第五二話 隼と零
緊急着陸の放送で、一気に倉庫内の人の顔が険しくなった。
俺と吹雪、ほか数名の整備員が急いで外の飛行場に出る。
「ッ! 何故哨戒機が……」
俺は羽から煙を噴き、いたるところに弾痕が残る『P3―Ⅿ』哨戒機に近づく。
「何があった!」
俺は操縦席を開け操縦員に聞く。
操縦員は頭から血を流し、もう一人は気絶している。
さらに後ろを見ると、頭の半分が吹き飛んだ偵察兵の姿があった。
「衛生兵呼んで来い!」
そう叫ぶと、操縦者は俺の腕をつかんで告げる。
「敵……ここより東、父島上空を通過……双発機三十機、単発機十機による集中爆撃編成隊がこちらに向かっています……」
そう話し、ぐったりと倒れこむ。
「吹雪」
「もう来てる、敵機襲来、直ちに迎撃せよ、なお東京湾にまで近づいた場合護衛艦による撃滅を始める」
この人は何とか本部に打電できたみたいだな……。
無線のスイッチに血の跡がある、撃たれた後だが、必死に本部に報告を送ったのだろう。
「暖気運転終了、いつでも飛べるぞ」
通信機で吹雪にそう伝える。
今俺は改装された『隼』に乗り込んでいる、その隣には吹雪の『零戦』、その前に『零戦』量産型が並ぶ、八機全て有人だ。
敵爆撃機は双発機三十機なのはわかるが機種は不明、敵戦闘機は単発レシプロ機、おそらくイギリスの『ハリケーン』と思われるのが十機。
もう何の疑いもなく、ロイヤルの機体が出てきたな……。
今回迎撃に向かう『零戦』の量産型は『五二型』、吹雪が乗るのは先ほど見た『七二型』。
そして、俺が現在乗せられているのが『隼』、正式名称『一式陸上戦闘機』吹雪が改良する前は『隼三型乙』だったんだが、一様今は改良されているので『四型』としておこう。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
『隼四型』これまた吹雪が魔改造した『隼』だ。
水星四二型エンジン搭載 最高速度633キロ
機首、翼内 13、7ミリ機銃二丁計四丁 翼内 20ミリ機銃二丁
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
となっていて、当時のものより高火力になり、速度が速い。
その代償に、隼の大きな特徴であった離陸距離の短さは失われてしまったが、それでも空母ほどの滑走路で飛び立つことができる。
機動力も、木の葉のようには回れなくなってしまったが、それでもまだ零戦と同等の機動性を持つ。
この機体のボディーは『隼三型』のままなので、見た目は少し太った『三型』のような感じに仕上がっている。
それでも、アメリカと比べたら十分スリムだが。
「てか、なんで俺まで出るんだ……」
「私たちだけだと人手不足なのよ」
そりゃあ爆撃機編隊に九機で挑むのは少々辛いだろうなぁ。
俺が加わっても十機、戦闘機は墜とせても、爆撃機を墜とし切れる自信はない。
「護衛艦や、スクランブル発進したジェットに任せれば何とかなるだろ」
俺はそう言ったが、吹雪に否定された。
「知らないの? 今東京湾に停泊してるのは、護衛艦『あさひ』だけだよ? それにジェットなんて、今ここにいないけど?」
「……対潜艦……」
『あさひ』は、対潜をメインに設計された護衛艦だ。
対空ももちろんできるが、『あさひ』はVLSにSM4を搭載していない、十数機の複数を一気に相手どれるかと聞かれれば難しい。
そりゃ頼りにできないわけだ。
それに言われてみればそうだが、ここ横須賀基地には今ジェットはいない、千葉太平洋軍港の飛行場もまだ完全には復旧していないため、航空機が出せないのだ。
いや防空の要にジェットがいないってどうゆう状況だよ……。
「何で今ジェットがいないんだ? 普通、スクランブル用の機体ぐらい残しておくだろう?」
「それがねえ、何を血迷ったのか、ここの防空部隊の機体をごっそりメンテナンスしてるんだって、偶々スケジュールがずれて、今日だけ一機も飛行場に居なくなっちゃったみたい」
