凡人は死に物狂いで
箕田 はる
凡人は死に物狂いで
「才能というのはね、努力だけでは最大限に引き出すことは無理なわけ。真の天才というのは、ほんの一握り。それも創造主が采配をミスったか、気まぐれでそうなったのか。それでしかない。大多数の人間は、どう見ても凡人か、少し秀でているぐらいにしかすぎないんだよ」
ブランコに座っている詰め襟の制服姿の少年は、既に死んだものと変わらないぐらいに目の色が曇っていた。
突然の僕の登場にも、困惑というよりもうるさいぐらいにしか思っていないように見える。
「君は野球の全てを上手くなりたいと思っているだろ。それもプロの世界に出て、二刀流と呼ばれるような秀才に。だから毎日毎日、この公園や学校で汗水流しながら、バッドを振ったり球を投げたりしている」
「……なんなんですか、あなたは」
ごもっともな質問に僕は一度咳払いをし、それから改まった様子を醸し出しながら、懐から名刺を取り出す。
黒地の紙には白地で「貴方の願いを叶えます。
「新手の宗教ですか? 興味ありません」
何度も言われたセリフに「いやいや、違うよ」と、僕は苦笑する。
「僕は悩める若者達のために、慈善活動をしているだけのこと。それに君はこう思っていたはずだ。いっその事、悪魔に魂を売りたいって」
その一言に、少年の顔色が少しだけ変わる。
「天才ロックスターは、短命だと聞いたことはないか? それに最近もあっただろ。俳優に歌手活動と、二刀流の俳優が命を落としたって。あの人も、僕の担当だったんだ」
「彼らは貴方に、魂を売ったってことですか?」
僕は「そうだとも」と、満面の笑みで頷く。
「ちなみに僕は、実に良心的でね。期限は三十歳。他の悪魔だと二十五歳とかいう奴もいる。奴らに比べたら、僕は五年も待つんだから」
「でも、三十歳になったら死ぬんですよね?」
「君は死を恐れてるんだね? 気持ちはよーく分かるよ。そういう人間は多くいるから。だけど、命をかけない限り、凡才が天才には届かないよ」
少年はあからさまに顔を顰めて俯く。ショックを受けているというよりも、自分の中で感じていたことを指摘されたことに対する嫌悪感といった様子だった。
ここまで来れば、もう一押し。長年の感覚がそう囁く。
「だけど安心したまえ。僕はそこら辺の悪魔とは違う。君が努力し、僕の力を最小限に抑えれば、その分の寿命は引いたりしないよ」
少年は意味が理解できないようで、首を傾げる。
「ようは君の努力しだいってわけだ。例えば君の力によって、バッターとしての腕前が日本一になったとしよう。そしたら、天才ピッチャーの力は僕が与える。で、寿命は二十年返す。だから君は五十までは生きられるというわけだ。その逆も然り。はたまた君の頑張りで二刀流をものにできたら、僕の出番はなしってわけだ」
「……でも、それじゃあ、貴方が損するかもしれない」
心配されるような発言に、僕は思わず笑う。
「君はまるで、自分の力ならばいけると思っているようだね。そう簡単な話じゃないのに……だけど、うん、いいね。自信を持つことは大事なことだよ」
僕の指摘に少年は恥じらうように、僕から目を背ける。
「どうする? 君は二刀流のプロになりたいけど、自分の力じゃあ遠く及ばない。だから失望してるんだろう? だったら一か八か、かけてみるの悪くないと思うけど。命懸ける気があるなら、本当に命懸けてやってみなよ」
僕がそう唆すと、少年は迷った末にコクリと頷いた。
球場に響く歓声の中、かつて少年だった彼がマウンドを走っていた。
僕はそれを眺めながら、大きくなったなぁと、感慨深い気持ちになる。
あれから十五年。今日はあの約束の日だった。
彼はあの日から雨だろうと嵐だろうと、お構いなしで練習に励んでいたようだ。
まさに死に物狂いで。
そのおかげか、何度か様子を見にくる度に、彼の寿命は伸びていき、それと比例する形で野球の才能も花開いていった。
彼は強豪校に入学し、甲子園で活躍し、スカウトまでされても、今日まで気を抜くことはなかったようだ。
ここぞというところで現れてはみても、僕の力は必要なく――今、スタンドからピッチャーとして立つ彼の姿を見ても、寿命の変動は見られなかった。
他の悪魔だったら歯噛みするどころか、約束だからと魂を貰うはずだ。
だけど僕は違う。僕は悪魔だけど、天使でもある。ある意味で僕も、二刀流なのだ。
人間を唆し、契約をして魂を奪うのが基本的に悪魔であり、そこに慈悲はない。だけど僕は、天使と悪魔の間に生まれた珍しい存在であり、中間に位置している。だからこそ、こういった救いと破滅の両方を取るようにしていた。
だけどもし、少年が僕の力ありきで昇り上がったのならば、僕は有り難く契約の遂行に移るまでである。
球場が震える程の「わぁー」という大きな歓声が上がり、僕は思考から浮上する。
どうやら彼が、三振を奪ったようだ。
「さすが二刀流だな。ホームランは打つわ三振は奪うわで、大活躍じゃんか」
「それゃあ、若くしてメジャー入りしてたぐらいだからな。だけど、どうして日本に戻ってきたんだろうな」
「日本で死にたいからとか言ってたみたいだけど、死ぬまで野球やるつもりなのかねぇ」
「やっぱり天才は、言うことがちげぇなぁ」
近くにいた中年男性二人の会話に、僕は堪らず笑みを溢す。
彼はきっと、本当の寿命を迎えるまで努力し続けることになるだろう。
湧き上がる歓声の中、僕は心の中で別れを告げて席を立った。
凡人は死に物狂いで 箕田 はる @mita_haru
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