第三一話 船旅開始
進むこと6時間後、現在、8月29日15時00分。
「豊後水道……抜けたぞ」
三浦長官は地図と羅針盤を交互に見て言う、俺はその言葉を聞いて指示を出す。
「陣形変更、第三警戒序列!」
第三警戒序列は、対空戦を想定した艦隊陣形のことだ。
俺の指示で、今頃電報と発光信号、おまけに手旗信号で陣形の変更を伝えている、それが伝わり、陣形を変えることを始める合図として、各艦が汽笛を鳴らす。
「さて、これから五日間の船旅か……」
俺は海図を見ながらぼやく、特に何もないと良いんだけどな。
「『桜花』が届くのは四日後、水上機に必要なものを乗せて届けてくれるとのことだ」
艦長がそう言う。
結局『桜花』は、正式に海軍で引き取ることになり、水上機で『大和』に運んでもらう。
その後、大和の航空格納庫内で戦闘機に改装する予定だ。
その改装を吹雪にお願いするために、機関室に向かった。
機関室に入って吹雪を呼ぶと、一人の兵が機械の下に入っている荷車を引っ張り出す、そこには吹雪が寝転がっていた。
「お前、何してんの?」
「パイプを見てたの……要件は? わざわざここまで来るんだから、なんか私用でしょ?」
そう言って吹雪は荷車から降り、立ち上がる。
「『桜花』の改装をお願いしたい」
そう言って俺は、詳細を説明する。
「ほう、改装ねぇ」
「そうだ、お前航空機の整備は得意だろ」
吹雪は『大和』の機関班のため、艦が動いている時は、大抵機関室に来れば居る。
「う~ん、まあいいけど、具体的にはどこをどう改装するの?」
吹雪は腰に巻いてある、道具が入ったベルトを外し、壁に寄りかかる。
「しっかり飛行ができるようにして、最高速度はマッハ2ぐらい、正面40ミリ砲一門、機首20ミリ機銃二丁で頼む」
その一言で吹雪は顔を覆う。
「40ミリ砲って……本気で言ってんの?」
覆った手をどかさずに、吹雪は言う。
「ま、お前ならできるさ」
俺はそう言って、吹雪の肩をポンポンと叩く。
「投げやり過ぎない?」
そんな吹雪の言葉をスルーして、俺は機関室を後にした.
ここに長居はしていられない、俺の職場はあくまでも艦橋だからな。
「艦長、ただいま戻りました」
俺はそう言って艦橋に入る。
こちらをちらりと艦長は見た後頷き、また前を見る、俺はその動作を確認して、自分の立ち位置に戻る。
そうすると、凌空長官はぽつりとこぼした。
「なあ、どうも嫌な予感がするのだが、君はどうかね?」
俺はその言葉に首をひねり、問い返す。
「嫌な予感って何ですか?」
「誰かに狙われているような、付きまとわれているような……」
その凌空長官の考えは見事に、最悪な形で命中した。
「緊急伝です! 九州の防空レーダーに、小型レシプロ機とみられる編隊と、ジェット機と思われる機体がこちらに向かってきています! 接敵まであと二十分!」
「何⁉ ジェット機だと⁉」
艦長はそう聞き返す。
「はい、速度をかなり落としてレシプロ機に随伴中、動き方や音からして、ジェット戦闘機だと思われる、とのことです」
その報告を聞くと、今度は『大和』の『二式二号電波探信儀一型』通称『21号電探』から報告が上がる。
「『大和』左方向より、エンジン音から判別、小型レシプロ機五十機、ジェット機四機!」
こっちの電探でもキャッチしたか、にしても数が多い、機動部隊が侵入してきたのか?
「追加伝令です!」
再び報告が上がる、今度はなんだ?
「敵空母を発見、南大東島付近を航行中で、近場で哨戒中だった、小型護衛艦『もがみ』、汎用護衛艦『ゆら』が撃沈に向かったと」
さすがに遠い、こちらから攻撃を仕掛けにはいかない方が良いだろう、それに二隻の護衛艦が行ったのだ、問題はない。
小型護衛艦『もがみ型』、一番艦『もがみ』は、2020年に就役した新鋭の小型護衛艦で、量産に優れたステルス能力の高い艦だ。
そして、それに寄り添う汎用護衛艦『きぬ型』、二番艦『ゆら』は、護衛艦というには小さい、コルベットのような艦だが、ステルス性を皆無にし、武装と電探をガン積みした、2029年から就役を始めた新鋭艦だ。
「それと、たった今鹿児島の国分基地から、新型のジェット機が二機、飛び立ったとのこと」
新型のジェット機?