おい空自、何がどうなってやがる。
あとで防空本部に行って、状況を確認しないとな……。
「そろそろ出ないと間に合わないよ」
そんなことを吹雪と話していると、急に空の声で無線が入る。
おかしいな、空は今倉庫の中で遊んでいたはずなのだが……。
「空? お前何から……」
通信しているのか聞こうとしたが、真上を通過した機体で分かった。
「なんでお前そんなの持ってきた……」
『B17フライングフォートレス』空の要塞と呼ばれる機体が、上空を通過した。
装甲が非常に厚く、20ミリ機銃でも向きが悪ければ完全にはじかれてしまう。
おまけに防御機銃も豊富で飛行高度も高い、これが何を意味するのかと言えば、至極簡単な話、『零戦』の天敵なのだ。
『零戦』は高高度で速度が大きく下がり運動能力も著しく低下する、そこを防護機銃で狙われたら、『零戦』は助かる術がない。
大平洋戦争初期、後に名搭乗員と呼ばれる人達でも容易には撃墜できず、通常の搭乗員たちでは、『二一型』の20ミリ装弾数では三機で一機落とすのがやっと、という具合だった。
「なんであいつが……」
零から小さな悲鳴が上がる、今でも嫌いみたいだな。
「対空ロケット弾を大量に積んでいるみたいだし、戦力になってくれそうね」
吹雪は余裕の笑みでエンジンを始動する、新型の誉エンジンが咆哮を上げ、動き始める。
ゆっくりと進み始めた機体は三秒も走れば宙に浮き車輪をしまう。
その後一気に機首を上げ離陸する、それに続いてほかの『零戦』も離陸する。
「俺らも行くか、隼」
返事はない、キューブは入っているから聞こえてはいるだろうが……。
「まあ気が向いたら起きてくれ」
そう言って、俺は離陸した。
まっすぐ空へ上がり『零戦』の編隊に加わろうとするが……。
「ぬわ!」
操縦桿が倒れ、編隊の下に落ち着く。
「なぜ零と並んでとばにゃならんのだ!」
やや力んだ日本訛りのある声だった。
「この声……もしかして隼か?」
そう俺が聞くと、その声の主は激しい声で答えた。
「誰が『隼』だ、俺の名前は加藤だ!」
人の記憶があるのか……。
「加藤さん」
「なんだ、小僧」
はきはきとしゃべる態度は勇ましく力強く感じる、が、それと同時にちょっとめんどくさい感じを醸し出す。
「俺は有馬、一様中佐で、零に乗っているのは整備長、吹雪大尉だ」
「中佐⁉ その年齢で⁉ 今の日本軍はどうなってんだ……」
まあ、その反応は正しいですよ、加藤さん。
「まあ特に気にしなくていいですよ、形状だけの長官ですから」
そういうと、加藤さんは気さくな声に戻る。
「そうか……いや、急に眼が覚めたもんで、いきなり怒鳴ったりしてすまんな」
そう言って操縦桿がまた勝手に動き、『隼』は『零戦』の編隊に加わる。
「なんで零を嫌がるんだ?」
俺が隼、もとい加藤さんに聞くと。
「その前に、現状の説明をしてくれ」
……さようですか。
「現在、戦闘機が護衛する集中爆撃編隊の撃退に向かっているところです、編隊は『ハリケーン』十機、双発機三十機だと思われてます」
そういうと、加藤さんは黙り込み。
「なら『ハリケーン』は俺一人で十分だ」
そう言って、無線を勝手につなぐ。
「おい、『零戦』の吹雪というやつ聞こえるか」
「はい、こちら『零戦七二型』、えっと……『隼』のWSで合ってるよね?」
その言葉にまた加藤さんは過剰反応して、自己紹介をしていた。
「『ハリケーン』十機を一人で相手にする⁉」
吹雪から、どでかい声で返事が返ってくる。
「そうだ、隼部隊初期の標的は『ハリケーン』と『F2A』だ、散々戦ってきたからリハビリにはちょうどいい」
そう言って、隼は『零戦』の編隊の前に出る。
暫く飛ぶと俺の目には、深緑と茶色の迷彩色、水冷エンジンが詰まる大きめな機頭、後ろになびく後退翼気味の羽、そんな機体が飛び込んで来る。
