第一三話 ニイタカヤマノボレ

「ニイタカヤマノボレ〇五二〇」


『大和』から発せられたこの電文で、すべては始まった。


「風に立て!」


 『赤城』艦長の号令で面舵の指示が出される、それに続いて『加賀』『蒼龍』『飛龍』も回頭をはじめ、風上に艦首を向ける。

 私、清原吹雪が乗る『零戦』が並んだ『赤城』の甲板には、一際強い風が吹き始めた。


 甲板の整備員たちは、発艦の邪魔にならないよう弦側に離れていく。


「第一次攻撃隊、全機発艦!」


 その声とともに旗が振り降ろされるのを確認すると、温めていたエンジン質力を最大まで引き上げ、栄三一甲エンジンの爆音が響かせながら機体を進める。

 動き出しは時速40キロ相当だったのが、空母の進む速度と合わさり、時速120キロを超えると、機体がふわりと浮かび上がり一層速度を上げていく。


 私の乗る『零戦』とAIが操縦する『零戦』四機を先頭に、爆装した『九七式艦上攻撃機』四機、『九九式艦上爆撃機』六機が並ぶ。

 その隣に『零戦』二機『九七艦攻きゅうななかんこう』五機『九九艦爆きゅうきゅうかんばく』五機の『加賀』航空隊。

 さらにその二部隊の後ろには、『蒼龍』江草えぐさ艦爆隊八機、『飛龍』友永ともなが雷撃隊八機が飛ぶ、計42機の第一次攻撃隊がカウアイに向かった。


 雷撃隊は、海岸を守る艦がいた場合攻撃するためだ。


 主に艦攻の水平爆撃で平面を叩き、艦爆で集中的に砲台と弾薬庫を狙う、『零戦』はその護衛と機銃掃射だ。


「AI操縦って、どれくらい信用できるの?」


 『九七艦攻』『九九艦爆』キューブの入っていない『零戦』は、全て自動操縦されている、航空機は消耗品だから人を乗せるのは心配なんだそう。


「キューブが入っていなくともWSであることには変わりないから、それぞれの乗組員の腕で動く、だから問題ないよ。特に赤城、加賀の航空隊は熟練揃いだったし、二航戦の江草艦爆隊と友永雷撃隊も、信頼できるしね」


 零が声だけで返す。

 まあ私には姿見えないからね、有馬は見えるって言ってたし、後でどんな姿なのか聞いてみようかな。


「そろそろ見えるよ」


 零の一声と同時に、私の前で爆発が起こり、黒い煙が円形で現れる。

 私は右へ旋回し、その中に突っ込むのを避ける、中に入ると無数の鉄片が零のボディーを切り裂いてしまう。


「対空射撃が始まった……」


 操縦桿を握り直し、エンジン質力を上げる。

 少し機体を左に傾け下の様子を見る、敵の姿を目視でとらえ、攻撃範囲に入ったことを悟る。


「全機、突撃!」


 私は他機体に指示を下す。

 艦爆が急上昇をはじめ、艦攻がエンジンスロットルを上げる。


「お、やっぱり何隻かいたね」


 海岸沿いに、大きさからみて駆逐三、巡洋二、輸送船三がいる、友永雷撃隊八機が向かったが、一隻一本で足りるだろうか?


「一様打電しておこう」


 私は電信キーを取り出し、無線を繋ぐ。


「海上勢力、巡洋二、駆逐三、輸送船三」


 そう打電し、私も臨戦態勢をとる、いつ敵の航空機が出てきてもいいように。


「と言うか、対空射撃が弱すぎない?」


 さっきからところどころ対空砲の爆炎は見えるし、急降下する爆撃機などに機銃は向かうが、八割は艦からの攻撃で、陸には対空砲があまり見えない、その艦からの砲火も雷撃隊の魚雷が命中する度に弱くなってきている。


「きっと、敵は空母を持ってくることを予想してなかったんだろうね、一、二航戦ができるのって、計画だとあと一週間後だったし、対空砲の設置が間に合わなかったのかもしれない」


 そう言えばそうか、私は上空を旋回待機しながら攻撃が終わるのを待っていた。


「お、引き上げてくね」


 あれから十五分、艦爆艦攻が翻し、母艦へと返っていく。

 その後ろを、『零戦』五機が追いかける、私を含めて今いる数は34機、居ないのは赤城の艦爆二機だ。

 どうやら運悪く、対空砲にからめとられてしまったようだ。


「作戦成功だけど……」


 完全に固定砲台を叩き切ってない、ちらほら無傷の砲台と、被害を受けたがまだ動かせそうな砲台が残っていた、二次攻撃は必要だろうか?


