第六四話 大和型二番艦『武蔵』
「次は君だな……」
俺は、『大和』によく似た巨艦に乗り込む、そう、この艦の名は。
「大和型戦艦二番艦『武蔵』、お前もまた、レイテ沖で沈んだ一隻か……」
甲板に上がり、主砲塔を正面から見る、こう見ると、大和と何ら変わりはない、しかし、圧倒的に一つだけ違うものがある……。
「シールドがない」
『武蔵』の高角機銃は、『大和』と違い、ほぼすべてにシールドが付いていない……このせいで、一体何人が犠牲になったことか……。
今は、シールドをつける手筈が進んでいる、時期に大和と同じように、ほぼすべての機銃座にシールドが付くだろう。
「有馬さん、何か御用ですか」
俺は、声のする方を見上げると、主砲塔の上に、武蔵の姿が現れる。
「久しぶりだな、武蔵」
大和の髪を短くしたような髪型で、目の色は黄色、イヤリングは梅の花。
「お久しぶりです」
武蔵は、ひらりと俺の前に降り、天使のような笑顔でお辞儀した。
「今俺は、皆のカウンセリングをしているところだ、次の作戦に備えてな」
武蔵はくすくすと笑う。
「有馬さんらしいですね、たとえそれが明石に言われたことでも、実行するのはやっぱり有馬さんらしいです」
俺が、明石に言われたからと反論する前に、その答えをつぶされた。
「まあそう言っても、俺が皆と一対一で話したかったってこともあるが……」
そう言って、武蔵と目を合わせる、武蔵も分かっていたかのように、こちらに視線を合わせた。
「武蔵、大和型二番艦として、囮として散った君に聞きたいことがある」
武蔵の黄色い目が薄く赤く光り、文字が浮かび上がる
(日本)
日本……武蔵は、日本のことをトラウマに思っているのか? それとも……まさか日本が嫌いなのか?
「君が、日本に思ったことを教えてくれ」
武蔵はフッと笑うと、目の色のハイライトが消え失せる。
「聞きたいですか?」
俺は、ぞわりと、背筋に悪寒が奔ったが、臆せず聞く。
「あまり気分がいいものではありませんよ……貴方には」
武蔵の声は、いつもより低く、鈍い。
「私が、最初に日本に嫌気がさしたのは、1944年、四月二十二日のこと」
今まで同様、視線が切り替わる。
「今回の改装では、武蔵に高角砲を増設して、対空火力の補強を行うのではなかったのか⁉」
一人の男が、整備課の人間の肩をつかむ。
「お、落ち着いてください朝倉さん!」
朝倉豊次、レイテ沖海戦時の猪口さんが艦長になるまで、『武蔵』艦長を務めていた人だ。
「落ち着いていられるわけないでしょ! 一体本部は何を考えているのよ!」
その声に乗せて、武蔵の声が聞こえた。
「仕方ないんです! 内地から送られてくるはずだった12、7センチ高角砲が間に合わないという事なので、その代わりの25センチ三連装機銃を乗せたんです!」
『武蔵』は、来る決戦に備え、対空火器を『大和』と同じだけ積む予定だったが、当初積む予定だった高角砲は届かず、その代わりに、高角砲を積むはずだった場所に、25センチ三連装機銃が十八基増設された。
「しかし! 百歩譲って機銃の増設は良いだろう、対空砲が無い代わりなのはわかる、しかしその機銃がむき出しというのはどうゆうことだ!」
またしても、朝倉さんの怒鳴り声が響く。
「これじゃあ、機銃掃射だけで死んでしまう、そんなのひどすぎます……」
武蔵も、機銃弾から撃っている人を守る、シールドが付いていないことが気がかりのようだ。
「それに関しては……鉄が……ないんです」
整備員たちも、機銃にシールドをつけないと危ないことはよくわかっていた、だが、そのシールドを作るための鉄は、すでに日本に残っていなかった。
「そんな……」
武蔵は、落胆するように膝をつく。
「対空火器の増設も中途半端、さらにはリベットの問題も解決しない、被弾して帰っても、直すための鉄もない……」
武蔵の目には、どこか憎しみさえ映っていた。
そこで視線は切り替わった。
今度は、一度見たことのあるような光景だった。
「高角30度! 右20度!」
高角機銃が動く、シールドが無く、人がむき出しの機銃が。
「撃て撃て撃て!」
三連装の対空機銃が火を噴くが、敵は落ちない。
この時、『武蔵』に乗っていたのは、実戦未経験や訓練が浅く、若い兵ばかりだったため、なかなか敵を墜とすどころか、敵機を損傷させることすら叶わなかった。
「くそ! 全然墜ちない!」
武蔵が嘆くのと同時に、主砲塔が旋回を始める、それに気づいた武蔵は、悲鳴まがいの声で叫ぶ。
