第二二話 隠密性戦闘爆撃機『鋼ノ翼』


8月27日、10時06分、日本領海『大和』以下十隻の艦隊は、千葉太平洋軍港を目指し、速力20ノットで前進中。



「さて、呼び出してすまないな」


 俺はWSを全員、大和の長官室に呼び出した。


「急に何の用だ? 何やら急ぎの伝令だそうが」


 長門が口を開く、皆の視線は俺の方へ向けられる。

 彼女は、陸奥や大和とは対照的に比較的物静かな性格で、ストレートの黒髪が、その性格を表しているようだ。イヤリングには菊の花が光っている。


「簡単に言う、まず俺たちが向かっている軍港が爆撃された、そしてその爆撃機は中国の機体らしいんだが……」


 俺は頭をかきながら話を続ける。


「本部が確認したところ、現在中国はWASの進軍を止められず敗走した、中国の陸上歩兵師団、104師団中合計59師団が壊滅、その他の戦車隊、機動隊、空軍も大打撃だそうだ」


 一師団が訳一万人と仮定しても、60万人近くが死ぬか捕虜になったことになる、これじゃあまともに戦線も支えられず、一気に重要な軍事工場などを失ったため、部隊の回復もできない。

 そにため、土地を捨て、人を助けるために、ロシアなどに逃げ込んだらしい。


「中国のって事は、インドとかの軍はまだ生きてるの?」


 陸奥が聞く。

 中華同盟国は、第三次世界大戦となる手前中国付近の弱小国が協力するから守ってくれと、中国に泣きついた時にできた一種のソ連のような国だ。

 そして中国は、自国一人じゃ守り切れないから、インドにも力を貸してほしいと、孤立していたインドを引き入れ、東アジア全般をまとめた中華同盟国として大きな国ができた。


「ああ、中国意外の国は一様無事らしい」


 皆の目が、まだ希望はあるという目に変わる。

 何といってもあの人民要塞だからな、今まで戦争被害の問題や、貿易問題などいろいろあったが、中華同盟は現在のWHSの中で、最大の陸軍兵士を持つ大国だ。

 確かに中国自体は大規模な被害を受けたが、他の国が健在ならまだまだ戦える。


 二回目の東京オリンピックの頃は、中国、韓国と離島の問題で揉めていたが、中国内で政治的クーデターが発生、習近平から新たな首相に代わり、日中の関係は比較的友好なまま維持された。

 韓国については、文大統領が何者かに暗殺され、親日の大統領が国を治めたおかげで、竹島問題は自然消滅した。

 一様俺が勉強していた時にはそう教わった、まあ今はどうでもいいことだな。


「そして、次が重要な所だ」


 俺は本部から送られてきた写真を拡大印刷した紙を机に広げる。


「こっちは『H6』って言う中国爆撃機、別にこっちは空自のジェットで迎撃したんだが……」


 本題は俺も全く見たことがない航空機で、空自も逃がしてしまった航空機。


「問題なのはこっちなんだが……」


 そう言って、紙を広げると零が大きく目を見開く。


「まさか! こいつが完成していたなんて……」


 零は食い入るように写真を見つめる。


 どうやら零は、この機体に見覚えがあるようで、説明を始めた。


「この機体は大戦末期、中国とソ連が開発を進めていたステルスジェット機……確か名前は……隠密性戦闘爆撃機『Ⅰ―932』、通称『鋼ノ翼』」


 『鋼ノ翼』……か、何を思って中国はこの名前をこの機体につけたのだろうか。


「『鋼ノ翼』最高速度889キロ、機首30ミリ機関砲二門、両翼12、7ミリ機銃4丁、最高爆弾搭載量2000㎏、内部に装着した、特殊な金属によって電探に引っかからない」


 一呼吸おいて、零は続ける。


「戦闘機にしてはそこそこ大型の全長12m、全幅17mですが、空力構造が優れていて、レシプロ機と同等の速度で飛んでも機動力を失わず、装甲は厚くありませんが、フォルムを滑らかに保つことによって弾丸を受け流すため、被弾には強いです」


 一斉に全員の顔が凍り付く。


「ソ連が満州に進行してきた時に聞いた情報だとこんな感じです、あの時はまだ構想段階でしたけど……まさか完成させていたなんて……」


 設計段階、構想段階の兵器、つまりこの機体は……。


「幻兵器と言う事か」


 幻兵器、それはWSと同じ扱いとして、大戦中作られることのなかった兵器を作成して、戦争に使おうというものだ。

 日本でもいくらか作成中だが、詳しい事は知らない。


「ええ、WASが中国からこの機体を奪ったと考えるのが妥当でしょう……」


 零はそう言って黙る。

 話を聞く限り『零戦五二型』で対抗できる性能じゃない、『五二型』の最高速度は540㎞前後、全く追い付かない。


「WSの航空機で……戦える機体いるのか?」


 ……『ベアキャット』とかなら……いけるか?

