第六五話 日本の誇り『長門』『陸奥』

 俺は武蔵との話を終えた後、『長門』に上がった。


「『長門』と『陸奥』は日本の誇り、そう言われた二隻は、一体どんな闇を抱えているのやら」


 そんなことを呟きながら上がった俺を、日本初の国産41センチ主砲が俺を出迎えた。

 『扶桑』は美しく、『武蔵』や『大和』はたくましく、『長門』や『陸奥』は少し古めかしいが、老獪なオーラを醸し出している。


「む、司令官、どうしたのだ?」


 どこからともなく現れる、『大和』型の二人と似た和服を纏うが、全体的に黒を基調としている。

 黒髪でまっすぐに伸びる髪、耳のイヤリングは菊の花、長門だ。


「あらあら、珍しいお客さんね」


 同じ服装で、こげ茶色のふんわりとした髪、やや三笠と似ているが色が薄い、耳のイヤリングは椿、陸奥だ。


「おう、長門に陸奥、ちょっとな」


 俺は事情を説明する、来る戦いに備えて、トラウマの克服のこと、明石に頼まれたこと。


「ふむ……しかし、我々が任務に支障をきたすほどのトラウマなどないと思うが……」


 長門は、そう自信ありげに言うが、陸奥は顔を下に向ける。


 ……さて、始めるか。


「長門、陸奥、日本の双翼の二人に聞きたいことがある」


 二人の茶色い目が赤くなり、文字が浮かんできた、二人とも同じ文字だ。


 (期待の鎖)


「陸奥、長門、君たちにかかった期待の鎖の話を聞かせてくれ」


 二人は一瞬固まり、目を合わせる。

 暫くして、意を決したのか、口を先に開いたのは長門だった。


「私たちは生まれた当時から日本の象徴として、連合艦隊に君臨した」


 目線は切り替わらない、長門が今から話す内容は、あくまで昔話だという事なのだろうか。


「当時最大の41センチ連装砲を積み、それなりの速力と最高峰の防御力を誇った」


陸奥が続ける。


「私たちは誇らしかった、日本は安泰の時を過ごし、私達はビックセブンに数えられ、愛する祖国に来るであろう戦いに備え続けた」


 俺は、何も言わずに、二人の話に耳を傾ける。


「そんな中日中戦争が始まった、しかし、陸が中心だったから、私たちの出番はなかった」


 長門が悔しそうに、苦笑いする。


「そればかりか、戦艦の立場を揺るがす航空機が戦場に現れたのだ……私たちは確信していた、いつか海戦までもが空にとられることを」


 その瞬間視線が変わる、ここでか……。




 ここは『長門』の甲板、だが少し、長門と陸奥の姿が古い、改装前の姿だ。


「お、飛んでる飛んでる」


 長門の声だ、上空には、『零戦』の編隊が列を組んで飛んでいる。


「新時代の象徴ね」


 陸奥の声だ、長門に艦を寄せて止めてある。


「私たちの出番は、ついになかったな」


 長門は、空を見ながら呟く。


「そうね、いつか私たちも、あの航空機たちに沈められるのね」


 陸奥は、少し寂しそうに答えた。

 上空の『零戦』は、器用に機体をくるくる回し、格闘戦の練習をしている。


「そうだな……だが、戦って沈むのであれば、それは、私たちの力不足ということだ、たとえ、相手が戦艦ではなくともな……」





 そこでいったん、現在に視線が戻る。


「そして始まった太平洋戦争、ここからは別々に話そう」


 太平洋戦争中、二隻は一緒に動くことがほとんどなかった、だからだろうな。


「じゃあまずは私からね」


 陸奥が一歩前に出る。


「といっても、私の艦歴で話すことなんて、あれぐらいかな」


 陸奥は自分の艦の方へ目をやり、寂しそうな目で口を開いた。


「第三砲塔事件」





 視線がまた変わる、こんどは『陸奥』の甲板だ。


「……来てしまった」


 そこには、一人の男が立っていた、見た目から将校レベルだと思う、だが顔が見えないため、誰だかわからない。


「どうしたの?」


 陸奥が、すっとその男の隣に行こうとしたが、黙ったまま男は艦内に入っていく、その後姿を、陸奥は見つめる。


「どうしたのかしら?」


 陸奥は少し首を傾げ、男の後ろをついていった。


「第三砲塔? なんでこんなところに……」


 男は、第三砲塔の弾薬庫の中に入っていく、相変わらず陸奥は、暢気な顔をして男の背中を追いかける。

 男は少し悩み、何かを決意したようにうなずくと。


「……すまないな『陸奥』、私はこれ以上、戦争で日本人を殺したくないんだ」


 その男は、ポッケの中から、マッチを取り出した。


「何をするの⁉」


 陸奥は、男の手をつかみ、それに火をつけるのを阻止しようとする。


「『陸奥』と『長門』、どちらか一方でも沈めば、士気が大きく下がり日本は戦争をやめるだろう、そうすれば、この先失われるであろう何万という人の命を守れる……」


 陸奥は男の手を抑え、頑張ってマッチを奪おうとする。


「はは、覚悟を決めたはずなのにな……」


 男は、自分の手を見つめながら、言葉を零す。


「そりゃそうだ、日本の誇りを燃やすのだ、怖くないわけないか……でも、やらなくては」


 男は、震える手でマッチに火をつける。


「ダメ、やめて! そんなことしたら、もう二度と長門に会えない、戦えない!」


 陸奥は、男に手を伸ばし、再びマッチを奪おうとするが、男はすでに、弾薬の中に、火のついたマッチを投げ入れた。


 火が火薬に触れた瞬間、『陸奥』の船体が大きく持ち上がり、三番砲塔を、根元から吹き飛ばした。


「ウァ! ガ! 痛い、痛い痛いよ」


 船体が半ばから折れ各所で爆発が起こりだし、他砲塔にも引火、大爆発を起こす。


「ガㇵ、イや、こんなところで、こんなァ死に方……嫌ヨ、いや、いや、いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」


