第二九話 死の桜
俺は吹雪との話が終った後も、屋上にて星を眺めていた。
気持ちがいい夜風が俺の頬を撫でる。
「で、いつまでそこに隠れているつもりなんだい?」
吹雪と話している時、急に背後に現れた気配、その正体を探るべく俺はそう声をかけた。
「気づいて、いたんですね」
幼い声。
俺はその声に振り返る。
そこには、8歳ぐらいの小さな少女、桜の花びらが刺繍されたまっさらな振袖と桜色の袴を纏う少女が立っていた。
「WS……だな」
俺はそう小さな少女に向けて零す。
さすがにこんな幼い少女が軍に居るわけがない、考えられるのはWSの魂であるという事。
「はい、私は桜花、『特殊攻撃機桜花一一型』の魂です」
「『桜花』、だと……?」
『特殊攻撃機桜花一一型』、それは日本が大戦末期に生んだ有人ロケット特攻機。
人の命を燃料にした、死の桜だ。
「なぜ特攻機が、と、有馬さんは考えているのだと思います」
桜花が、おもむろにそう語り出す。
「私が復元された理由は、『零戦』などのように無人機として空戦をさせる為ではなく、無人の誘導爆弾としてです」
俺は、その一言に息を飲む。
AIドローンによる自爆特攻、それをWSにもやらせようと言うのか?
「ふざけるな……」
「え?」
俺の一言が予想外だったのか、桜花は不思議そうな顔でこちらを見上げる。
「ふざけるな、WSは過去の人間の記憶をかたどってできている、言わば日本軍人の英霊だぞ……その魂を、再び特攻の運命に縛り付ける? 冗談じゃない」
その言葉に、桜花は乾いた笑い声を上げる。
「何を言っているんですか? 今の私は、人を乗せなくとも特攻ができます、安価でできる対艦ミサイルと考えれば、私の利用価値は高いと思うのですが?」
その一言に、俺は背筋が凍るのを感じた。
「もし特攻したら君はどうなるんだ? キューブが壊れてしまったら人格は崩壊してしまうんだろ?」
桜花は、首を縦に振る。
「はい、まずは私自身が特攻し、キューブごと敵艦を吹き飛ばします。その後、オリジナルのキューブのデータを他の『桜花』のレプリカキューブにコピーし、敵艦の弾幕射撃を解析、より命中精度の上がった『桜花』が再び敵艦に特攻する。このサイクルが、私のキューブには仕組まれています」
人格が消えることを何とも思わない、自身が兵器の一部であるという認識が他の兵器よりも強い、これも全て、『桜花』搭乗員の心の内のせいか……。
「君は、それで本当にいいのか?」
「良い悪いではありません、之が私の生まれた意義、死すべき理由、与えられた役割ですから、それを全うするだけです」
その無機質な言葉が俺の心を動かした。
これは単なる俺のわがまま、身勝手で非効率なことかもしれない、それでも俺は、人格のある兵器が……人の魂を継ぐ英霊が、自ら死にに行くところを見たくない。
「WS管理者の権限をもって、君に命令を下す」
俺は、桜花の目を真っすぐ見ながら言う。
「『桜花』の特攻を禁じる」
桜花はそんな俺の言葉を聞いて、小さく笑う。
「そんなこと出来るわけ無いじゃないですか、そもそも私は特攻機ですよ? 機銃も無ければ、爆弾も機首にしか抱えることができない、そんな機体が特攻以外の道なんて―――」
「ある、今の技術を使えば、君をロケット特攻機ではなく、ロケット戦闘機に変えることぐらい簡単だ……身勝手なことかもしれないが俺は、君を特攻の運命、役職から引き釣り上げる」
そう俺が言い切ると、桜花は目を見開いて俺の瞳を見つめた。
その後、大きく息を吐き、再び小さく笑った。
「貴方のその目なら、信じていいのかもしれませんね……」
その小さな呟きを最後に、桜花の姿は消えていた。
「……何が、信じていいかも、だ……」
俺は、桜花のその態度に不満を抱きながら、屋上の柵に蹴りを入れていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます