第二八話 兵士たちの息抜き


 俺たちが作戦会議をしている間に宴会の準備が進められていて、17時から作戦成功と次の作戦の成功を願って、宿舎では宴会が開かれていた。

 一番奥はおっさんたちが酒とたばこで語り合い、中間に、若い層だが酒を飲んでいる、おそらく成人組なのだろう。


 そして、手前に俺たちと同年代ぐらいの酒を飲めない組が集結している。

 そんな中でも航大、吹雪は端の方の席を取り、黙々と宴会料理をほおばっていた。


「お、有馬が来たぞ~」


 航大が俺の姿を確認すると同年代組が集まるところに向かってそう呼びかける、その瞬間、数十名の年が近い兵たちが一斉にこちらを向く。

 うわ、嫌な予感。


「有馬! お前すげえな!」


 一人の男、なんか見たことある。


「えっと……水谷だよな?」

「おう! 初めてお前のことを見たときから思ってたけどやっぱお前すげーよ!」


 それしか言わねえな……。

 

 この人は、俺と同じクラスのところで勉強していた同期だ、他にも同期をはじめ、先輩後輩が数十名俺を取り囲む。


「有馬さん! 出世おめでとうございます!」


 後輩の子たちは、俺のことを称えてくれて。


「有馬、お前ってやつはどうして俺たちより早く! 出世するんだ!」


 先輩や同期は俺を妬みながらも感心してくれている、正直こんなに注目されたのは、あの事件以来だがやはりなれない。


「有馬さん!」「有馬!」「有馬君!」


 少数だが女子もいるようだ。

 しかし、女子が俺の名を呼ぶたびに、後ろから鋭い視線を何度も感じる。

 怖いって……。


「まったく、偉くなるのも楽じゃないみたいだな、有馬長官殿?」


 俺が席に戻ると、航大はそう言って俺の前にコップを滑らせる。


「今の出来事の半分はお前のせいだ」


 航大から渡されたコップに、適当にその辺にあったジュースを注ぎ、飲み干す。


 そんな感じで一息ついていると、奥の方からよたよたとおぼつかない足どりで空が歩いてきた。


 手にはウォッカをもって。


 その年でウォッカなんて飲んだら、ほんとに頭パーになっちまうぞ?


「一体誰から貰って来たんだよそれ……」


 空は真っ赤になった顔とふやけた目でこちらを見る、俺の姿を認識すると。


「有馬も飲むう~?」


 と言いつつ、空は俺に倒れ掛かり、ウォッカのスチール缶を突き出す。

 俺は爺さんが酒飲みだったから、酒の臭いには慣れているが……なかなかきつい臭いだな……。


「飲むわけないだろ」


 俺は空を抱え座らせる。

 フラフラと体を揺らし、俺の膝の上に頭を倒した。


「寝る……」


 そこで空は、すうすうと寝息を立て始める。


「……有馬、空の事運んできてあげれば」

 

