第六六話 双翼の一航戦『赤城』『加賀』


「さて、どう上がろうか……」


 俺は、『赤城』の側にボートを浮かばせていた。

 戦艦には、臨時の縄梯子をかけて登っていたが、空母には縄梯子をかけられそうなところが見当たらない。


「ん?」


 そうしていると、甲板の上から縄梯子が降りてきた。


「ありがたい」


 俺は、縄梯子の先をボートに結び、梯子を上る。


「ふう、ありがとう赤城」


 俺は、甲板に足をつけ、目の前に立つ赤城に感謝する。

 弓道着に身を包み、袴は赤、茶色のストレートは腰まで延びる、穏やかな瞳は深い黒、間違えることは無い、赤城だ。


「いえ、お気になさらず、なにかご用事があるのでしょう?」


 にこにこと赤城は笑いながら訊ねる。


「実はな」


 俺は事情を説明する。


「カウンセリングですか……なら、加賀さんも呼んだ方がいいですね、司令はそこで待っていてください」


 赤城は艦橋に上っていくと、少し離れた位置にいる『加賀』に向かって、探照灯を点滅させる。

 そうすると、すっと、俺の背後に人影が現れる。


「加賀、久しぶり」


 俺は振り返る。


 赤城と同じく、弓道着に身を包む。

 ただ袴は青、こちらは赤城よりもやや黒っぽい茶色髪で、肩ほどしかなく、小さなサイドテールになっている、瞳は淡い茶色。


「お久しぶりです司令官、ハワイぶりですね」


 インドに行く際、『赤城』を護衛につけて行ったが、他の空母は、まだ艦体の調整が必要だったため、呉に置いていった。


 なので、『大和』『赤城』以外は、一ヶ月近く会っていなかったのだ。


「司令、結局御用は何でしょうか?」


 加賀は首をかしげながら訊ねるので、赤城と同じく説明をする。


「カウンセリングですか……」


 加賀は、少々思いつめた顔をしたが。


「招致しました」

「私の方も大丈夫です」


 赤城が加賀の隣に立つ、こうしてみると、赤城の方がやや背が大きい。


「赤城、加賀、一航戦の二人に聞きたいことがある」


 二人の目は赤く染まり、文字が浮かぶ。


「シ運ズ命ンのデ五シ分マ間エ」


 ッ! なんだこれ……頭が割れそうだ⁉


 一度にいろんな人の声が、単語が入れ混じる。


「戦艦? そんなもの必要ない」「天城の代わりを用意しろ」

「これまでの鉄はどうする⁉」「土佐も使えるのでは?」「零戦」「九九艦爆」

「九七艦攻」「真珠湾」「セイロン沖」「ミッドウェー」「慢心」

「奇襲の成功? ふざけるな! あんなのただのだまし討ちだ⁉」

「誇りある一航戦は加賀だけで十分」「元戦艦が何を言う、赤城だけがふさわしい」「南雲長官ご決断を!」「遅い、二次攻撃隊、早急に発艦の用ありと認」


「敵機直上急降下!」


「深 ク シ ズ ン デ シ マ エ!」






「敵機、直上、我が艦に近づきます!」

「高角砲標的、上空の『SBD』!」


 声が響き渡る。


「撃て!」


 高角砲が火を噴き、上空に迫るドーントレスに弾幕を張る。

 しばらくたつと、機銃も撃ち方を始め、弾幕が晴れると、機体は姿を消していた。


「『加賀』上空及び、右弦に敵機!」

「『加賀』を援護しろ! 高角砲、水平一杯!」


 だれかがそう叫ぶと、左弦の高角砲が水平一杯まで砲を倒し、加賀を狙う『TBDデバステータ』を襲う。


加賀さんは沈ませない!お前は私の活躍の邪魔だ!