航空自衛隊の現在の主力は、三十年前から使うものに改修を重ねた『F15J―ⅭⅩイーグル』と、ここ数年で完全に日本全国に配備し終わった『F35BライトニングⅡ』ステルス戦闘機。
それらの主力二機と、2033年から配備が始まった『F3支援戦闘機心神』がいる。
新たな新型機が開発されていたのは噂程度には知っていたが、一体どうゆうものなのかは見当もつかない……。
と、今はそんなことを考えている暇はない。
「通信!」
「はい!」
俺が呼ぶと、電信課の兵は敬礼してこちらをむく。
「全艦対空配置、駆逐艦は輸送船に近寄れ、『赤城』は速やかに直掩機に燃料を補給、十五分で出せるだけ戦闘機を発艦せよ、十五分だ」
俺が電信の兵に指示を伝え、艦内に対空配置と三式弾装填を指示する。
「対空配置着きました!」
連絡管から声が聞こえる。
艦橋から下を覗くと、高角砲を45度に上げて敵機に備え、機銃群の周りに、蓋の開いた弾薬箱が並べられている。
本来は、俺もあそこにいるはずだった……。
少し複雑な感情だ、甲板よりは安全な場所で指揮を執れるという安心感も感じつつ、現場で戦うことのできない歯がゆい感覚があった。
「対空配置完了、いつでも撃てるよ」
そう大和の声が聞こえると、俺の隣が一瞬光り、姿が現れる。
「大和か……敵機の様子はどうだ?」
凌空長官が聞く。
その言葉に大和は「えーとね」と自身の耳を触り、答える。
「しっかりこっちに向かって来てる、接敵まであと五分ってとこかな」
あと五分……対空配置は完了し、三式弾の装填も終わっている、『赤城』の甲板上にはもう戦闘機はいない、「十五分以内に出せるだけ」を守ってくれたようだ。
「『赤城』より通信!」
その声に、長官たちは振り返り、俺は双眼鏡で空を見つめる。
「我ノ航空隊、敵航空編隊ト交戦ヲ開始スル、敵『G型戦闘機』五機『N型艦爆』二十機、ソレヨリ少シ後方二『G型攻撃機』二十五機、ジェット機ノ姿ハ見エズ」
『G型』『N型』とは敵機の仮名であり、比較的よく見るのを『N型』、それより速度が速いものを『S型』、硬いものを『G型』、機銃などの火力が高いものを『A型』、危険武装をしているものを『Z型』、初めて見る機体を『Ⅹ型』と呼ぶ。
それ以外の高性能な物には、名前が付いている。
今回襲ってくるのは、通常よりも硬い『G型艦戦』と『G型艦攻』、そしてよく見る『N型艦爆』だ。
「敵機視認! ジェット四機!」
甲板から連絡管を通して声が聞こえる、来たか。
「電探に反応あり! 右舷後方より味方機!」
こっちも来たか、俺は双眼鏡で右の空を見つめる。
「味方機目視、機種……見たことない機体です……どことなく『F3』に似ていますが……」
俺はそう長官方に伝えると、凌空長官がにやりと笑う。
「なるほど、あいつか……仕事が早いこった」
そう勝手に納得しているが、俺にはさっぱりだ。
「ジェット機、戦闘に入りました!」
そう報告が聞こえる。
俺は階段を上がり、防空指揮所に大和と上がる。
「あれが新型機か……」
『F15イーグル』の姿によく似ている『N型ジェット』と交戦する小柄な戦闘機、ぱっと見は『F3』に似ているが、羽の形や機首の形、垂直尾翼の角度、全体的な大きさが異なる。
さらに言うと新型機は、対空ミサイルを積んでいないように見える。
通常、現在の空戦のほとんどが、空対空ミサイルでの攻撃が主流だ、だが新型機は敵に不可思議な機動で接近し、ドッグファイトに持ち込んだ。
その後は、敵の背後を器用にとり、細い火筒を撃ちこむ。
それが敵機に刺さると、今度はやや弾速が遅い、太い火筒を撃ちだしていく。
バルカン砲とは少し違う機銃、まさに『零戦』の7、7ミリと20ミリのように見えた。
「すごい、もう一機落とした……」
大和がぼそりと呟く。
敵は四機、たいして味方は二機、数的には圧倒的に不利なのに、さっきから奇妙な機動を取り、敵機に攻撃を許さない、その動きはまるで……。
「「『零戦』みたい……」」
同時に俺たちは言葉を零す、圧倒的な機動力で敵機の背後を取り、両翼から発射される太い火筒で敵機を空中で砕く、その戦い方はまごうことなき、現代の『零戦』だった……。
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