「まあいいでしょ、あとから『大和』達の艦砲射撃も行うから壊し切れると思う、あんな小さな砲じゃ、戦艦にかすり傷一つ与えられないよ」


 零が言うならそうなんだろう。

 私は大きく操縦桿を倒し、攻撃隊の後ろに殿として、五機連れて並んだ瞬間。


「吹雪後ろ!」


 その声で、私はフットレバーを踏み込み左側に横転する。

 それと同時に隣を飛んでいた一機の『零戦』を細い火筒が襲い、羽から火を噴いて落下し始めた。

 恐らく燃料タンクを貫かれたのだ。


「敵機確認、数五!」


 零がそう叫ぶと、指令伝達機能で艦爆艦攻はエンジン質力を上げ、急いで空母へと戻る。

 そして、殿の四機で、敵機の迎撃を行う。


「なんだか『コルセア』みたいな見た目してるね」


 私は操縦桿を倒しながら零に話しかける、敵機を空の上で見るのは初めてだ。


「そうだね、確かに『N型』は『コルセア』に似ているかもね」


 敵機の機動力、速度ともにたいしたことはなく、機銃も7、7ミリ四門と全く高くない、零の言う『N型』とかいう仮名は講習で習った気がするが忘れた、後で勉強し直さなきゃ。


「よっと」


 私は後ろにいる敵機をいなしながら左回転をかけ、追跡を振り切る。

 敵が体制を立て直す前に宙返りし、敵機の後ろを取る。


「もらった」


 7、7ミリの機首機銃を打ち込むが、敵機はまだ動いている。


「やっぱり人じゃないからしぶといね」


 零が呟く。

 敵も無人飛行を使うから射殺で落とすことは不可能、さっき放った弾丸はほぼ確実にコックピットを貫いていたから、あれで落ちないということは無人飛行だという事だ。


「やっぱり20ミリ使った方がいいね」


 私は20ミリ発射のスイッチに手をかけ、『零戦』自慢の20ミリ機銃を撃ちだす。

 さっきよりも重い音で撃ちだされた20ミリ機銃は、敵の羽をへし折った。


「撃墜確認」


 私は海に落ちる敵機を確認し、辺りを見渡す。

 自動操縦の零戦も各一機きちんと落とし、元の隊列に戻ろうとしている。


「私たちも帰ろっか」


 私が言うと零が、敵の航空機が出てくることを伝えておいた方がいいと言うので、私は電信キーを取り出し、打ち込もうとした。


 しかし、操縦桿を放した一瞬に、背後からエンジン音が聞こえた。


「え……」


 私の頭は、状況をコンマ数秒で察した。

 さっき発見した敵機は五機、でも味方は各一機しか落としていないから、一機は健在、じゃあその一機は……。

 そう考えたコンマ数秒の遅れが、命取りとなった。


「吹雪!」


 零が叫びながら、自身の機体を右に捻るが一瞬遅く、敵の両翼に発射炎が煌めく。

 それと同時にコックピットを鋭い機銃弾が通り抜ける、そのうちの数発が、私の体を貫いた。


「痛い……」


 初めて感じる鋭い痛みに耐えられず、私の意識は急速に遠のいていった。





「吹雪! 絶対守るから、絶対助けるからあきらめないで!」





 遠くなる意識の中、――の声が聞こえた。






「『赤城』より伝令!」


 『大和』の艦橋に、電信室から向かってきた兵が大きな声で叫ぶ。


「トラ・トラ・トラ、我、奇襲二成功ス!」


 「よかった」と艦橋の皆が胸をなでおろす、それと同時にもう一人電信室から兵が走ってきた、どうやら通信はそれだけではなかったようだ。


「追加伝令です! 零、敵機ト交戦ス、敵ハ、航空基地ヲ持ツ可能性大」


 零ってことは、空母とではなく吹雪たちの空中戦か……。


「六日間で航空機が発進できるまでに用意できるものでしょうか?」


 咲間長官に聞いてみる、敵も六日前に着いたばかりのはずなのに、航空機が離着陸できる平地を用意できるのだろうか? 敵の歩兵は機械が多いから、人的な問題はいいとして、場所と時間が問題だ。


