第一〇一話 やっとだな

 俺が呼びかけると、優しい光とともに、五人が姿を現した。


「やっと、だな」


 全員が集まった後、最初に口を開いたのは、長門だった。


「司令官が、私たちの指揮を取れなくなったと聞いた時、私達戦艦は、あまり動揺がなかった」


 そうなのか、隣の空母組は大変だったみたいだが……日本の戦艦は、空母に比べて年を取っているから、精神的に大人なのだろうか?


「動揺しなかったというより、心配していなかった、の方が正しいんじゃない?」


 陸奥はそう言ってほほ笑む。


 心配していなかった?


「演習前の数日間、司令官が、私たちと戦い方を考えている時の顔、とても楽しそうだったわよ?」


 ……楽しそう、か……。


「そうですよ、戦艦での砲撃戦を想像している司令官の顔は、どんな時よりも楽しそうだった、だから私たちは、心配しなかったのです」


 武蔵が言うのに続けて、長門が言った。


「きっとあなたは、私たちの砲撃戦を見れば、失った情熱を取り戻せる、皆、そう確信していたのだ」


 その言葉に陸奥、扶桑、武蔵は頷き、アリゾナが一言挟んだ。


「まあ、結果的に二隻の大破艦を出したがな」


 その一言に、長門が苦笑い。


「まあそう言うな、アリゾナよ司令官が、司令官として仕事ができるよう戻ったのだから、いいではないか」


 そう、長門が言うと、アリゾナは「フン」と鼻を鳴らした。


「ははは……それで、長門と扶桑の件なんだが……大規模に改修したいと思う」


 俺はそう言って、艦長から貰った41センチ三連装砲の資料を机に広げる。


 そして、その周りを囲うWSたち、それはいつもの光景だった。

 あ、ちなみに扶桑の服は、張りぼての布であてがわれている。

 西村さんが、損傷部分を布で隠してくれているのかもしれない。


「なるほど、確かにそうすれば、修復よりも安く早く、強化と回復を行えるわけか」


 話し終えると、長門が頷いた、それに続けて扶桑は、おずおずと聞いてきた。


「あの、その改装で、武装面の強化は分かったんですが、他のことも、詳しく聞きたいです」


 おそらく扶桑は、艦体全体のことを気にしているのだろう、艦長にも相談したようだしな。


「ああ、長門に関しては、そこまで大きな変更はないが、扶桑は、艦体のほぼ全てを改装することになると思う」


 俺は、メモ用にペンを取り出す。


「何か要望はあるか?」


 そう言うと、扶桑は目を輝かせて話始める。


「なら! まずは、機関とモーターを改良して、速度の上昇、艦橋の縮小での、隠匿性の上昇をお願いします!」


 いつも冷静で、少し暗い雰囲気を醸し出す扶桑が、意気揚々と話している……何だか珍しいものを見たな。


「お、おお、分かった、速度の上昇と、艦橋の縮小だな……そう言えば扶桑、航空戦艦に興味あるか?」


 俺は、扶桑に聞いてみる。


 『伊勢』型が、建造できなくなったのを聞いて、一隻ぐらい、航空戦艦を保有しておきたいと思っていた、だが現状況で、航空戦艦に改装する余地があるのは、扶桑だけなのだ。

 『大和』型、『長門』型の火力を半減させてまで、航空戦艦にはしたくない、と言うのが軍部総合本部の意見なので、作戦本部の俺は、おとなしく従うしかない。


「航空戦艦ですか……」


 扶桑は呟いて考えこむ。


 まあ艦種の変更には、抵抗があるか……。


「司令官は、どちらがいいですか?」


 ん?


「司令官は、どちらの私がいいですか?」


 扶桑は、俺の顔を覗き込むように聞いてきた。

 う~ん、できれば、自分で決めてほしかったが、本人が、俺に決定権を渡してくれるなら。


「なら少し火力は下がるが、扶桑には航空戦艦になってもらおう、それでいいか?」


 俺がそう言うと、扶桑は笑みを浮かべて。


「お願いします」


 そう言った。


「あーあ、私も改装したいなぁ」


 陸奥が、うーんと伸びをしながら呟き、それに武蔵が合わせる。


「そうですね、皆が強くなる中、置いて行かれる気分です」


 陸奥が唸るのはまだ分かるが、武蔵、お前十分強いだろ。


「二人の改修案は、俺が出しておくから、安心して良いぞ」


 俺が言うと、アリゾナが怪訝そうな顔をして聞いてくる。


「そこまで改修するというのに、ほかの艦にも改修を施すというのか? そんな予算と資源、何処から湧いて出てきた」


 まあ、アメリカ様が懸念するのはその通りだ、日本は、他国に比べて軍事資金や資源は少ない方だ。


「日本の交渉術を、舐めないでもらいたいね」


 そう俺が言うと、アリゾナが少し考えた上で、目を細める。


「お前、アメリカに何を吹き込んだ?」


 俺は、ニヤッと笑って答える


「なあに、これまでの日本の恩と、整備に時間がかかる戦艦二人を整備するだけの費用をちょっと割増しで請求した程度さ、今の日本の外務省は、交渉上手が多いみたいでね」


 アリゾナは、大きくため息をつく。


「まったく、日本侮りがたしだな……」


 そう言って、アリゾナは姿を消した。


「さて、ここらで私達も解散するとしよう」


 そう長門が言うと、皆が頷く。


「有馬さん、私の改装、対空兵装の強化だけでは、満足しませんからね?」


 武蔵が半分脅しのような勢いで言ってくる、大和お姉さまを守れる兵装を、とでも言いたいような顔だった。


「あら武蔵、それだけの兵装を積んで、まだ何か不満なの?」


 陸奥が、隣から割り込んで聞いてくる。


「いえ別に、不満はありません、より良くなるなら、大歓迎というだけです」


 武蔵はそう言って、消えて行った。


「ほら、陸奥もゆくぞ」


 そう長門に言われて、陸奥も俺に手を振った後、消えて行き、それに続いて、長門も消える。


「ではな司令官、改修の件、よろしく頼む」


 最期に残ったのは扶桑だ、俺は、扶桑が消える前に呼び止めた。


「扶桑」


 俺が呼び止めると、扶桑は首を傾げる。


「何か?」

「……もう、自身を盾にするようなことは、やめてくれ」


 俺は、扶桑の肩を掴んで言う、あの場での行動が、間違っているとは思わない、だが……。


「心配しないでください、私は……私は、もう昔の私ではありません、簡単には沈みませんよ?」


 そう扶桑は軽く笑うが、俺にはその笑みが、心配でならなかった。


「……俺は」


 俺が言いかけると、扶桑は、俺の口に手を当てて微笑む。


「それ以上はダメです、司令官、私は艦です、あなたの駒の内の一つに過ぎません、切り捨てるタイミングを、間違わないでくださいね」


 そう言って、扶桑も消えていく。


「切り捨てるタイミング、か……二度目だな」


 同じことを、前に零にも言われた、切り捨てるタイミングを、見誤るなと。


「まったく……」


 俺はそうため息をついて、ドッグを出る。

 向うのはドックの隣、改修用の工廠だ。


「おっと、その前に、艦長にお願いしておかないとな」


 そう言って、腕時計の通信機を起動した。

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