第二一話 覚悟

「どうして……どうして上手くいかないんだ」


 彭城艦長は、肘をついて頭を抱える。


「桜日国は、日本は昔と変わっていない……何も変わっていない!」


 凌空長官は机を叩く、他の長官方も皆、頭を抱えている。

 もちろん咲間長官が死んだこともあるが、一番の理由は今回の最後の攻勢だ、多量の命と引き換えに作戦を遂行する、それでは意味がない。

 

 我が日本自衛隊、桜日国軍は人命を最も優先しつつ成果を残す、それを目指して訓練と演習、研究を繰り返し、優秀な人材、優秀な兵器を生み出そうと努力した。

 その成果を発揮すべく、人命重視をモットーとしてこの戦争に参加した、はずだった……。

 

 だがそれらを駆使したとしても、結局のところ突撃をしなくてはならない、多量の屍で架かる橋を渡り目標にたどり着く、そんな突撃が。


 その事実に長官たちは今、打ちひしがれている。


「戦争の本質は人が死ぬこと、いくら時代が変化しようと、技術が進歩しようと人が死ぬ、その根本的な部分は変わらない」


 その言葉とともに会議室に現れたのは大和だった。


 大和はいつもの笑顔ではなく、兵器としての冷たい顔、皆が時折見せる悲しい顔でそこに立っていた。


「人は死ぬ、いい加減夢から覚めるべきだよ日本人は……死者がでない戦争なんて存在しない。そして日本は、桜日は戦争をする道を選んだ、なのにいまだに夢を見続けてる」


 そう冷たく言い放ち、さらに大和は続ける。


「今の日本が見ている妄想は、帝国時代の一勢力が掲げた、アメリカ西海岸の制圧なんかよりもずっと馬鹿げてる、あの頃の人よりも、今の日本はバカだよ……」


 大和は少し、顔をゆがめながら言う。


 その言葉に、誰も何も、答えることはできない。


「咲間長官と有馬の最後の突撃の選択は間違ってない。間違っているのは、それをまるで罪のような意識で捉えている日本だよ」


 大和は目元を赤らめて、そう言い切った。


 その言葉を受けて艦長は大きく息を吐き、席を立つ。


「……確かに、大和の言う通りなのかもしれんな」


 艦長は、静かにそう言った。


「我々はまだ、戦争を出来ていなかったようだな」


 副艦長も、それに応えるように目を瞑る。


「まあ、例外もいるみたいだがな」


 凌空長官は、細い目をこちらに向け、にやりと笑う。


「つくづく君は、一体何者なんだろうな、有馬君よ」


 そんなことを言われても……。


「大和、わざわざ君の口から、言わせてすまない、それと、ありがとう」

「いいんだよ艦長、これが、私達に課せられた仕事の、一つでもあるから」


 大和は、長官たちの戦争への迷いに気付いていた、だからこのタイミングで、その迷いを払いに、今こうして出てきたのだろう。


「有馬君、これより君は咲間長官に変わり大和戦線長官だ、それに伴い階級を中佐に上げる、この艦と乗員を頼んだぞ」



そう言って長官会議は、やっと幕を下ろす。





現在、8月26日、19時08分、艦隊は日本に戻るための進路をとっていた。





「大和、居るか?」


 俺は皆艦内で静かに過ごす中、一人誰も居ない艦橋を使って防空指揮所に上がり、大和を呼んでみる。


「どうしたの、有馬?」


 ふわりと姿を現し、俺の隣にちょこんと座る。


「俺は本当に、人の命を束ねてもいい人間なのかな」


 現在、21時13分、あたりは暗いが、空には星が瞬く。

 大和は俺の問いかけに少し困った顔をして考える。


「急にどうしたの? さっきの会議で、何か変な事考えちゃった?」


 質問に質問で答えるなよ……。


「俺は今回の作戦で、約3800名の命を殺した、たった一言で……」


 『突撃』この掛け声に、どれだけの重みがあるのか、俺は知らなかった。


「それに後悔してるの?」

「後悔……はしてない、だが……少し怖い……」

「有馬でも、そう思うことは在るんだね」


 そう言って大和は俺の背中を叩く、相変わらず力強いな。


「だから君は―――――だよ」


 大和は呟く、あまりにも小さかったので、なんと言ったかは、聞き取れなかった。


「有馬!」


 大和が勢いよく顔を上げ俺の名を呼ぶ。


「ど、どうした?」

「その気持ち、忘れないで」

「え?」


 大和は柔らかな笑みで俺にそう言った。


「その気持ちを忘れないで、私達の上に立つ者でいて。そうすればきっと、日本は負けない」


 大和は俺に何かを悟らせようとしているのか、じっと俺の目を見つめながらそう続けた。

 暫く俺の顔を見つめていると、いつもの笑顔に戻り、


「まあ、そんなに難しく考えないでよ、私のパートナー」


 そう言った。


「やっぱりお前は、不思議な奴だな」


 俺はまだまだ未熟だ、軍人としても指揮官としても、人間としても……。


「これからもよろしく頼むよ、大和、戦場の先輩としても、人生の先輩としても」


 俺が手を差し出すと、顔いっぱいに笑顔を浮かべ、その手を両手で握った。


「任せてよ! 有馬!」


 その後俺たちは、夜が更けるまで、戦艦について語り合っていた。





 私は『大和』の医務室から外を眺めていた、『明石』での集中治療を受け終え、『大和』に戻ってきたのだ。


「なんで私、こんなところに居るんだろう」


 見えなくなった左目を触り、ぼやく。

 私は飛行機に関わる家柄に生まれたため、家で勉強をしながら、航空整備をメインで学習する工業高校で技術を磨いていた。