 航空戦においてスピードは大事、スピード差があればあるほど、有利不利が生まれる。


「これで現状の報告は終わりだ、ここでは何もできないからな、ひとまず解散してくれ、陸に上がってから今後のことは伝える」


 俺がそう言うと、皆頷いた後姿を消していった、しかし零と大和だけは、怪訝そうな表情をしたまま残っていた。


「有馬さん」


 零は俺の名前を呼ぶ、俺は資料を片付けながら反応する。


「なんだ?」

「あとどれくらいで、軍港につきますか?」

「あと三時間ほどだが」


 大和は黙り込み考え、零は空を見上げる。


「有馬、本当にこれで終わりだと思う?」


 大和が言う、急にどうしたのだろうか……。


「一体二人ともどうしたん……」

「伝令です!」


 会議室に勢いよく一人の兵が入ってきた、その兵の後にはドイツ上がりの二人もついてくる。


「日本時間10時03分、世界各国で大量の『H6』による爆撃が決行されました!」


 俺は提示された資料を見つめる。


 ビッグアメリカ、約180機襲来、アラスカ北西航空研究所、被害は数十名の死人と『P51マスタング』のキューブが破損。


 クロイツ、合計で約290機襲来、ブレーメルハーフェン軍港、ハンブルク基地、被害は数百名の死者と『ビスマルク』『ティーガー』のキューブが破損。


 インド、約90機襲来、作戦行動中の人員に大量の死傷者。


 インドの人員についてはよくわからないが、WSが壊されたのは痛手だ。

 しかもアメリカの『マスタング』は陸上戦闘機の完成形と云われるレシプロ機で、ドイツの『ティーガー』も戦車の王様と言われるほどの車輌だ、『ビスマルク』だって簡単に切り捨てられる戦艦じゃない。

 今この瞬間、日本が頼りにしていた海外の重要なWSが三つも一気に破壊された、偶然なのか狙われたのか……。


「だから、お前らはついてきたのか」


 俺がドイツ上がりの二人を見る。

 『ティーガー』と『ビスマルク』はドイツの傑作兵器の一つだ、それを壊されたと聞けば、いてもたってもいられないだろう。


「クロイツの事なんだが――」


 俺が口を開く前に、Ⅳ号が言った。


「『ティーガー』のことは気にするな、私達を作ったものたちはそんなに愚かではない、なにか考えているはずだ」


 そうⅣ号が言う。

 どうやらⅣ号には、何か心当たりがあるようだ。


「分かった……だがこの爆撃の意図はおそらく破壊じゃない」

 

 WSについては分からないが、この爆撃でWASの連中が俺たちに言いたいことはつまり。


「世界のどこでも爆撃できるぞってことを、私達に伝えたいようですね」


 そう言いながら零は頷く。

 WASは中国という大きい国を占領することによって、どこへでも大型爆撃機が攻撃を行える状態に在るってことを、教えたいのだろう。

 そんな中、karがうなる。


「有馬、どうにかして、うちの国の軍と連絡を取れないか?」


 karが複雑な表情をしながら言った。


「なんでだ? 一様とれるが……」

 

 俺はkarの前に座り、聞く。


「いや、ちょっと気がかりなことがあってな」


 karはそれ以上何も言わない。

 まあ、本土に戻ったら通信課に頼むか。


「分かった、本土に戻ったら衛星通信を頼んでみよう」


 俺がそう言うと、「たのんだ」と一言だけ残してkarは去った。


「有馬、空襲後の基地は警戒しておけ、敵が紛れている可能性がある」

 

 そう言って、Ⅳ号も消えた。

 敵が紛れている可能性か……。


「各員上陸準備、あと三分で錨を下ろす」


 連絡が入り、『大和』の内部が忙しくなる。


「さて、俺らも行くか、零」


 大和が首をひねる。


「あれ? 有馬も行くの?」

「ああ、WS関係の確認は、一般の兵にはまだ任せられないからな」


 先に水上機で現状を確認しに行くのだ、不発弾や機雷、地雷が撒かれていないとは限らないから、それらの確認で先に出る。

 それに加えて俺は、WSの研究施設の様子を見に行く。


「ふーんわかった、行ってらっしゃい!」


 その声を聞いて、俺と零は後部甲板に出る。

 すでに六機の『二式水戦』と『零観』は出ていて、一機の『二式水戦』が射出台で暖気運転を完了していた。


「さて、行くぞ!」


 俺は射出台に乗せられた『二式水戦』に乗り込み、風防ガラスを閉じる。


「『二式水上戦闘機』発艦します!」

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