第17話
「それが……、ボクが特別、ということ?」
「α-イブの系統である私たちと子を生しても、上手くいかないことは分かっています。だからβ-イブの系統に賭けたのです」
「でも、他のヒューメイリアンにも、子づくりしろ……と促しているだろ?」
「それは、私たちが進化に行き詰まっているからです。わずかな遺伝子を元として生まれた私たちは、突然変異による改変以外、遺伝子に差がでにくくなった。特に、α-イブこそ至上、という価値観にこだわり過ぎ、そちらに寄せ過ぎたがために、変異すら否定してきた。その結果、進化に行き詰まったのです」
変異とは、不都合なものもあるけれど、環境に対して適応することでもある。彼女らはそれすら否定して、この宇宙船にとどまった。行き詰まったのも自業自得だったのかもしれない。
「β-イブは、複数の男とまじわって、地球人類の祖となった。その結果、多様性が担保されている?」
アデラは小さく頷く。
でも……、ボクは違和感に気づいていた。
「α-イブは、全知だったんだろ? それなら、この結末を招くことは自明だったのじゃないか? なぜわずかな交わりだけで、引きこもりとなった? それほど、サルとの交尾が嫌だったのか? 結局、最後は滅びを招くことになる、と分かっていたはずなのに……」
ボクもふと気づく。「もしかしたら、α-イブは生きている?」
「それは正確ではありません。α-イブは亡くなりました。でも、その遺伝子は保存されており、その意思を確認するため、くり返しその脳を再生しています」
「さすがですね」
そう声が聞こえた。それはアデラが話しているのではない。部屋にあるスピーカーのようなものから流れたものだ。
「アナタは私のことに、気づいていましたね?」
「その可能性を考えただけですよ。α-イブこそ至上、と考える技術力をもった彼女らが、その遺体を保存して、再生する方法を研究しないはずがない……とね」
「ただ、私が亡くなったとき、まだ技術力が不足していた。それで、不完全な保存状態となり、完全な状態での復活は難しい。そこで脳を再生することにした。でも、学習の結果、得られることもある。脳だけ復活させても、やはり完全体ではなかったのです」
「それで、ボクのような存在を生みだした?」
「可能性の一つでしたが、地球人との間の方が、私に似た形質をつくり易かったのです。そして、アナタたちがヒューメイリアンと呼ぶ、第一世代だけでなく、その下の世代でも、そうなることが確認された。子づくりを促すのは、そうした理由もあるのですよ」
「α-イブをつくって、どうするつもりだ?」
「どうもしません。進化に行き詰まった我々が、その脱却をめざすだけです」
「地球人に迷惑をかけてまで?」
ボクの言葉は意外だったのか、しばらく言葉を返さない。
「全知であっても、人の心の機微には気づかない……。むしろ、心は十人十色、そうであるから全知にはふくまれない、ということかな?」
「ふふふ……。あなたは本当に、私の感覚を受け継いだのかもしれませんね」
「マクスウェルの悪魔……。すべての微小なものから、その動きを理解しているものでも、同じ電気信号の経路をつかってもちがう感情、記憶として認識されれば、それを理解することはできない。生物とは、実に不思議な、神でさえ操ることができない存在なんだよ」
「それを理解するアナタは、やはり『特別』なのですよ」
声はフィルターを通したものなので、恐らくα-イブのそれとは異なるだろう。しかしアデラもそうだけれど、口にマスクをして、フィルターを介して話をする。それは、彼女たちの限界を示していた。
「地球人と話をするとき、細菌の侵入を怖れてマスクをしなければいけない。そういう状況になることも、あなたなら分かっていたはずだ。こんな宇宙船で、無菌状態で過ごしたら、病気にもなり易くなる。何で、こんな生活をつづけているんだ?」
「私の心の機微も、あなたには分からないでしょうね……」
α-イブはそう呟くように言った。
「そうですね。分からないでしょう。ボクを殺そうとする、アナタたちの気持ちなんか……」
「ふふふ……。その矛盾にも気づいていましたか」
「アナタは脳だけの存在となり、余計にこの中の動きに意識をはらっているはずだ。ボクという存在を、疎ましく思う勢力だっているだろう。でも、それを止めることはない。結局、アナタにもボクをどう扱っていいか? 分かっていないんだ。確かにDNAは近似し、似た形の人型の生命体はできた。でも、ボクはアナタじゃない。だから、何をするか怖い。期待と不安が入り混じっている、そんな感じなのでしょう」
「…………」
「もしかしたら、ボクがあなた方を滅ぼそうとするかもしれない。細菌に接することさえ恐怖する、あなた方は脆弱すぎる。生命として、最早その存在すら危うい。生かしておく理由もない。
きっと、アナタがこの宇宙船に逃げこんだ理由なのでしょう。知り過ぎるあなたは、人間が怖かった。期待と不安……そのバランスが不安側に傾いたとき、一緒にはいられなくなった。同質性をもとめ、滅びに瀕することを理解しつつも、多様性を受け入れられなかった。
ボクというある種の実験が、失敗したときのことまで考えはじめた」
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