 そんな時、先生から軍の話を持ち込まれた、軍の整備兵が不足しているから、工業学校のエリートを集めているんだと。


 私は軽い気持ちで了解した、学校の授業では学べないこができるし、運がよければ、航空機の整備をやらせてくれるかもしれないと思ったから……。


「でも、そんなに甘くなかった……」


 整備兵とは言え、戦闘訓練を多々こなす。

 私はもともと武道をやっていて、体力や精神力が多少あり、ぎりぎりついていけたけど、私以外の工業上がりの人はことごとく辞めて行った。

 そんな中、やっと最終訓練の長距離遠征が始まり、有馬、空、航大、圭、そして私で第348部隊が組まれた、あそこでの事件は忘れることはできない。


「なんで有馬は、あんな指示を出せたんだろう」


 私は布団を深く被り、考える。

 しかしいくら考えても、同じ答えが頭を回る。


「……やっぱり……覚悟の違いなのかな……」


 私には、零の搭乗員になるという覚悟も、空で戦う自覚も足りていなかった。


「しっかりしなくちゃ」


 私は自身の左目を戒めに、空で戦うものとしての覚悟を決める。

 もう二度と、零を危険な目に合わせはしない……もう二度と私の目の前で、大切な人を死なせない……約束したから……。


「もう、あんな思いをするのは嫌だよ……」


 私は、もうそこにはいない、居るはずの無い妹のことを思いながら呟いた。




 俺は誰もいない『大和』の中にある348部隊の寝室で一人寝転ぶ。


「みんな、バラバラか……」


 吹雪、空は医務室に、圭は『明石』に、有馬は防空指揮所に行けばもちろんいるが、今この部屋に居るのは俺だけだ。

 

 長距離遠征が終わり、実際に海上訓練を練習艦で行ったが、この部屋で全員が一緒に寝たのは一度きりになってしまった。

 一様皆の荷物はここにあるから利用はしているが、それぞれが忙しく、この部屋で全員が一緒に寝ることはほぼなくなった……。


「有馬って、やっぱすげー奴だったんだな……」


 俺は学力がそこまで良くなく、車いじりが好きだったから、地元の長野で工業関連の大学に進学した。

 しかし教授とあまり上手くいかず、退屈な日々を過ごしている時、軍が整備兵を集めていることを知った。

 そこで俺は、学校から逃げるように軍に入った。


 俺は車に近い戦車の整備を命じられ、戦車は前線に出る場合が多いからと機銃の扱いも教えこまれた。

 そんな中、訓練兵卒業訓練の長距離遠征に348部隊が編制され、あいつらと出会った。


「今思えば、あの時からみんな個性的な奴だったな……」


 圭は一番若い16歳なのに、異常なほどの冷静さで、医療技術は病院の医者と遜色ない。

 吹雪は工業高校上がりで、航空機関連なら自衛隊の整備課も凌ぐほどの知識と技術力。

 空に関しては、異常なほどの運動神経と射撃の腕、あの小柄な体のどこに機関銃を二丁持ちで撃てる筋肉があるのか。


「んでもって有馬、あいつは……」


 あいつも冷静さ、吹雪並みではないものの兵器や銃器の整備技術、空に勝るとも劣らない銃器の腕、そして何より……。


 一瞬にして辺りを把握し、的確な作戦を考える空間認識能力……。


「あいつは本当に、戦うために軍に来てたんだなって、つくづく思うな……」


 勇儀は俺の一つ下だが、俺とは比較にならないほどの覚悟をもって、軍に入ったのか……年上として少し情けないな、俺。




 有馬が去った後も、私は暫く防空指揮所に立っていた。


「……突撃を指示するのが怖い、か……」


 まあ、それが当たり前だよね。

 あの頃は戦争は普通だったし、深く考えることも無かったから、気付かない人も多かったのかもしれないけど、「突撃」って、たぶん指揮官が言う言葉の中で最も重い一言だよね……。


「その重い一言を言う人物を、まだ18才の子供に任せるのは……いささか、重すぎるのかなぁ……」


 でも間違いなく、私が見た中で、現在の日本軍で最も指揮能力が高く見えたのは有馬だった。

 まだ経験不足などの点は目立つし、足りてないところも多いけど、才能や判断能力はどの指揮官にも勝っていた。

 まだ若いのに、長官たちにその手腕を認められて戦線長官に編入、そして初戦で咲間長官を失いながらも勝利を収めた……。


「かっこよすぎるでしょ……」


 私は大きくため息を吐いた。






 『赤城』の甲板の上で、私は夜空を見上げていた。


「吹雪、面白い子だったなぁ……」


 私を家族同然のように扱ってきた。

 それに、まさかあれだけの操縦技術を見せるとは……。


「正直、あそこまでできるとは思わなかった」


 帰投時こそ不意をつかれ大きく被弾してしまったが、作戦開始前に行った、一対一の模擬空戦では、AI操縦の艦載機相手に見事に立ち回り、勝利していた。


「酒井、もしかしたらあの子は、貴方に並べる名パイロットになるかもよ」


 何かを隠しているというか何かを抱えているように見えたけど、そこらも含めて興味を持てる子だ。

 これから私のパイロットとなる子、これくらいの方が私も退屈しない。


「これからよろしくね、吹雪……精一杯、貴方のことを守るよ」


 私はそう、夜空に投げかけた。

 まるでそれに応えるかのように、夜間哨戒に出ている『九七艦攻』が、『赤城』の上空を通りすぎた。

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