「え? 待って、今撃ったらだめ!」
武蔵の絶叫は、主砲が火を噴く轟音でかき消され、主砲九門から、三式弾が発射された。
「うわああああああ」
数名が、死体と一緒に吹き飛ばされる。
「熱い、熱いいいぃぁああああああ」
主砲発射の際に発生する熱風で、体中を火傷し、火もついていないのに甲板を転げまわる。
冷たさを求め、海に飛び込むと、そのまま力尽きて死んでいく。
転げ回ったものも、いずれ力尽きて死んでいく。
それだけじゃない、対空機銃にはシールドがないため、艦爆を使わずとも人はどんどん死んでいく、それに気付いた米軍は、二次攻撃からほとんどが艦攻と艦戦に切り替わり、機銃掃射で武蔵の乗員を苦しめた。
「あああああ痛い! 痛い!」
しかし、武蔵は沈まずに戦い続けた、魚雷を上手く避け、囮としての役割をきっちり果たしていた、だがそんな時。
「正面、及び左舷より魚雷接近!」
いつもならすぐに、艦長の猪口さんが的確な指示を出す、しかし、今回はその声が帰ってこない、それに焦ったのか、武蔵が艦長の名前を呼ぶ。
「どうしたの⁉ 猪口さん? 猪口さん!」
魚雷接近の報告が上がる寸前、艦の直上で『SBⅭ2ヘルダイバー』が急降下を始めていた。
そしてその真下には、防空指揮所がある、そこは猪口さんがいる場所だ。
武蔵の叫びが届くこともなく、艦橋部分に、1000キロ爆弾が命中した。
「いッ、猪口さん!」
「取り舵40度!」
猪口さんは肩を抑え、苦悶のうめき声を上げながらも、指示を出した。
負傷しながらも、きちんと艦長としての役割を果たしている、そのおかげで、魚雷の被雷は一本にとどまった、だが……。
「左弦、装甲大破! 急激に浸水しています!」
「速力低下! 最大船速19ノット!」
たった一発で浸水、それに速力の低下だと?
「……リベットか!」
猪口さんは、奥歯を噛みしめながらそう言葉を絞り出す。
武蔵は、いつもの穏やかな様子からは想像できないほどの形相で叫ぶ、その顔はまるで般若の面をかぶったかのように豹変した。
「あの猿ども……おとなしく整備しておけば、対空火器を増強し、リベットの問題を直しておけば、私はもっと戦えた!」
そんな叫び声に比例して、より一層武蔵の対空砲火は、激しさを増したように思えた。
「万が一お姉さまがこんな目に合っていたら、私は貴様ら猿どもを、永遠に許さないからな……」
武蔵は、自身が沈む寸前だというのに姉のことを思っている、それだけ武蔵にとって、大和は、特別な存在なんだろう。
そこで視線は、現代に戻ってきた、いい加減、視線が行き来する感覚も覚えてきた、もう酔うことはないだろう。
「……お前は大和が好きなんだな」
俺が最初に言った一言は、それだった。
武蔵の顔は穏やかな笑顔だが、その裏に隠れたあの顔を想像すると、背筋が凍る。
「ええもちろん、唯一の姉ですから」
武蔵は微笑ましい笑顔を浮かべなおす。
彼女はトラウマというよりも、大和の様態を気にした方がいいな、大和を泣かせたりしたら、俺の身が危なそうだ。
「君は、特別な海戦と言うより、大和を大事にした方がいいわけだな」
武蔵は、少しだけ顔を曇らせる。
「私から大和姉さまを取った有馬さんには、少しだけ妬いちゃいます」
はははと俺は苦笑い。
妬いちゃいます、と言ったその顔の影に、かすかに般若の顔が覗いていた。
「でも、大和姉さまは、貴方のことをとても好ましく思っています、どうか大切にしてあげてください」
武蔵はそう言って、すっと消えていく。
武蔵はどことなく、他のWSとは違う何かを抱えているように思う、言動といい大和に対する感情と言い、どこか無機質と言うか、無関心というか、日本のことは好きにはなれないのだろうか?
戦艦『武蔵』、大和型戦艦二番艦として生まれ、レイテ沖突入戦にて、敵の攻撃を一心に自分に集め、五時間もの間、敵の攻撃に耐え続けた、日本の大和魂を具現化したような戦艦。
しかし、武蔵本人は日本を好かず、代わりに、最愛の姉を守ることだけを使命としている。
武蔵との対話が終わって、午前十時、あと二隻は聞けそうだな……。
『武蔵』の裏に並ぶ艦は、『長門』『陸奥』の二隻と、『赤城』『加賀』の二隻、この二隻は、ほかの艦とは違い、ぶつかりそうなほど近い距離に止まっている、一気に二人ずつ聞けるかもしれない。
俺はそう思い、まずは『長門』『陸奥』の方へとボートを進めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます