第五〇話 清原整備長


現在、9月14日、09時13分。


 俺たちは宿舎にて特に何もするわけでは無く、ぽけーっと青空を眺めていた。


「空、そういえばKarはどうした」


 そう言えば本土に着いてから、いつも空が持ち歩いていた、愛銃を見ていない。


「自衛隊の武器課に持っていかれた……」


 あぁなるほど、定期メンテ&チェックされてるのか。

 たとえ自前の銃でも、定期的に自衛隊の武器課に持っていき、変な改造がされていないか等々のチェックを行う。

 まあ、そんなことで引っかかるやつは、空ぐらいなのだが……。


「有馬、航大のことどう報告したの?」


 空は、フェンスに寄りかかって聞いてくる。


「何も特別な事は言ってないさ、上からしたら、たった一人優秀な兵が死んだだけだ」


 今は無い指揮官帽の唾を握る。


「それ、癖になってるね」


 空は軽く笑い、俺の頭に手を伸ばし撫でてくる。


「いつでも頼っていいよ、有馬が一番悲しんでるのはみんな知ってるから」


 空はそう言うと、すっと離れる。

 ジャストで、「中佐、整備長がお呼びです」と一人の兵が俺に伝令書を渡し去っていく。


「何が書いてあるの?」


 空は、俺の横から伝令書を覗く。


「これは……」


 俺はため息をつく。

 空も納得したかのようにうなずく。


「えっと、とりあえず航空基地行こうか」


 その伝令書には、主に二つ驚くことが書いてあった。


 まず一つ。


「あいつ、いつの間に整備長になった?」


 俺が、宿舎の階段を下りながら、空に聞く。


「『まつ』の中で電報が来てね、なんか艦長が吹雪の腕を見込んで、兵器整備、開発、修復の権限を持たせたくて任せてたよ、そんでそれに合わせて大尉まで進級だって」


 俺が医務室で寝込んでいる間にそんなことがあったのか……ていうか艦長は、吹雪の技術力を知っていたのか?


まあ、まだこっちは納得できるんだが……。


 問題なのは二つ目だ。


「なぜ『零戦七二型』が作れた……」


 『零戦七二型』、それは幻の『零戦』と言われ、作られることどころか設計図を書かれることすらなかった機体だ。

 

 この型は『零戦一一型』や『二一型』『三三型』『五二型』『六四型』などと違って、三菱の社員たちの間で口頭でのみ伝えられていた、『零戦』最後の姿。


 まさか名前だけで、性能は完全にオリジナルか?


