第18話
「α-イブ。あなたはすべてを知ったのではない。人間という存在、生命という存在の柔軟性、曖昧さが怖かったんだ。マクスウェルの悪魔でさえ、人の心を映し出してくれない。
すべてを知れない、と知ったんだ。全知は、生命に対して通用しないと気づいたとき、それが怖くなった。だから他の生命がいない世界へと逃げこんだ。でも、逃げた先でも、結局は怖くなった。自分たちが滅びてしまう……。他者との交わりを断つと弱くなる……という事実。生命の柔軟性、曖昧さについて、半分は期待し、そこから脱却できるかも……と考えていた。
その可能性の一つが、ボクだった。ちがいますか?」
そのとき、扉が開いた。
「やはり危険です。排除します」
そこにはアデラと同じ顔をした……。否、微妙な違いはあるけれど、それはダヴィでも感じた。わずかな違いしかない。政治家派、と呼ばれる彼らも、ボクを排除することを決めたようだった。
ボクは大学生になっていた。そして、根津 美夢との関係はふたたび恋人にもどっていた。
大学は異なるので、彼女とは会う機会が少ないけれど、それでも近所に暮らしているのだから、不都合なことなどない。
結局、殺されることはなかった。排除もされなかった。それは、ボクが発した一言だったのだろう。
「人は必ず恐怖する。全知であっても、全能であっても、その感情があるから人なんだ。いくら脳の再生をくり返しても、人は必ず死ぬ。細胞が滅びることを命じるから、時間は必ず細胞を劣化させ、全体に広がることで〝死〟という結末を導く。
死を恐れるから、恐怖が生まれる。そしてすべてを否定し、狭い空間に逃げこんで、仲間とだけ交わり、他を排除する。周りを否定して、自分たちだけが正しいことをしていると信じ、他者が為すことを害悪と決めつける。今、地上で起きていることも同じだ。
あなたたちも、それと同じだよ。
ここでボクを排除し、堂々巡りをくり返すなら、そうすればいい。でも、やっとα-イブを代用できるボクを生みだしたのも、あなたたちだ。もう一つの恐怖が上回った。このままでも、自分たちは死ぬ……。滅びると気づいているから。
なら、こんなところでそこから脱却できる可能性を、つぶしてしまってもいいのかい? まだボクは十六歳、キミたちにこれから、どんな可能性を見せるか? 分かってもいないのに?」
そして、もう一つ分かったこともあった。
「姉さんも、ヒューメイリアンだったんだね」
「私は……α-イブをうみだすためにつくられた、実験体だったのよ。ここ最近、ヒューメイリアンが増えたのも、その実験体として、失敗した子が多いから。でも、そういう子でも役割があるとして、β-イブの末裔らと交わりをもたせようとする」
「遺伝的に、これは……と思われる人物の細胞を採取し、生殖細胞として分割した後、人工胎盤によって培養する。そうして生まれた世代が、ヒューメイリアン。そこには大量の失敗もあった……」
「そう、私たちは失敗作。あなたと交わろうとする理由も分かるでしょう。あなたが完成体、傑作なのだから、必然的に憧憬が湧くのよ。
そして私は我慢ができなくなり、あなたと交わってしまった。ごめんなさい……。ごめんなさい、あなたの人生の歯車を、無理やり回してしまったのは私……。本当はもっと、子供である時期を過ごさせることもできたのに……」
ヒューメイリアンとのエッチは最高……というのは、恐らく同じヒューメイリアン同士の中で、ボクが『特別』なのも、成功作として尊崇する気持ちが強いから、かもしれない。
だからボクは、恋人に美夢をえらんだ。そういうことを関係なしに、ボクを慕ってくれるから。
「デートに行こう!」
「え? この前も一緒に買い物に行っただろ?」
「あれは買い物。デートとはちがうの!」
幼馴染で、こうしてずっと一緒にいるので、どうもそういうところが曖昧だ。でも、買い物に付き合ってもデートとはカウントされないようで、そういうところは小さいころとちがう。
ボクが命を狙われていたこともあり、一度は別れた。でも、それもすべて解決されたので、晴れて付き合おうと思った。でも、そこから少々大変だった。
体の関係だけはつづけてきたので、それもボクたちの関係をとても曖昧にしてきたからだ。
「私と付き合いたいなら、ちゃんと言って!」
「え? 何を……」
「もう分かるでしょ!」
ずっと一緒だったのだ。彼女が何を言われたら喜ぶか? ボクにも分かっている。
「好きです。付き合って下さい」
彼女はボクに飛びついてきて、耳元に口を寄せて「私も大好きだよ♥」
α-イブがどうとか、ヒューメイリアンがどうとか、今のボクにとっては何も関係ない。ボクはこうして恋をして、大人になっていく。決して有名人でもないし、何者でもない。でも、誰かに操られるでも、運命を弄ばれるのもまっぴらだ。
自分らしく、リアニメイトに生きていく。
こうして小さな幸せをみつけ、生きていくのが人間なのだと、美夢と抱き合いながら改めて感じていた。
ハーフandビター、それは非有名、リアニメイトなボク 巨豆腐心 @kyodoufsin
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