第五三話 しばしの休暇を

 

 私は少しウキウキしながら操縦桿を思いっきり前に倒し、機体を降下させる。

 

 この機体、『B17』を貰ったはいいものの、戦略爆撃機のため使いどころが見つからず倉庫にずっとしまってあったらしい。

 それを私が指示して、無誘導対空ロケット弾20発を爆弾槽に積んで、離陸させてもらったのだ。


「うおお! 中尉! 無茶な運転しないでください! これ一様戦略爆撃機ですからね⁉ あ、前方1100mに敵爆撃機です」


 私の隣にいる副操縦士が、航空機レーダーを眺めながら叫び声を上げる。

 何気にこの降下に耐えられてるじゃん、さすが吹雪直属の部下だね。


「防護機銃組、生きてる?」

「こんなんで死んでたら、整備長のルーティーンに付き合ってられないっすよ」


 さぞ厳しいルーティーンを……まだ部下というか、自分の部隊を持って三日しかたってないはずなんだけどなぁ。


「敵との距離800!」


 そんなことを考えていると、『零戦』はすでに低空へ避難しており視界に移らない、そんでもって対空ロケットの射程圏に入った、つまり。


「狩りの時間だね!」


 私がそう叫ぶと副操縦主はレーダーを見ながら姿勢を戻し、各機銃座の乗員は機銃の安全装置を外し射撃体勢に入る。


「距離、500で知らせ、爆撃担当、ロケット信管を390に調節」

「了解、現在距離750から始めます」

「了解、信管390に調整します」


 800から撃っても当たるが、もっと近づいて命中率を上げる。


 ちなみに、現在積んでいる無誘導対空ロケット弾は、6Ⅿ44ロケット弾って言う米軍が作った安上がりの無誘導ロケット弾らしい、航空機編隊の中に打ち込んで、三式弾の要領で敵機を撃墜するロケット弾だ。


