003 - Г2-06/ゲー・ドゥヴァのシャスチ




『緊急事態だ。応援を要請する。区画はГ2-06ゲー・ドゥヴァのシャスチ。我々の座標はリアルタイムで共有するから、随時確認してむかってくれ』


 通信の音に意識を覚醒させると、ダニイールの応答に被せるようにして、「了解」と声を出した。対カミツレ部隊ヒマワリ本部のあるA0-00首都へむかっていた機体は、あたりに厚く積もる雪を、ぶわりと霧のように舞い散らせながらГ2-06のほうに方向転換する。


 後味の悪い夢にひとまず息を落ち着かせて、頭を切り替えたエレメイは、要請の詳細に疑問を抱いた。


「Г2-06? あそこに人や動物の住むような場所があったか」

「どうかな。おまえがいた孤児院だって、人なんていないだろうと思われていた場所にあったよ」


 現存する国で最大の規模を誇る第二連邦である。自身の居住する管区以外のことは、認識しきれていない部分も多いものだ。

 しかしながら、日蝕暦九六二年に発生した第一次月射の影響を受けて設けられた対カミツレ部隊は、発足してわずか十年弱。そのために、管区をまたいだ任務にあたることも少なくなかった。


「だいたい、管区ごとの支部の配置が進まないのがよくないんだ。いくら月射予測が正確だからって、いつまでも現状のままじゃあこの国はそう遠くないうちに滅びる」


 つらつらと意見を述べるエレメイは、先の湖での任務で予測が外れたことに引っかかりを覚えていた。対カミツレ部隊が派遣されるにあたって必要不可欠な情報である、月射予測の正確性が失われたなら。

 口に出したという言葉が現実味を帯びているように感じ、悪寒が走る。


「人員確保が難しいんだろうね。ほかのどの部隊よりも、ずっと恐ろしいもの。人間だって怖いけれど、月側の恐ろしさは比べものにならないよ」

「そんな恐ろしい部隊におれを誘ったのは、あんただけどな。ドゥーシャ」


 要請を受けてすぐに作動システムを切り替えた機体は、時差をものともしない速度で雪原を駆け抜けてゆく。月はおだやかに光り、こんどこそ死に場所となるかもしれない地へむかう二人をいつまでも見つめていた。


「そして、それに乗ったのはおまえさ。エーリャ」



***



「このあたりだと思うんだけど」


 機体を降りると、そこには樹林がひろがっていた。

 隊員らの反応は間違いなくこのポイントにあるが、地上に人の姿はない。不審に思ってあたりを見て回れば、すこしひらけたところに、エレベーターが一つあるのが見えた。


 レンズ越しに隊員の所在を確認するダニイールはいつもと変わらぬ調子であったが、エレメイは違う。


「なんだってそんなに迷いなく進むんだ。もう少し警戒しろよ、どう見たって怪しいだろう」

「そうだね。やけに静かだ──」


 雪景色に溶けこむような、銀いろの扉がスウと開く。

 乗りこめば重みでゆれるそれは、やけに古い造りをしていた。中はかび臭く、文字がかすれて判別できないボタンが三つあるのみ。エレメイたちの住まう管区ではとてもありえない状態であった。

 おそらく、下に二つ並んでいるのが開閉、上の一つが階を指すものであろうが、押すのを躊躇ってしまう。そうしているうちに横からスッと手が伸ばされ、いやな浮遊感とともにエレベーターは動き出した。


「こちら、エレメイ・ロマーノヴィチ。ダニイール・アナトリエヴィチとともに座標地点に到着。聞こえたら応答してくれ」


 ──返ってくるのは、沈黙のみ。

 通信への応答がないことに焦りを感じ、エレメイはまばたきをくり返した。


 ふと、あざやかな黄いろの花びらが、ひとひら落ちていることに気づく。もしかすれば、ここは人里離れたところでなければならない理由があるような病院で、これは患者に贈られる花から落ちてしまったものなのではないだろうか。だとすれば、防護マスクが必要な可能性も──


 しかし反面、隣のダニイールは動きを見せない。何を考えているのか、どうして冷静でいられるのか、彼と行動をともにしてわずか半年弱であるエレメイには、掴むことが出来なかった。


「なんだ、ここは」


 考えをめぐらせているうちに、エレベーターの扉が開く。

 目のまえには、冷やかなダークグレイをした廊下いっぱいに、あざやかな黄いろの花びらが散らばる、異様な光景がひろがっていた。



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向日葵は咲いているか ──Где все подсолнечник── 英 李生 @LeoH

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