂については軍機だから言えないと言ったが、今教えよう、『T―34』にも魂は存在する」


 そう無駄に遠回しにルカは言った後、衝撃の一言を放つ。


「その魂こそが私だ」

「……は?」


 俺は急に言われたその一言を理解できず、素っ頓狂な声を上げてしまった。


「え……お前は……人じゃないのか? WSなのか?」

「分かりやすく言うのなら、WSの記憶をもつ人間ってとこだな」

 

 そんなこと言われても……。


「私は確かにルカ・ジュペッタと言う人間の女だ、だがそれともう一つ、『T―34』としての記憶も私の脳には入っている」

「WSの記憶が脳に?」

「そうだ」


 どうゆう事なんだ? WSはあくまでホログラム的な存在、肉体は持たないはずなのに……。


「北欧では、WSに関するある実験が行われていた……WSの肉体を製造する実験だ」


 肉体錬成、それはすなわち、人が人を作ること……そんなことができるのか?


「もしそれが成功すれば、ps2を使わなくともWSと一般兵が、会話や意思疎通をすることができる、そう考えて研究者たちは、WSを肉体に宿らせる研究を始めたんだ」


 ルカの顔はどこか重苦しい、罪悪感にかられるような、そんな表情だった。


「だが実験は失敗だった、機械や死んだ人間の組織にWSのデータを、脳として取り込むことはできなかった、そこで、ある提案が出たのだ」

「……まさか、生きてる人間を使ったのか?」


 俺が嫌な予感を覚え、尋ねると、ルカは頷いた。


「そうだ、生きている人間に、データではなく、記憶として脳に流し込めば、事実上、その人間はWSの記憶を持つ人になる、それはWSの魂が宿った肉体と言っても過言ではないからな……実験は成功し、私と言う存在が生まれた、だが問題は別にあったのだ」


 生きている人間を人体実験に使うだけでも十分問題だが、まだ何かあるのか。


「記憶がない……と言うより覚えていられないんだ」


 その俺は言葉に息を詰まらせる。


「覚えていられない?」

「WSとしての、『T―34』の記憶は鮮明に思い出せても、ルカ・ジュペッタとしての記憶が少しずつ薄れている、私の昔の友人も、親の顔も、声も、もう私は思い出せない」

 

 人として大切な記憶がどんどん薄れていくと言うのか? そんなバカな話があって良いものか。


「……その実験は今でも行われているのか?」


 ルカは首を振る。


「分からない、一切の公言は禁止され、実験の詳細も、もう教えてくれなくなった」

「……お前の言葉の意味が解ったよ」

「そうか……まあ、そうゆうことだ、だから私の車輌には基本的に私しか乗ってないんだ、自分一人で全て操縦できるからな」


 なるほどな、あの時は改造でどうこうしたと言っていたが、あれは嘘だった訳だ。


「で、北欧はその情報を俺に伝えて何がしたいんだ?」


 一番の問題はそこだ、何故俺にこんな機密情報を話したのか?


「私にも分からない、だがハープン所長が言うには、私の表情を覚えておけばいいらしい、覚えておけばきっと解る、そう言っていたな」

「ロシアは謎が多すぎる……共産主義のお決まりか……」


 俺はそう呟いて『T―34』を降りた。


「すまないな、帰る直前にこんな話をしてしまって」

「別に構わないよ、ただ……」


 俺は言葉に詰まる、言いたいことは在るが、それを言っていいものだろうか?


「ただなんだ?」


 ルカが首を捻りながら聞き返す、そうすると空が感づいたように言う。


「無茶な戦いはしないでだって」


 ほんとにお前は……俺の心の中見えるのか?


「……ふっ、そうゆう事か……」


 ルカは鼻で笑いながら言う。


「大丈夫だ、私は死ぬつもりは更々ないし、無茶なことをするつもりはない、だから安心すると良い」

 

 顔つきがやや男っぽいからか、この時ばかりはルカがかっこよく見えた。


「そうか……またな、T―34」

「おう、じゃあな、同志有馬」


 そう挨拶を交わし、俺達はKS基地を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る