「距離700……650……600……550」


 敵機の機銃攻撃が強さを増していくにつれ、機体の側面を叩く音が増えていく、しかしそこはさすがの装甲、びくともしない。


「距離500!」


 私はその一声で指示を飛ばす。


「ロケット、射撃ロック解除! 爆弾槽開け!」

「解除完了! 爆弾槽開きます!」


 その声で、副操縦主がガチャンとロックを解除する。


「爆撃主、ロケット発射準備!」

「発射準備完了! いつでもいけます!」


 威勢のいい声が聞こえ、私は口角を上げながら機体の正面方向に、爆撃機の編隊右翼に向ける。

 向け終えるとほぼ同時に、副操縦主から声が上がった。


「距離400!」

「ロケット発射!」

「発射!」


 私は、爆撃機が信管の作動距離に入った瞬間、ミサイルを撃ち出すよう下令する。

 発射している間、私は少しずつ左方向に機首をずらし、編隊にまんべんなく撃ち込む。

 爆弾槽からロッケトが敵爆撃編隊に向かっていき爆発、拡散する。

 拡散したのち、火の粉と鉄粉をまき散らす。

 その鉄粉や火の粉を受けた機体はエンジンから火を噴きだしたり、翼を傷つけられ高度を下げていった。




「さて、『隼』は……」


 私は、『B17』の爆撃機殲滅を片目で見ながら機体を反転させ、『隼』を見下ろす形をとる。


「おっと『スピットファイヤ』がいたのね」


 『隼』が苦手とする『スピットファイヤ』に追われていた、しかしさすがの身のこなしで、照準にとらえられていないみたい。


「『隼』を援護してもいい?」


 零に聞いてみた。

 この二人は仲が悪いわけではないみたいだけど、意地を張りあっているのか慣れ合おうとしない。


「必要ないと思うよ」


 もう一度窓から見下ろすと、『隼』と『スピットファイヤ』の位置が逆転していた。


「いつの間に……」

「あれが、私にはなくて『隼』にはできる技術、酒井は木葉機動って呼んでた」

「木葉機動?」




 吹雪が答えてほしそうだったので、私は答えてあげるついでに実践てみることにした。

 操縦桿を280度に倒し、フットレバー右3度、左を20度に踏み込み、誉エンジンの質力をやや上げる。


「おっと」


 吹雪がよろめくが、気にせず操縦桿を70度方向に引き戻す。


「ッ!」


 吹雪が驚き、目を見開く。


「凄い!」


 吹雪が操縦桿を握り、水平に機体を戻す。


「機体にかかるGを上手く利用し、ほとんど機体の位置を動かさずに敵の射線から外れ敵を追いこさせることができる、軽量な日本機だからこそできるマニューバだよ」


 木葉機動は左下方に急降下の形を取りつつ、Gを逆手にとって尾翼を動かし、機体を右上方に浮き上がらせる。

 そのままだと右上方に流れてしまうので、機体を左に回し上昇を抑え、元の位置に戻る。


「まあ、私と隼は設計がちょっと違うから、動きは少し変わるんだけどね……それに、この機動を『零戦』でやりすぎると支柱に負担がかかりすぎて羽が折れるから気を付けてね」


 私は苦笑いし、そう吹雪に告げる。


「そんな機動して大丈夫だったの⁉」

「あっはは、一回ぐらいじゃ大丈夫だよ…………ほんっと、これだからアルミの棺桶とか言われるんだよ」


 私はそう小さく愚痴を零す、その愚痴は吹雪にも聞こえていたのか、少し吹雪は、悲しそうな顔をした。





「久しぶりにこの動きをしたな」


 俺は操縦桿を感覚で動かしながら、『スピットファイヤ』の動きを追う。


「今のが木葉機動か……」


 有馬が、ぼそりと呟く。


「零がお前に話したのか知らんが、その名は酒井が付けたものだ」


 俺はそう訂正を入れ、『スピットファイヤ』の左翼に機銃を叩き込む。


「手ごたえのないこった」


 俺がやりあっていた英のやつらは、こんなにやわじゃなかった。


「……帰るか」


 俺が身を翻すと上で零たちが引き返す。

 さらにその上では、『B17』が無誘導ロケットを発射していた。


 まさか、散々忌み嫌ってきたあいつが、味方として空を飛ぶ時があるとは。


「なぜ零と仲良くなろうと思わない?何に対しての対抗意識だ?」


 有馬は俺に聞く。

 くだらない質問だ、飛行機乗りならだれもが口を揃えて言うだろう。


「別に『零戦』が嫌いなわけじゃない、酒井が気に入らないんだ」

「じゃあなぜ酒井さんが気に入らないんだ?」


 続けて有馬が聞くので答えてやる。


「そんなの決まってるだろ、あいつは生きたから、戦争を生き抜いたからだよ」


 俺は基地を爆撃したイギリス爆撃機『ブレニム』を迎撃するために飛び出し、撃墜された。

 『ブレニム』を墜とすことはできたが、回転銃座によって頭を貫かれ海へと沈んだ。

 だがあいつはちがう、あいつはガタルカナル島まで往復2200キロを飛び切り、頭に一発もらい機体から煙をなびかせながらもラバウルの基地に帰還した。


「そうか……」


 そう有馬は言葉をこぼし車輪を出す、もう俺は操縦していない、こいつの操縦もまんざらでもない、良い腕だ。


「まあまあだな」


 そう有馬に告げてから体を動かす。

 『隼』から目線が逸れ人としての体に戻る。


 不思議な感覚だ……加藤としての記憶を持ちながら『隼』としての記憶も残っている、多重人格とはこうゆうものなのだろうか?


