第一六話 傷
バイクにまたがり、俺は来た道を戻った。
行きの時も思ったが、ここは道が比較的に平地だ、木がなければ空から丸見えで、空襲や砲撃の対象になった時、照準が付けやすそうだ……。
バイクなので、何十分とかけて歩いてきた道を数分で戻り、海岸にたどり着いた。
「待ってたにゃ、こっちにゃよ」
明石が俺の前に現れ、艦の倉庫に案内する。
現在零が、空母では修復不能だったため、明石に運んで修理するつもりだったらしいが……。
「零……」
倉庫に置かれた『零戦』は左羽の先端が折れ、尾翼がなかった。
ボディーにはいくつもの弾丸の跡が残っており、相当弾を食らったのが見て取れる。
「ちょっと派手にやられました」
姿を現し機体の近くに零は座り込む、人としての体はズタボロだった。
非常に言いにくいが、左腕の肘より先が存在せず、腰のあたりはえぐれていた、さらに言うなら服がズタズタに破れ、体の至るところに穴が開いてる、WSの魂は血を流さないが、人間だったら体中が真っ赤に染まるほどの傷だ。
「……治るのか?」
俺はそんな彼女の姿を見てそんな言葉を投げかけたが、衝撃的な答えが返ってきた。
「残念ながら私はここまでです」
零はそう言って機体のエンジン部の蓋を開ける、そこから小さく黄色く光るキューブを取り出し、それを大事に抱え俺に差し出した。
「これを、次の私に入れてあげてください」
俺はそれを受け取り零の姿を再び見ようと目線を上げるが、すでに人としての姿はなく、機体はクレーンにつるされていた。
「零はどうなるんだ」
俺が聞くと、明石は淡々と答える。
「海中廃棄にゃ、使えなくなった兵器は捨てられるのにゃ」
そう言って、零の機体は蒼い海に消えていく。
明石は奥の倉庫から新しい機体をクレーンで吊るし、今俺の立つ前に運んだ。
その機体はさっきの機体と何も変わらない深緑、『零戦五二型』の機体だった。
「あとキューブの入れ替えを行えるのは後にゃんかいか、それは明石にも分からないにゃ」
そう、航空機は消耗品なのだ、戦艦などと違って航空機は壊れやすい。
だから航空機のキューブは機体の変更が可能だ、日本機の場合は、二十回ほどなら機体変更に耐えられるようになっているらしいが、正直確証はないらしい。
だが、少なくともキューブが無事なうちは復活できる。
「……キューブって何なんだ、明石」
これがWSのメモリ―的な役割を果たすことは知っている、これが壊れればその機体は無人で動かせなくなることも知っている。
だが、俺はこのキューブの一番大事な部分を知らないのかもしれない、そう思ったのだ。
「キューブは兵器たちの記憶にゃ、乗った人、乗られた兵器が見て、聞いて、知って、感じて、考えて、行ったこと、全てを記憶したメモリーカードにゃ」
それ以外、明石は口を開くことはなかった。
俺は新しい零のエンジン部を開けキューブをはめ込む、そうするとキューブが点滅し、暖かい光を発する。
しばらくすると、先ほどと同じ声が俺の耳に届いた。
「数分ぶりですね、有馬さん」
何の問題もない、零の姿が現れた。
零は初めて会った時のような、屈託のない笑顔を見せる。
「君はそれでいいのか?」
俺は零に問う、そんな簡単に人間の事情で使い捨てられて、代わりを用意されて、ただ従うだけ、それでいいのか?
「何を言っているのかわからないですね」
零はさっきの笑顔から、薄く、細い、乾いた顔で言う。
その顔には、今まで見てきた歴史の重さ、体験してきた地獄の現実が垣間見える。
「良いですか有馬さん、私達はあくまで兵器です、人間と同じように接してくださるのはありがたいし嬉しいです、けど所詮兵器です、鉄の塊であって人ではありません、いつかは切り捨てるときが来ます」
そう、零は淡々と告げる。
「優先順位は人間が圧倒的に上です、そこをはき違えないよう気を付けてください」
そう言って零は姿を消した、いつの間にか明石も、その場からいなくなっていた。
「なんなんだ、ウェポンスピリッツって……どうしてそんなに、悲しそうな顔をするんだ」
WSの皆は、時折悲しそうな表情をする、全てをあきらめているような、全てを見据えているような、そんな表情を……。
明石艦内、医務室ブロック。
「失礼します」
俺は医務室の扉を開ける。
そこには、吹雪が真っ白いベットの上に寝そべっていた、軍服ではなくラフなパジャマで。
「調子はどうだ」
俺が吹雪に聞くと、吹雪は体を起こす。
「起こして大丈夫なのか?」
「別に」
吹雪はそっけなく言い、こちらを見る。
「何しに来たの? 前線で指揮する立場の人間がこんなところに来ていいわけ?」
このしゃべり方の時、トゲトゲした物言いの時は、大抵吹雪の機嫌が悪い時だ、前にも一度この状態の吹雪を見たことがある、あれはいつだったかな?
「落ち着け吹雪、なぜそんなに機嫌が悪い? お前生きてたんだぞ? もっと喜んでもいいと思うんだが?」
俺が聞くと、吹雪はボスンとベッドに体を預け、口を開く。
吹雪の顔には自身の痛みに耐えると言うより、自信を責め立てるような後悔の表情が浮かんでいた。
「私は自分の過失で、零を危険な目に晒した」
たったそれだけ俺に言い吹雪は黙った。
「そうか……じゃあもっと操縦技術を上達させないとだな……それと、気を引き締めないと」
「うん……」
吹雪は静かにうなずく、こうゆう時の吹雪は一人にしておいた方が立ち直りが早い。
吹雪は自分一人でなんでもやりたがる、他の人に邪魔されるのが嫌いなのだ。
「じゃあな、今はきちんと休んでおけよ」
俺は扉を静かに閉める。
「がんばれよ、吹雪」
俺はそう言って、また別の医務室に向かった。
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