間違いない、『ホーカーハリケーン』だ。
「前方敵機!」
そういうと、量産の『零戦』は爆撃機に向かって飛んでいく。
『七二型』はいったん『隼』の隣に並び、羽をすれすれまで近づけてから爆撃機に向かっていく。
「ふん、挑発のつもりか」
加藤さんはそう言って、操縦桿を左に倒したのだろう、一人でに操縦桿が左に倒れる。
戦闘機の中ではWSの姿を見ることはできない、一人乗りで狭いからな。
「えっと、俺に操縦させてくれないの?」
そういうと鼻で笑われた。
「リハビリだ、少しは見て学べ」
そう言って『隼』は、『ハリケーン』十機と向かい合う。
「行くぞ!」
エンジンをフルスロットルで開き、編隊の先頭を走る『ハリケーン』に標準を合わせるかと思ったが、『ハリケーン』の両翼が光る一瞬。
「らぁ!」
フットレバーを踏み込んで羽を九十度捻る。
それと同時に『ハリケーン』の、片翼六門両翼十二門の機銃が火を噴いた。
しかし『隼』の機体は垂直になっていたためそれを躱し、代わりに『隼』の機首と翼内に付いた、四丁の13、7ミリ機銃がエンジンを貫く。
「すごい」
完璧な身のこなしで一機ずつ落としていく。
時には13、7ミリでエンジンを、新しくつけてもらった20ミリ機銃で両翼をたたき折る。
被弾どころか背後を取らせることすらない。
左右に操縦桿を倒しフットレバーを踏込み、奇妙な軌道をたどり敵機の裏上、側面に回り込む。
「これなら余裕そうだな」
そう俺がこぼした瞬間、舌打ちと同時に『隼』が大きく回転して上昇する。
「どうした?」
俺が聞くと、操縦桿を荒々しく動かしながら答える。
「『スピット』がいやがる」
私は『ju88a』を模して作った、双発爆撃機『Ⅴ11ヴァーユ』をいなしながら、『隼』の様子を見ていた。
『Ⅴ11』は一機が大きいため強敵のように見えるが、東京を空襲したかの有名な『B29スーパーフォートレス』や、空母からの発艦で有名な『B25ミッチェル』程の強さは無い。
ただ爆弾搭載量は多いので、基地まで連れて行くわけにはいかない。
「さすが陸の撃墜王、動きが違う」
零は話す。
海上の酒井、陸上の加藤と呼ばれる二人が乗っていた『隼』と『零戦』、機体も双璧を成すかのように瓜二つだ。
「こっちも仕事しないとね」
私はフットレバーを踏込み、右上昇をかけながら『Ⅴ11』の左エンジンめがけて13、7ミリをぶつけてみるが、やはり火は噴かない。
「やっぱり爆撃機相手に、上昇13、7ミリは通用しないか」
上昇しながら機銃を撃つと、弾丸にGがかかり威力が半減する、貫通力が弱いわけではないが、13、7ミリ機銃では撃ち抜けない。
「急降下で30ミリをお見舞いするか」
私はつぶやき、機首を下に向け機銃のスイッチを機関砲に切り替え、光学サイトに右エンジンをとらえる。
「吹っ飛べ!」
ダダダと鈍い連射音を響かせながら、太く赤い火筒が爆撃機の羽に突き刺さる。
エンジンが火を噴いたところを見て射撃を止め、機体を翻す。
敵から離れる際爆発音が聞こえたので確認してみると、右翼の先がへし折れ右エンジンから火を噴きだしていた。
大量の爆弾を抱えて重くなっている爆撃機は、右の動力と浮力を失ったため急激に高度を下げる。
「こちら『B17』、敵残存機17機、対空ロケット弾打ち込んでいいよね?」
空から連絡が入る。
私は爆撃機の周りを飛び回る『零戦』を引かせ、自身も後ろに下がる。
「おーけー空、やっておいで」
「りょーかい」
やる気のない返事が返り、上空から『B17』が現れる。
『B17』の上昇限度は11400mと、大戦中の爆撃機のなかではかなりの高高度を飛ぶことができる。
「さてさて、倉庫の片隅から引っ張り出した『B17』その実力はいかに⁉」
無線機からは、そんな、空の楽しそうな声が入ってきた。
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