「……あいつ」


 向かいに着陸した『零戦』は、整備員に押されながら格納庫へと入っていく、しかし俺は見逃さなった。


「あいつ、羽の角度がおかしいな……」


 ……木葉機動でもしたのか? バカなやつめ……もっと自分の機体を大事にしろ。


「おい、有馬」

「ん?」

「『零戦』、羽をよく見るように吹雪とやらに言っておけ」

 

 俺は有馬にそれだけ残して再び機体に移り、倉庫へと機体を動かした。





 俺は迎撃の一件が終わり、一息つくために売店で軽食を買ってきた。

 この航空機基地には、整備員や搭乗員たちがさまざまなものを買うために小さいが売店がある。


「案外基地の売店って、値段高いんだな……」


 そんなことを思いながらサンドウィッチを口に運ぶ、目の先には『隼』たちと入れ違いで出てきた哨戒機。


「『P3―Ⅿ』と……ありゃ『ホーク』だな」


 『P3―Ⅿ』は先ほど返ってきた双発四人乗りの偵察機だ。

 防御機銃などは無い至って普通の航空機だが、それなりの通信機器と写真機をつけているため量産しやすい中距離偵察機として、軍、自衛隊が運用している。


 そして『十三式哨戒機』通称『ホーク』、『T5』から派生したレシプロ戦闘機。

 機首に20ミリバルカン砲、羽下に空対空ミサイルを備えた哨戒戦闘機で、性能はまあまあ。

 通常の戦闘機程器用な戦闘はできないが、哨戒機の護衛目的で量産された機体だ。

 おそらく、さっき『P3―Ⅿ』が攻撃されたことを踏まえて、哨戒機の護衛に出すのだろう。


「ちょっといいかな」


 そう言って、俺の隣に腰掛ける中年の男性、胸には空自のバッチが付いている。


「あなたは?」


 その人は、俺のサンドウィッチをつかみ名乗った。


「俺の名前は張本筈木、航空自衛隊第四ヘリ大隊隊長、少佐だ」


 空自の指令……。


「もしかして、海で哨戒していた部隊の指令ですか?」


 俺たちが横須賀に帰っている時、静岡を超えたあたりで哨戒ヘリの団体と遭遇した。

 その時、俺たちの船の横にピタリと着き、中をじろじろと見られたからこちらもヘリの中を確認できた、確かこの人は……。


「そうだ、『バッファロー』に乗っていたのが俺だ」


 『SH60Jシーホーク』三機と、陸自の戦闘ヘリ『AH―1コブラ』の後継機である『AH―2バッファロー』一機で組まれた哨戒部隊だったな。

 現在ヘリはすべて空自管轄になっているが、一様派閥みたいなものがあるにはある、まあぶっちゃけヘリ大隊は数少なくイレギュラーな存在なので、細かいしきりはない。


「それで、要件は何でしょう?」


 俺が聞くと、張本さんは俺に書類を渡して。


「休戦だ」


 そう一言言った。

 俺は渡された書類に目を通す。


「ハワイ作戦、亜細亜作戦、イギリスの内戦状態を踏まえ、一時的に全作戦を中断し一月十日にイギリスの援軍に向かう、それまでは戦力の温存、補充に努めるか……」


 俺は二枚目の紙を開き、休戦中の予定を確認する。


「……残存兵器、銃器の確認に模擬海戦、それと……Y計画とナンバーゼロを完成?」


 俺が張本さんに目線を向けると。


「俺も知らん」


 そう言って、張本さんは肩をすくめる。

 あんたがこの資料持ってきたんだろ?


「俺は、それをお前に渡せとしか言われてないから、詳しい内容は知らんよ」


 そう言い切った後、張本さんはサンドウィッチを口に放り込み、飲み込んだ。


「じゃあな、若い指揮官」


 そう言って張本さんは去って行った。

 しばらく俺はその背中を見守り、誰も居なくなったのを確認すると大声で叫んだ。


「いやったああああああああ! 休暇だああああああああああああ!」


 俺は久しぶりの休みに、心を躍らせながら走り出した。


 これから約三か月の休みに入るが、仕事がなくなるわけではない、整備に訓練、演習に外交、やることはいっぱいだ、それに、皆との約束も果たさなければ……。


「まあ、戦争しないだけ楽でいいな」

 

 俺はそんな風に考え、久しぶりに長く日本に入れることを喜んでいた。


「小説の新刊出てるかなぁ、それに、久しぶりにゲームしたいなあ」


 そんなことを呟いていた俺は、まだ自分が18才である事を思い出していた。



―――第二幕、完


               戦争は、人を狂わす。

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