少女のヒーロー

九十九

少女のヒーロー

 少女の世界には魔術と言うものがまかり通っていた。一人に対して一つの魔術、稀に例外こそあれ、それが少女の見ていた世界のルールだった。


「私、二刀流が出来るようになりたい」

 それがここ最近の少女の口癖だった。まだ幼い少女は、ヒーローと言うものに憧れていた。彼女がご執心のヒーローは二振りの刀を扱う二刀流の青年だった。青年は少女の少し離れた隣の家に住んでいる、所謂近所のお兄さんだ。

「お兄さん」

 その日も少女は、青年の元を叔母と一緒に手作りしたクッキーを片手に訪ねていた。少女が叔母の家に引き取られてからこっち、少女は殆ど毎日、自身のヒーローである青年の家を訪ねている。少女は二刀流のヒーローのことが大好きだった。

「いらっしゃい」

 家の中から出てきた青年は、満面の笑みで少女を迎えると、大きな体躯を持って少女を抱え上げた。

「こんにちはお兄さん。今日もお仕事だったの?」

「こんにちは。うん、まあ、そんな所かな」

 少女が首を傾げて尋ねれば、青年は曖昧に笑って少女の頭を撫でた。少女はそれに喜んで、お返しとばかりに少年の頭を撫でると、満開の笑顔で今日の訓練を申し出た。

「今日も二刀流のお稽古付けて下さい」

 青年はやる気満々の様子の少女に苦笑しながら、一度家の中に入り、用意していた棒を二本少女に持たせてあげた。


「お兄さんは魔術が使えないの?」

「そうだよ。私は魔術が使えない」

 軽いお稽古の後、少女は思い出したような声音で青年へと尋ねた。恐らく、その辺の人が話していたのを聞いたのだろう少女の質問に、一瞬きょとんとした顔をした青年は、次いで頷いて少女の質問に答えた。

「そうなんだね」

 少女は尋ねはしたが、青年が魔術を使える使えないに重きを置いていると言う風ではなく、本当に何となくそんな話を何処かで聞いたから尋ねてみただけの様子で相槌を打った。

「変かい?」

「どうして? 変じゃないよ」

「でも、皆は使えるだろう?」

「皆が出来ても私には出来ないこと、私にもいっぱいあるよ?」

 変か、と尋ねる青年に少女は不思議そうに首を傾げた。

 青年は、この世界では稀有な事に魔術が使えなかった。魔術が使えない青年は、けれども代わりに身体能力が並みの人々からは考えられない程秀でていた。故に青年は魔術の代わりに刀を手に取った。

「君も私が出来損ないだと笑うかい?」

 青年の純粋な疑問から出た言葉だった。青年には少女を責めるつもりはちっとも無かったが、自嘲を含んだ言葉は、どこか少女を責めるような響きを持っていた。どこまでも仄暗い青年の目が少女を見詰める。

 青年の質問に、少女はやはりことりと首を傾げた。

「できそこないって何?」

「いらない奴のこと、かな?」

 青年の答えを聞いた少女は背を伸ばして青年を見た。その顔は青く染まっている。

「お兄さん、いらないの?」

 少女の声が震え、青年にしがみつく手に力が籠った。次いで、少女の目からぼろりと雫が垂れた。

「お兄さん居なくならないで」

 どうやら「いらない」は「居なくなる」と思ったらしい。己のヒーローが居なくなるかもしれない恐怖に少女はわんわんと泣いた。

 対する青年は目を瞬かせて少女を見た。その目に先程までの仄暗さは無い。

「私が居なくなるのは嫌?」

「やだ、いやだ。お兄さん、居なくならないで。私はお兄さんいるもん。居なくならないで」

 分かり切った質問を青年は少女に向けた。少女は青年にぎゅうぎゅうしがみ付いて、鼻をすんすん鳴らしながら答えた。

「でも、私は魔術が使えないよ」 

意地悪だと分っていて、青年はそんな質問を少女にした。まだこの世界で魔術が使えないことがどう言う事かも知らない少女に、青年は尋ねた。

「私も二刀流使えないもん」

 対する少女は、この後熱でも出るんじゃないかと言うほど泣きはらした真っ赤な顔で、青年に答える。自分は二刀流を使えないから、魔術を使えない青年と同じなのだと少女は泣く。

「ははっ」

 青年は大事そうに少女の頭をゆっくりと撫でた。


 少女の世界は魔術に支配された世界だ。魔術を使えないものは塵と同然と切り捨てられる世界だ。けれども少女はそんな物よりも二刀流が使える己のヒーローの方が強いのだと信じて疑わない。己が扱う魔術なんかよりも体いっぱい使って繰り出される二刀流の技の方が格好いいのだと信じて疑わない。


「私はヒーローなんだってさ」

 ごとりと首が落ちる光景を眺めながら、青年は嬉しそうに呟いた。魔術を使えないからと、周囲から押し付けられる仕事は全て汚れ仕事だ。だが、今の仕事は割と気に入っている。

「魔術なんかよりも、私の二刀流の方が強くて格好良いんだって」

 少女と青年の出会いは、彼が少女を助けた所から始まっている。あの血縁が邪魔だからと、そんな理由で世界から排除された男女の腕の中に居た少女を、他者の手が及ぶ前に助け出したのは青年だ。

 青年は、多くの人間に遠巻きにされる中で、懐いて後ろをくっ付いて歩いてくる少女が可愛くて仕方がない。

「だから、あの子のヒーローで居るために私に殺されてくれよ」

 背後から顔を出した刺客の首を、青年は事もなげに切り落とす。

 どうやらそれで最後だったらしい。もう今日は少女が狙われることはない事を確認した青年は、後処理のために死体を片手に歩き出した。

「明日も二刀流のお稽古なんだってさ」

 歩く青年の足取りは軽い。


「私、二刀流が出来るようになりたい。お兄さんみたいに強くて格好良くなるの」

 今日もまた青年と過ごす少女は、ヒーローと一緒に幸せそうに笑った。

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少女のヒーロー 九十九 @chimaira

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