 陸奥が、絶叫と悲鳴が混じった声を上げながら誘爆を繰り返し、沈んでいく。

 いつもの陸奥の顔からは、想像できないほど崩れた顔で、陸奥の体は、バラバラに崩れ去った。




 視線が現代に戻る、陸奥が涙を堪えながら話していた、長門はその肩を支える。


「私の記憶はそこまでよ……」


 陸奥は、原因不明の三番砲塔爆発事故で沈んだ、日本の片翼は、戦場ではなく人間の思惑で、海中に眠りについた。


「……私の番だな」


 長門は、陸奥を壁に寄りかからせ、こちらに目を合わせる。


「ああ、頼む」


 俺は、陸奥の一件でかなり参ってきていたが、聞かなくてはならないと感じ、長門の話に耳を傾ける。


「私は……そうだな、クロスロード作戦の話でもしよう」




 視線は切り替わる、『長門』の甲板だ。


「皆、アメリカの艦たちか……」


 長門はぽつりと言葉を零す、その声に力は無い。


 少し離れたところに、軽巡『酒匂』が浮かぶ、『長門』の後ろには、ドイツの重巡『プリンツ・オイゲン』。

 『長門』から左側で、艦の集まりの中心には、米軍空母『サラトガ』が浮かぶ。


「時間だな」


 長門が空を見上げると、爆音で上空を通過する、『B29スーパーフォートレス』が見えた。


 そして、何か大きなものを、サラトガの真上に投下していった、日本人数十万の命を一瞬にして消し去った死の光が、艦たちの頭上で輝く。


 その輝きは、あたりを包み込み、真っ白な爆風が視界を奪う。


「くッ……」


 『長門』の艦体は、大きく波に揺られ、浮き沈みし、超高温の熱風で、艦橋などのガラスが飛び散る。


 少し経つと、金属が溶ける臭いが漂い始めた、俺がその方向に視線を向けると、高角機銃が、原型をとどめずドロドロに溶けている。

 爆発が落ち着き、辺りの視界が晴れだすと、長門は第一砲塔の上からあたりをぐるりと見渡す

 

「……なっ、そんな……」


 長門が目を見開く。

 その先には、爆発の中心にいた『サラトガ』、いや、『サラトガ』だったものがいた……。


 艦橋は吹き飛び、甲板はまくれ、弦はズタズタに引き裂かれ、やや灰色っぽい色をしていたはずなのに、今は真っ黒、頭から墨をかけたように真っ黒になっていた。


 それだけじゃない、軽巡『酒匂』は、艦体のいたるところに亀裂が走り、ポロポロと、鉄の片が海に落ちている。


「これが……これが人間の答えか……」


 長門は、拳を握りしめ怒りをあらわにしている。


「貴様らの誇りと、期待の鎖で私たちを繋ぎ、戦うことなく守るべき祖国は負けた、その後は、新たな兵器のために標的とされる……」


 そう言い切ると、長門は空を仰ぐ、その額には、一滴の水滴が垂れていた。


「でも……たとえそうであったとしても……私は確かに、日本の誇りなのだ」


 戦艦『長門』は、最初の原爆実験から、四日間もその場に浮き続けた。


 二日目には、長門の直上で原爆を、三日目には、長門の直下で水爆を爆発させた。


「たとえ、ほかの艦が沈もうとも、私は沈むわけにはいかないのだ……私が沈めば、日本の威厳に傷がつくだけじゃない……戦場で散っていた他の艦たちににも、顔向けできない!」


 『長門』は四日目、アメリカの科学者たちが調査に来るその日まで、その姿を保ったまま、浮かび続けた。


 だが、ついに力尽き、その日の夜に、誰にも看取られず、静かに、海へと沈んだ。





 視線が現代に戻る、二人は並んで、俺の前に立っていた、二人とも明るい顔はしていない。


「これが、私たちの歴史だ、日本の誇りとして生まれ、戦わずして無様に散った、戦艦の話だ」


 長門はそう言って、俺と視線を合わせる。


「でも、こんな私たちを、今度は象徴とせず、一隻の戦艦として戦わせようとしてくれる貴方には、感謝しかないわ」


 陸奥も同じように、視線を合わせる。


「「ありがとう、そして、よろしく」」


 やっぱりお前たちは、どんな日本の艦たちよりも強く気高い、それでこそ、日本の象徴であり、誇りであることにふさわしい。


 俺は、静かに微笑み、二人の肩に手を置く。


「ああ、これからよろしく頼む、陸奥、長門、頼りにしている……だが、死に急ぐことだけはしないと、俺と約束してくれ」


 そう言って、俺は二人に敬礼し、艦を降りた。





「やっぱり、不思議な人ね」


「そうだな、まるで私たちの心の中が見えているようだ」


「死に急ぐなだって、うふふふ」


「何がおかしい、陸奥」


「だって、長門が言っていたんじゃない、日本の為なら沈む覚悟だって、司令官に言われたおかげで、少しは改まったかなって」


「……私は、そんな簡単に沈んだりしないぞ?」


「違うわよ、まったく、司令官の言葉の意味も分からないなんて、それでも、お父さんが一番気に入っていた戦艦なの?」


「うむぅ……」

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