 二つの言葉が同時に聞こえた、両方とも赤城の声だった。


 そんな中、防空指揮所の一人の兵が、上空を見上げ、顔を青ざめる。


「っ! 敵機、直上、急降下!」


『赤城』の高角砲は水平に倒しているので、最大仰角にするのに時間がかかる、直衛機も、雷撃機を追っているため、迎撃は間に合わない。

 急いで照準を合わせる機銃弾は、敵機をすり抜けていく。


「間に合わない!」


 誰かがそう叫んだ。


 『ドーントレス』から爆弾が切り離される瞬間を見つめ、落下するさまを、何もできないまま見つめ続けた、たった数秒のはずなのに、何十秒と感じられた。


 操舵室では、必死に舵を回すが、やはり間に合わない。


「きゃああああ!」


 赤城の悲鳴が上がる、二発は外れたが、一発が、甲板前部に当たる。


「っ! でも、これくらいなr」


 爆発した。


「ああああああああああ、体の中が、航空機が、機関が、操舵室が!」


 内部で爆発した爆弾が、航空燃料に引火、爆発し、装備変換中だったため、甲板と格納庫に積んでいた魚雷や爆弾に引火、さらに誘爆。


 そして艦内に、無数に張り巡らせた電話線に引火し、各所で爆発、電話が通じないため、応急処置の指示も出せなくなった。


「いやあ、いやよ、沈みたくない……私は、こんな所で沈むわけには……」


 とどめと言わんばかりに、再び『赤城』は大爆発を起こし、行足を止めた。





「赤城さん!」


 視線は、赤城から加賀に切り替わる、加賀はすでに、後部に一発被弾しているが、運よく誘爆にまでは至っていない。


「『赤城』、行足止まりました!」


 艦橋に声が響く、しかし、間を空かずに新たな声が届く。


「右弦雷撃隊接近!」


 間髪入れず、航海長は操舵室に指示を出す。


「面舵一杯! 急げ!」


 『加賀』の巨艦が回頭をゆっくりと始める、しかしそれだけでは終わらなかった。


「正面雷撃隊接近!」

「敵機、反転急降下!」


 右、正面、上空から、同時に攻撃を受けようとしている。


「こんなところで……」


 加賀の声が聞こえる、加賀は、赤城と違い裏の声は聞こえてこなかった。

 理由は分からない、加賀は純粋なのだろうか? それに対して、赤城の心の中はくすんでいる……?





 『加賀』の最後を見届けることなく、現在に視線が戻って来た。


 俺は、赤城の顔を見たとき、今までにないほどゾッとした、理由はわからない、だが赤城の顔は、不自然なほど笑顔だった。


 その笑顔は、俺にとって、不気味極まりなかった。


「……私の本心、聞こえてきましたか?」


 赤城が、俺の耳にそっと耳打ちする。


 その声は、先ほど聞こえた、少し濁った声のように思えた。


「加賀さんはまだ、私の闇を認識していませんので、あまり余計なことは言わないように」


赤城がそっと、離れていく。


「赤城さん?」


 加賀は不思議そうな顔で、赤城を見るが。


「なんでもありませんよ、加賀さん」


 赤城は、いつものテンションに戻り、加賀の横に並ぶ。

 俺はそれを見て、大きく息をつく。


「司令、話を聞いていただき、ありがとうございました」

「ええ、誰かに話したのは初めてですが、何か心が晴れたようなきがします」


 赤城と加賀は、そう笑顔で言ってくれるが、あの赤城の声を聴いた後の俺は、かける言葉が見つからずにいるところ、ピピピピと電子音が響いた。


「司令、通信ですよ?」


 赤城の一言で俺は気付き、腕時計の通信ボタンを押す。


「どこほっつき歩いてんの?」


 通信相手は吹雪だった。


「今『赤城』にいるけど」

「もう十一時四十分、お昼食べて、沖合航海の準備するんでしょ!」

「ああ……わかった、今行くから、先食べててくれ」


 そう言って、通信を切る。


「それじゃあ、俺は戻らなくちゃだ」


 俺は二人にそう言った後、縄梯子の方へ向かう。


「はい、了解しました」

「お疲れ様です」


 そう赤城が返事を返し、加賀が俺に言葉をかける。


「赤城、加賀」


 俺は、そんな二人の名前を呼ぶ。


「「なんでしょうか?」」


 二人同時に声を返す。


「俺はお前ら二人を一航戦として、連合艦隊の空母組の主力として活用する、どっちが欠けても、それは一航戦ではなくただの空母だ」


 俺の言葉に意表を突かれたのか、二人の動きが止まり、互いの顔を見合う。


 俺は言葉を続ける、今度は微笑んで。


「だからどっちも死ぬな、沈むな、妬むな、お前たち二人には長所短所、どちらもある、互いをカバーしあうことで、一航戦としての力を発揮できるんだ、覚えておけ」


 それだけ言い残して、俺は縄梯子を伝って、ボートへと降りて行った。





「司令はすごい人ですね」


「急にどうしました? 赤城さん」


「いえ別に、ただ司令に、有馬さんに惚れそうだな~って」


「⁉ 赤城さん、それどうゆうことですか⁉」


「どうもこうもそのままの……あ、なるほど」


「赤城さん?」


「加賀さんのことも好きですよ、私は」


「ッ! ……恥ずかしいこと言わないでください」


「でも加賀さんも司令のこと好きですよね?」


「え、まあ嫌いではありませんが……」


「じゃあ私のことは?」


「……好きです……」


「ん? 聞こえませんねえ」


「~~ん! もう知りません、艦に帰ります!」


「あ、待てくださいよ~加賀さん~」






 艦から離れても、赤城の声は、耳から離れそうにない。


「WSには、まだまだ分からないことが多すぎる……」


 赤城の裏の声の事、明石に聞いたら解るのだろうか?


「……分かっていたところで、教えてくれるのか?」


 明石、と言うかWS全般、WSのことを詳しく知らなかったり、遠回しに言ったりしてごまかそうとする節がある。



 それは何故なのか――――

            ――———俺はまだ、知らなかった。


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