第一〇二話 また俺を、『お前』に乗せてくれ
現在、18時12分、横須賀港工廠。
一際大きな改修用の工廠、今は『三笠』が一つを占領し、『大和』が、二隻分の工廠を使って、水雷防御の鋼鉄板を張り付け直してもらっている。
「中佐殿、お疲れ様です」
そう言って、一人の整備兵が出てきた。
「あ、お疲れ様です、整備の調子はどうですか?」
その整備兵が、どうもかなりの老人に見えたので、自然と丁寧な言葉になった。
「ええ、順調です、この調子なら、今日の二十二時までには、終わりそうです」
後四時間程か……。
「了解しました、えっと、お名前をお聞きしても?」
俺が聞くと、老人は帽子を外して、深々とお辞儀をした。
「これはどうも、秋山賢治と言い、広島の、民間造船企業から派遣されて来ました」
広島からの派遣要員か……。
横須賀で、新たに出来たこの連合艦隊司令部の工廠には、未熟な者や、若者が多いため、各県の技術者を呼んで、有能な技術者を育てよう、という計画らしい。
給料はそれなりに弾むし、一週間程度の旅行と考えてみると、良いものらしく、それなりに人気があるらしい。
「それでは、何かあったらお呼びください」
そう言って、老人は去って行く。
「あんなお年寄りまで、戦争に参加してくれているのか……」
俺は、国家総動員法のことを思い出し、少し背筋を冷やした。
「本当にそんな法が出る前に、この戦いを、終わらせないとな……」
俺は、そう決意を固めて、『大和』の側へと歩み寄ってみるが、
「そこにいるのか大和?」
俺の声掛けに反応は無い。
静かに、工廠に響くだけだ、ここにいる整備課たちは、皆WSと俺のことを知っているからか、何も誰も言わずに、作業を進めている。
「まだ、俺が『大和』に乗る権利はないみたいだな、大和」
俺がそう呟くと、背後に誰かの気配を感じ、振り返るが誰も居ない、だが、俺にはそこにいるのが誰なのか、感覚的に分かっていた。
「……大和」
私は、愛しい人の声に引かれて実体化すると、確かにそこに、彼はいた。
「有馬……」
彼はまだ、私を好きにはなってくれていない、兵器への情熱は戻ったかもしれない、でも、戦艦『大和』のことを、好きにはなっていない。
有馬は、一度こちらを振り返った後、再び私の艦体を見つめ始めた。
「……やるか」
何かを呟いた後、有馬は工廠の設計室に向かった。
あそこは艦の改修や、改造をする時、本部が出した設計図と情報を提示しておき、それを工廠の人間で検討、再設計、計画、をするときに使う部屋だ。
「何するんだろう?」
私は、純粋な興味から有馬の後をつけた、有馬は別に整備課ではないし、設計図を書けるとも聞いていない、渡された資料を置きにでも行くのだろうか?
そんなことを考えていると、会議室に着く、有馬は設計室の扉を開けて、部屋の電気をつけると、右手に抱えていたファイルを置いて、腕時計の通信機を起動した。
「彭城艦長、有馬です」
「ああ、有馬君か、どうした?」
どうやら、艦長に通信を入れているらしい。
「さっき頼んだ設計図、どれくらいにできそうですか?」
「今、本部の技術者が急いで仕上げている、日付が変わる頃には、そっちに持っていけると思うぞ」
「分かりました、ありがとうございます」
それで二人の通信は終わる、設計図とは、何の話だろうか?
「始めるか」
そう言って、有馬はファイルから、折り畳まれた一枚の紙を取り出し、広げていく、私はその紙を、有馬の後ろから覗き込んだ。
「これって……」
その紙は、艦の図面、そして、そこに描き込まれていた艦は、
「私の……艦体図?」
私だった。
私の左側面が描かれたその図面、しかしその図には、主砲以外の武装が描かれていなかった。
「一体何をするの?」
聞こえていないとは分かっていても、私は有馬に聞いていた、もちろん、有馬は何も答えない、だがその手つきで、何をするつもりなのかは理解できた。
「まさか有馬、私の武装配置を、設計してくれているの?」
有馬は何も言わず黙々と、空白の私の艦体に、新たな武装を記入していく、少し経つと、有馬は手を止めず、言葉を零し始めた。
俺は工廠に向かう前、艦長に、改装の設計図の作成を頼んでおいた、『扶桑』『長門』『陸奥』『武蔵』の改装図だ、そして、『大和』の艦体設計図の設計許可を貰ったのだ、『大和』の設計図だけは、自分で描いてやりたかったから。
「大和、お前がこの言葉を聞いているかどうかは、今の俺には判断できない、だがもし聞いているのなら、もう一度見えるようになった時、どうか俺を、許してほしい」
そう言った後、俺は、今の自身の心を呟いた。
「あの時、俺がお前に言ったこと、あれは多分間違いじゃない、俺の本心だと思う」
あの時俺は、大和にひどい言葉を投げかけた。
「俺、あの後よく考えたんだよ、『大和』と言う戦艦を、俺はなんで好きになったのかを」
あの冬、偶然テレビで見た、一隻の戦艦、その戦艦に、俺は心を奪われた。
「世界最大の戦艦? 違う、46㎝砲を備える戦艦? 違う、大量の対空装備を備える戦艦? 違う」
俺は最初、世界最強の戦艦に惚れたのだと思っていた、だが、あの喧嘩の後、それは違うのだと自覚した。
だって、あんなことを言った後でも、『大和』のことを、頭から抜くことはできなかった、頭痛に耐えながらも、『大和』のことを考え続け、指揮を執った。
「俺が本当に惚れたのは、最強の戦艦じゃない、俺は戦艦『大和』に惚れたんだ」
強さや性能じゃない、『大和』自体に惚れたのだ、だから俺は、『大和』の性能を否定しても、『大和』のことを好きなままだった。
いや、好きになろうと思い続けていた、自身の、戦争や兵器に対する不の感情を抑え、もう一度『大和』を好きになろうと思い続けていたのだ。
俺は図を描く手を止めて、言った。
「だからさ、大和、もう一度お前の姿が見えるようになったら、俺は、お前にお願いする、俺を……お前に乗せてくれ」
そう言うと、俺は背中に何か熱を感じる、この感じ、潜水艦を片付けに言った時にも、感じたものだ。
「なんだ、やっぱりいたんじゃないか、大和」
そう言って、俺は再び改装図を書き始めた。
私は無意識に、勇儀の肩へと手を伸ばしていた。
どうして勇儀はいつも、いつも……。
「何で勇儀が謝るのよ……私が、私が悪いのに……なんで勇儀はそんなに優しいの」
私は本当に、良い司令官と巡り合えた。
「明日の演習、アリゾナにきちんと撃ち勝って、私を、戦艦『大和』を、貴方に思い出させて見せる、絶対に振り向かせて見せる」
そう、私は心に誓い、勇儀の後姿を見つめ続ける、何もない静かな時間、だけど私にとって、その時間は、とても居心地のいい時間だった。
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