 吹雪は相変わらずパクパクと食べ物を口に放り込む。


「空の部屋ってどこだ?」

「「知らん」」


 航大と吹雪は同時に言う、いや俺も知らんよ。


「お前の部屋にでも寝かせといてやれよ、別に空なら嫌がらないしお前も大丈夫だろ」


それに付け加えて航大が言うと、再び箸をもって皿に残った料理を見つめる。


「俺も食べるからとっとけよ」


俺はそう航大と吹雪に言い残して、空を抱えた。


「かっる」


 こいつ、本当に元ロシア軍人かよ。


 そんなことを思いながら空を部屋に運んだ。

 結局空の部屋はどこだかわからないので、航大に言われた通り俺の部屋に入れる。

 昨日はみんなで雑魚寝したので布団を出さなかったが、さすがに酔っ払いを一人畳に寝かせるわけにはいかないので、奥に畳んであった布団に空を寝かせる。


「う~ん」


 空が目を覚まし、あたりを見渡す。


「うへへへ……お休み」


 空は俺の姿を見つけ、不思議な笑みを浮かべた後、再び寝た。


「……変な奴だなぁ……」


 俺は布団に寝転ぶ空の顔を見つめる。

 酔いでやや赤い顔、微笑む口元、安らかに閉じる瞳。


「……こうしてみると可愛いのにな」


 こんな少女が戦場で人を殺す戦争は、やはり狂っているのだろう、そんな戦争は早く終わった方がいい。

 そう俺は考え、宴会会場に戻った。


「あれ? 航大は?」


 戻ると、そこにはほぼ空になった皿と、吹雪だけが残っていた。


「あっちで麻雀やってるよ」


 指差す方を見ると、おっさんに紛れて、航大と調理室の班長、他二人のおっさんが盤を挟んで向き合っていた。

 班長の方が「ウーム」とうなりながら牌を捨てた瞬間、航大がにやりと笑い、牌を倒して「ロン」と言い放つ。

 そうすると周りが「また航大が上がったぞ!」「しかも……今回倍満じゃねえか……」とどよめく、どうやら航大は麻雀が上手らしい、俺はルールすら知らないが。


「いただきます」


 俺は航大の位置を確認したところで、やっと料理を口に運んだ。


「あ、そう言えば大和が探してたよ」

 

 吹雪が炭酸をコップに注ぎながら言う。


「大和が?」


 宴会料理を口に運びながら聞く。

 吹雪はコップに注いだ炭酸に、から揚げについていたレモンを絞る。


「そ、用事が終わったら港に来てだって」


 俺は、机に僅かに残っていた宴会料理をかき込み、席を立つ。


「分かった、行ってくる」

 

 吹雪に言われた通り、俺は港に向かおうとするが、吹雪が俺の肩を叩いた。


「ちょっとまって」


 俺は靴を履いたところで止まる。


「なんだよ?」

 