「……考えていてもしょうがない、万が一空母がいたら叩く、島の上に急ピッチで作られた航空基地なら艦砲射撃で叩く、ただそれだけだ」


 咲間長官が言う。

 まあその通りか、戦争に不足の事態はつきもの、予定通りにいかないのが予定通りなのだ。


「それで、これは『赤城』より有馬長官に向けて通信をもらったのですが……」


 そう口ごもる。

 俺宛てに? 赤城が俺に何か言うことがあるだろうか。


今集中治療室にいると」


 それを聞いた途端サーと前進の血の気が引いていき、目の前が真っ白になる。


「様態は! 詳しい様態は!」


 俺が聞くと電信課の兵は控えめな声で。


「左肩、左腹部、顔面に一発、出血多量により意識不明、ですが幸い、弾は完全に貫通し、命には別条がないとのことですが……」


 また口を止める、俺は急かすように聞く。


「なんだ、はっきり言え!」


 そう怒鳴ると、その兵はビックと怯み、一歩下がる。

 さらに詰め寄ろうとすると、俺の肩を咲間長官がつかむ。


「落ち着け有馬、今ここで怒鳴っても、吹雪君の様態はよくならない」


 その言葉を受け、俺は荒ぶる心を抑えつけた。


「顔面の一発と言うのが、左目に直撃し、左目の視力を完全に失いました」


 俺はその兵を電信室に戻し空を見上げる。

 こんなにも空は蒼いのに、まさか自分の部隊の仲間が最初の負傷者になるとは、しかも……それが失明とは……。


「……今悔やんでもしょうがない」


 俺はそう自分に言い聞かせ、顔を上げた。


「そうだ、今は勤めをきちんとはたせ」


 そう咲間長官に叱咤され、俺は立ち直る。


 そうだ、これは戦争だ、味方が傷つくのは当たり前じゃないか、それがたとえどんなに大事な仲間であっても……。

 むしろ吹雪が今生きていることを喜ぶべきなのかもしれない。

 俺は……そんなことを考えていた。

♢  ♢  ♢ 登場兵器紹介・味方 ♢  ♢  ♢

機名:『九九式艦上爆撃機二二型』 機種:艦上爆撃機  所属:桜日国


  全長:10.2メートル   全幅:14.3メートル 

最大速力:441キロ  航続距離:1,050


搭載エンジン:金星五四型エンジン改 1320馬力

    武装:機首/九七式7.7ミリ機銃・二丁

       後方/旋回式九七式7.7ミリ機銃・一丁

    爆装:60キロ爆弾二発&250キロ爆弾一発


 日本がもつ世界最初の急降下爆撃機で、略称は『九九艦爆』。零と同じく量産され、無人機として運用されており、ところどころ改装が施されている。

 主にエンジン馬力の向上、他機体との機銃の統一だ。性能はけして劣るわけではないが十分とも言い難いため、後継機の量産体制が整うまでの繋ぎとなっている。

 『蒼龍』に搭載されている『九九艦爆』には江草隊の魂が入っており、通常の量産機とは異なる特異性を持っている。


♢  ♢  ♢  登場兵器紹介・味方  ♢  ♢  ♢

機名:『九七式艦上攻撃機一二型』 機種:艦上攻撃機  所属:桜日国


  全長:10.3メートル   全幅:15.3メートル 

最大速力:400キロ  航続距離:1,894km


搭載エンジン:金星五四型エンジン改 1320馬力

    武装:後方/旋回式九七式7.7ミリ機銃・一丁

    爆装:800キロ魚雷×1

       800キロ爆弾×1

       250キロ爆弾×2

       60キロ爆弾×6


 日本がもつ艦上攻撃機で、略称は『九七艦攻』。零と同じく量産され、無人機として運用されており、ところどころ改装が施されている。

 主にエンジン、機銃の他機体との統一だ。性能はけして劣るわけではないが十分とも言い難いため、後継機の量産体制が整うまでの繋ぎとなっている。

 『飛龍』に搭載されている『九七艦攻』には友永隊の魂が入っており、通常の量産機とは異なる特異性を持っている。

♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢

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