「その辺は、私より有馬のが詳しいでしょ」


 空はそう言って、同封されていた設計図を眺める、しかし何度も首を捻り、うーんと唸って封筒に戻した、理解はできなかったようだ。


「やっぱり私は、整備課にはなれないなぁ……」


 そんな空を横目に見ながら宿舎を出る、ここから基地まで歩いて三十分ほどだ。


 途中、俺は隣を歩く小柄な少女を見やる。

 スカイブルーの腰まで延びる髪、戦闘中はポニテのように結んでいるが、今は縛っていない。

 日頃きちんと手入れしているのか、戦場に居るのが分からないほど綺麗な色をしている。


「どうしたの? 私の髪をじっと見ちゃって」


 空は顔を上げて聞く、無邪気な笑顔で。


「いや……あの時助けてくれてありがとな」


 俺はロッケト車輌を壊し帰る途中、戦車の機銃弾を受けて瀕死に追い込まれた、空が来てくれなかったら、捕まるどころか死んでいた。


「何をいまさら、上官であり、私の生きる理由を助けるのは当たり前でしょ」


 ……生きる理由か……。


「だからさ……もう私みたいに無茶なことはしないで、私は多少危ないことでも、死地へ行く任務だってできる、でも有馬は私と違う」


 空は言う、少し怒ったような切ないような、感情が読み取りにくい声で。


「……分かったよ……」


 そう言って、俺たちは基地へ向かった。




「随分でかいなぁ」


 俺はたどり着いた航空基地の前に立って、ぐるりと基地を見渡す。


「この基地は日本の中心になる航空基地だからね、でかくても誰も文句言わないよ」


 俺たちはそんな会話をしながら、基地入口へと向かう。


「まて、ここから先は航空基地になる、許可がない場合……」


 そう門に立つ警部の人が言い切る前に、俺と空の襟章を確認して、言葉を改める。


「これは失礼しました中佐、ご用件をお伺いしても?」


 俺は受け取った手紙を見せる、そうすると。


「ご用件承りました、どうぞお通りください」


 そう言って通してくれた。




 基地には滑走路が二本、大型機やジェット機が離陸できる距離がある。

 それよりも目立つのは、大きな倉庫が大量に並んでいることだ。


「あ、有馬さんですね」


 そう言って、こちらに向かってくる一人の整備員がいた。

 顔は……見たことないな。


「私、清原整備長をリーダーとした、本部整備課の稲荷寛太と言います」


 そう言って敬礼する。

 俺と空は、思わずそれに吹き出した。


「清原整備長だって……ぷっふっ!」

「あの吹雪が、清原呼びされてるのか……」


 いつも俺たちは吹雪と呼んでいるから、清原と呼ばれる吹雪は珍しい。


「えっと、何かおかしかったでしょうか?」


 そう稲荷整備員は困惑する。


「いやなんでもない、ふぶ……清原整備長のところに連れて行ってくれ、くっくッ」


 ダメだしばらく耐えられそうにない。

 なお不思議そうな顔をしながら、稲荷整備員は俺たちを第一倉庫と書かれた建物に連れて行った。


「ほえーすっごい」


 そう空は言葉を零す。


 ここは、本部航空基地と、零航戦の立場にあり、日本航空戦力の重要拠点だ。

 

 現在日本本土は、基地や港への空襲を受けたことはあっても市街地への空襲は許していない、世界のどこを見ても、市街地、一般人に被害が出ていない国は日本だけだ。

 だがもちろん空襲訓練は行っているし空襲の保険はある。

 しかし海外と違い、日本は自衛隊を軍とせず、個別で少数用意したおかげで、元からいた自衛隊は、防衛を疎かにしてまで攻撃的な作戦を行う必要がなくなり、防衛に全力を注いでいる。

 

 その代わり、日本中の成人以上の男女問わず募集、見込みがある人の推薦で軍は作成されていった。

 しかしそれでも人員は数少なく、困った政府はそのほとんどの人を戦闘部隊に回し、整備課や衛生兵、後衛でほとんど戦うことのない部隊に学生を採用することにした、それが吹雪と航大だ。

 さらに言うと圭もだが、圭は少し例外だ、圭は親が医者で、年にしては天才的な医療技術と知識を持っていたから、特例で入ったのだ。


 で、一番例外なのが俺だ、俺はもともと普通科高校生で整備課にも衛生兵にも呼ばれることはなかったが、俺の受験志望が防衛大で、中学校の職業体験で自衛隊に行っていたことから、軍の士官養成に行かないかと誘われた。

 俺は断る理由がないので、そのまま軍の士官養成の施設に入り今こうしている。


 後々知ったが、軍に生徒を入れると、その学校は国から資金が支給されるらしい、まあ今となってはどうでもいいが。


 結局の所、日本は防衛専門と攻撃専門で分かれているから本土への影響は少なく、ここは防空戦力の中心であり、他防空基地の親的な存在なのだ。


「お、来たね」


 そう言いながら吹雪が出てきて手招き、どうやら座れとのことらしい。


 いつもの整備服を来て短い髪を後ろで縛り、目にはもうトレードマークになりつつある眼帯が付いている。


 目に食らってなぜ生きていたのか尋ねたところ、どうやら左耳の前の方に弾が侵入し骨をえぐりながら跳弾、左目を貫いたらしい。

 脳に損傷はなかったのだと本人は胸を張って言っていた、敵の機銃弾が7,7ミリじゃなかったら危なかったと言っていたが……7,7ミリでも十分死ぬと思うぞ?


「呼ばれたからな、で、説明をいただきたいのですが、清原整備長?」


 俺はそう皮肉を込めて吹雪に言う、一方空は。


「へーこんなことやってるんだ……」

「ちょっ、雨衣中尉どの! 危ないですよ!」


 そう向こうで航空機の整備を見ていた、まあ今はほっとくか。


「えっと、『隼』の改造と『七二型』製造の許可をいただきたく、有馬戦線司令長官及びWS管理者をお招きいたしました」

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