002 - Это было зрелище, подобное восходящему солнцу/それは陽が昇るような




 月の光が爆けるカミツレが散ると、みな歓声をあげて外へ飛び出していった。

 対して、向日葵いろの瞳をもつ少年は、息を浅くして部屋の隅に姿をちいさくした。こちらをじっと見つめてくる月を視界から追い出すように、まぶたをかたく閉ざして。


Не следитезатемカミツレが,

 как ромашка散るのを見 рассеиваетсяてはならない──」


 太陽が蝕まれ、闇が空を覆い尽くして九七四年。それは永遠のようにも思われる、途方もない年月であった。だから現代いまに生きる者はほとんどみな、陽の光なぞ伝説にすぎないと思っていたのだ。

 異様な空の明るさに、かの太陽が姿をあらわしたのではないかと目を輝かせるのは、無理もないだろう。


 孤児院の外にあるのは、はげしく照らす月の光に不自然なほどまっすぐ視線を注ぐ子どもたち。そばに寄れば、きっとその身体が硬直していたことに気がつくはずだ。

 そのときにはすでに、文字どおり月から目を逸らせないでいる彼らの瞳は、はっきりと恐怖のいろに塗り変わっていたことであろう。


 からす閃光は迷いなくその者たちのもとへ降りそそぎ、月の子が彼らの心臓をあっという間に蝕んでゆく。その威力に耐えられぬ者はまばゆい光を爆けさせながら雪とともに舞い散り、耐えられた者はその意識を月の子に奪われていった。

 月の子に意識を奪われた子どもたちは、心臓のあたりからじんわりとあふれ出た微細な光の粒に覆われてゆき、やがて頭のてっぺんから足の爪先まで月いろと化していった。さまざまのいろをしていた髪や瞳でさえ、そのあざやかさを失って。


「あつい、たすけてよう」


 ほとんど悲鳴のようにあげられた声も、すぐに言葉ではなくなる。運よく月から目を逸らしていた子どもも月人と化したきょうだいに肩をたたかれ、たちまちその頬に伝う涙はカミツレいろの発光体と化してしまう。

 うつくしい地獄が、伝染してゆく。


「姉さん──」


 そんな中で、ただ一人、向日葵いろの瞳をもつ少年だけが、かたく閉ざしたまぶたの裏で異なる景色を見ていた。


 月が淡く頬を照らす。

 わけもわからぬままに手を引かれ、バターブロンドの長い髪がゆれるのをぼんやりと眺めながら、幼子はまっ白な息を吐いて走りつづけていた。

 うしろのほうから、ザクザクと二、三人ほどが雪を踏みしめる音が近づいてきている。手を引く少女が、『そんな』とちいさく洩らした。自分たちが誰かから逃げているのだと幼子が気づいたのは、そのときであった。

 

『逃げて。姉さんがなんとかするから。その間に、どこか遠くへ逃げるのよ』


 向日葵いろをした幼げな双眸がゆらぐのを、少女は眉をくしゃりと寄せて見つめ、そして手を離した。ごうごうと音を立ててほとんど横むきに降りそそぐ雪に、手袋を忘れたちいさな手が、刺すように痛む。


『お願いよ』


 その言葉が合図であった。

 幼子はふたたび走り出し、少女は背を向けた。姉弟を切り離すかのように、吹雪が強まってくる。


『どうか振り返らないで、エリョーシュカ』


 その言葉と同時に、あたりが強く発光する。『やめろ』と叫ぶ声と、なにかが爆けたような音が、幼子の耳にいやにはっきり届いた。

 少女の願いに反して振り返ったその瞳に、吹雪の狭間からちらりと映ったのは、姉が光景であった。


「きみは人間のままいきているみたいだね」


 投げかけられた声に、少年の意識は現実へと引き戻される。まぶたの下から現れた彼の双眸がとらえたのは、両頬に向日葵の花ように鮮やかな黄いろの痣を咲かせた、見知らぬ男の顔であった。

 少年の向日葵いろをした瞳が現れると、男はすこし驚いたような表情かおをして、しかしすぐに鉛いろの目を満足げに細めてみせた。


「こんなところにいたの。僕らの仲間きょうだい


 うずくまっていた少年に目線を合わせるように屈んでいた男は、立ち上がると、さらに言葉を続けた。


太陽の子ヒマワリくん、おまえを拾わせてくれるかい」


 返事を聞くこともなく、その男は少年の腕をつかんで立ち上がらせる。ジャケットの胸元には、Против ромашки対カミツレ部隊の文字。


 ──第二連邦軍対カミツレ部隊、通称ヒマワリ。


 日蝕暦九七四年、二月。

 生命の多くをに奪われた大厄災の再来、第二次月射が起きた日のことであった。



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