重田くんは仏壇も神棚も知らない

水涸 木犀

重田くんは仏壇も神棚も知らない

 ぼくのクラスメイトの重田しげたくんは、少し変わっている。

 初詣はつもうでに行ったことがないらしいし、8月のお盆休みにお父さんの実家に帰ったこともないという。


「うちはクリスチャンだからね」

 重田くんはそういって笑うけど、まだ小学生のぼくには“くりすちゃん”、の意味がよくわからなかった。


「違う神様を信じているのよ」

 とお母さんは言った。


「でも、ぼくは神様がいるのかいないのか、よくわからない」

 ぼくが首をかしげると、お母さんは優しく笑った。


「うちには、ご先祖さまに食べ物をお供えする『仏壇ぶつだん』と、神さまにお酒をお供えする『神棚かみだな』があるでしょう?」

「うん。仏壇にはよくお線香をあげてるし、神棚の葉っぱとお札は時々、きれいなものに変えているよね」

 そのふたつの存在は知っているので、首をたてに振る。ぼくたちがご飯を食べる一番大きな部屋には仏壇が、ソファとテレビが置いてある少し小さい部屋には神棚がある。


「そうよ。でもあれは、仏教と神道、ふたつの別の宗教に由来するものなの。仏教は仏さま、っていうでしょう? 仏さまに対してお線香をあげる場所が仏壇。いつもきれいにしておいて、神さまに見守っていただくための場所が神棚よ」

 お母さんの説明を聞いても、ぼくはよくわからなかった。


「でも、仏さまって神さまとは違うよね」

「ええそうよ」

 お母さんはよくできました、というように笑みを大きくする。


「でも、日本ではうんと前から、神さまと仏さまを同じく尊敬して、大事にしましょうって決めていたの。『神仏習合しんぶつしゅうごう』っていうんだけどね。だから一つの家に、仏さまにお供え物をする仏壇と、神さまがいらっしゃる神棚が一緒にあっても日本では不自然じゃないわ。そういう家、けっこうあると思うわよ」

「それじゃあ、重田くんは、ぼくたちと違う神様を信じてるっていうことは……家に仏壇も神棚も無いってこと?」

 ぼくがびっくりして大声を出すと、お母さんはなだめるようにぼくの膝に手を置いた。


「クリスチャンっていうことは、おそらくそうね。クリスチャンは、キリスト教を信じている人っていう意味よ。キリスト教で信じている神様は、わたしたちが神棚でおまつりしている神さまとは全く違う存在だと、わたしは思っているわ。知り合いにクリスチャンがいないから、正確なことはわからないのだけれど。今度、聞けそうだったら重田くんに聞いてみたらどうかしら?」

「うん。まず、本当に仏壇と神棚が無いのか聞いてみる」

「それがいいわね。宗教のお話は、人によっては嫌がることもあるだろうから。あなたも重田くんが嫌そうだったら、無理に聞き出そうとしてはだめよ」

 お母さんの忠告にうん、と大きく頷いて僕は走って部屋に戻った。


  ・・・


「重田くん、仏壇と神棚って知ってる?」

「ブツダンと、カミダナ?」


 次の日の朝。待ちきれなかった僕は重田くんに会うなり、真っ先に質問をぶつけてみた。するとお母さんの予想通り、彼は頭の上にはてなマークを浮かべて固まっている。


「重田くん、クリスチャンって言ってたけどさ。うちは、少し違うみたいなんだ。仏壇と神棚って、どっちも神さまを大切にするための場所で、ぼくの家の中にあるんだけど。今日、うちに来て見てみない?」

「……うん。いいよ。どういうものなのか、ちょっと気になる。ついでに、一緒に宿題もやっちゃおう」

 重田くんの提案に、ぼくは飛び上がって喜んだ。重田くんはぼくよりずっと勉強ができる。彼と一緒に宿題をやれば、いつもよりすぐ終わるかもしれない。


「放課後が待ち遠しいなあ」

「気が早いよ」

 そういって、重田くんは笑う。


 重田くんはぼくと少し違うところがあるけれど、それでも大事なともだちだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

重田くんは仏壇も神棚も知らない 水涸 木犀 @yuno_05

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説