 吹雪は声を潜めて俺に耳打ちする。


「大和の件が終わったらでいいから、WSの航空機の資料をもって宿舎の屋上に来て」


 俺は静かにうなずき外に出た、でもなんで急に……。


「まあ考えてもしょうがないか」


 俺は吹雪の件を頭の片隅に置いて、大和の待つ港に向かった。




 現在、22時09分、空には月が浮かび、静かに海を照らしていた。




 港に着くと、海岸で海を見つめる大和を見つけた。


「あ、有馬」


 大和もこちらに気付き、駆け寄ってくる。


「大和、話ってなんだ?」


 俺が聞くと、大和はもじもじしながら口を開く。


「あのね、ちょっとお願いがあるんだけど……」

「お願い?」


 俺は聞き直すと、大和はうんとうなずく。


「航路の途中パプア軍港によるよね? その時連れて行ってほしいところがあるの」


 その言葉を聞き、少し考えていると、大和は後ろで手を組み下から俺の顔を覗き込む。


「ダメ?」


 あかん、この目は反則だ……断れないじゃないか……。

 「指揮官は大和に甘すぎる」長門の言葉が頭をよぎる、確かに俺は大和に少し甘いのかもしれないな。


「分かった、パプアに着いたら時間を作ろう」


 俺がそう言うと大和は、「やったあ!」と元気よく飛び跳ねる。


 そんな大和を見て俺は、思わず笑みがこぼれた。


「でも、一体どこに行きたいんだ?」


 これが分からなきゃどうしようもない、大和は寂しそうな表情を浮かべ、言った。


「……お父さんの死に場所だよ」


 俺はその言葉ですべてを理解した。


「なるほどな」


 連合艦隊司令長官山本五十六元帥、彼は戦地視察をするため数機の『零戦』を護衛につけて、『一式陸攻』で南方に向かった。

 だが、その情報をキャッチした米軍機に待ち伏せされ撃墜、死亡するという事件が起きた、これを海軍甲事件と言う。


「この理由なら長官たちも納得してくれるはずだ、あっちに着いたら連れて行ってやるよ」


 大和はうんとうなずく。

 表情はいつもの元気な顔に戻っていた。


「それじゃあ、俺は帰るけど、お前も早くドッグに戻れよ?」


 そう言って、俺が帰ろうと向きを変えると、大和が俺の裾を黙ったまま掴んだ。


「えっと……大和?」


 大和は何も言わず、ぎゅっと俺の浴衣の裾を掴み続ける。

 俺が大和の肩を叩くと。


「え⁉ あ、ごめん……」


 と言って、大和は俺の手を放す。


「一体どうしたんだ?」


 俺が聞いても大和は答えない、ずっと俯いているだけだ。


「……次は、次こそは言うから……もうちょっと、考えたい……」


 そう小さな声で言って、大和は消えていった。





 部屋に戻って、しばらく大和の言動のことを考えていたが、吹雪の用事を思い出し、航空機の資料が入っているファイルを取り出して屋上に足を運んだ。




 屋上にはすでに吹雪がおり、柵に寄りかかっていた。


「持ってきたぞ」


 俺は吹雪に資料を渡す。

 吹雪は無言で受け取り、ぱらぱらとめくる。


「……いた」


 吹雪の手が止まる、そのページには。


「『局地型戦闘機紫電』……これ、中国での作戦に持ってこれない?」


 何を急に言い出すかと思えば……。


「急にどうしてだ?」


 俺は吹雪から、資料を返してもらい『紫電』の詳細に目を通す。


「局地型戦闘機『紫電』、これは二一型か……翼内20ミリ機関砲四挺、最高速度644キロ、機首機銃をなくし、ガンポットを中に入れた、スピード特化にした『零戦』の後継機……」


 俺は一通り読み上げると、吹雪は俺に一枚の写真を渡す、その写真は古めかしいセピア色の写真で、ずっと持っているのか大分年季が入っている。


「これは……『紫電』?」


 その写真には、『紫電』に見える機体と一人の若者の姿が在った。


「そう、その機体は『紫電』、そしてその人が私のひいおじいちゃん、もともと航空機の整備課だったらしいよ」


 吹雪は、柵に寄りかかりながら海を見つめる。


「なるほど、吹雪の機械いじりは家族譲りだったのか」


 吹雪が工業高校出身で、トップクラスの成績を持っていることは知っていたが、吹雪の機械に対する技術力は異常だ。


「で、そのひいおじいちゃんの整備した機体に乗りたいと?」


 俺が聞くと、吹雪は頷く。


「そう、それに私は『零戦』のパイロットとして、もっと腕を磨かないといけない、だから陸でも、航空機に乗りたいの」

 

 吹雪は俺の目をまっすぐに見つめる、その目には、強い信念を感じた。


「分かった、連絡して願書は出す、ただ絶対に、とは言えないからそこだけは勘弁してくれ」


 俺はそう言って、吹雪の頼みを了承した。

 本来は『零戦』を陸に上げてやりたいが、『零戦』は現在重要拠点の防衛と空母の艦載機分しかなく、臨時の航空部隊を編成できるだけの余分な機体数がないのだ。


「ありがとう」




 そう言って吹雪は屋上から降りる階段に向かう、吹雪が階段を下り始める前に、急に振り返った。


「有馬」


 俺は、階段を降りる足を止める。


「なんだ?」


 吹雪は、声を潜めて俺に言う。


「空ときちんと向き合ってあげて」


 数秒俺は考えた後、吹雪に聞いた。


「どういうことだ?」


 吹雪は再び俺の方に近づき、そっと耳打ちする。


「あの子に、ポルシェイドを使わせないでね?」

 

 俺は目を見開く。

 まさか、空が吹雪にも話していたとは……やっぱり、同じ女性兵として、空は吹雪のことを信頼しているのだろうか。


「あの子はもっと優しくされるべきだと思うの……あの子は有馬に心を開いてる、もし有馬に歩み寄るなら、それを拒まないで」


 俺は吹雪が何を言っているのか分からず困惑する、俺に心を開く? 歩み寄る? 一体どういうことだ?


「約束だからね、じゃ」

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