ある冒険者の日常

くるとん

俺は冒険者。今は定食屋で働いている。

「ありがとうございました。またお越しくださいませ。」


今は夜の10時12分。閉店時間を10分ほどオーバーしてしまったが、無事に会計を済ませた。残業代が支給されるとはいえ、連日の8時間労働。さすがに疲れがたまってきている。


―――冒険者っていうけど…普通の人間なんだよな…。


たしかにモンスターと対峙するため、さまざまな訓練を受けてきた。受けてはきたが、それによって魔法のような体力が手に入るわけではないのだ。


ゆっくりと呼吸。売上の確認をしつつ、伝票の整理をする。慣れた作業ではあるが、お金が足りないと一大事。特に銅貨は量が多いため、慎重に数える。


―――うん。問題ないな。


最近は売上好調なのだ。新メニューの評判も良い。昔は「安いけど…まぁ」と評価されていた店だったが、今では「安くて普通だよね」との評価を受けている。従業員的には、ありがたい進歩だと思っている。


そんなこんなで、冒険者ユージの…定食屋従業員としての一日は終わるのだ。俺を含めた多くの冒険者は、二足のわらじを履いている。つまり、ダブルワークをしている。


なぜこんなことになったのか。かつては冒険者になれば安泰とまで言われていた職業であるのに。その理由は、魔王のある決断にあった。


冒険者の主な収入源は、ギルドからもらう報酬と、モンスター討伐時に手に入るアイテムだ。報酬はおまけ程度のものなので、冒険者はモンスターを討伐してなんぼの生活を送っていた。


そこでモンスターを指揮する魔王は考えた。


モンスターに侵攻させなければ、アイテムを渡すことがなくなる。資金難に陥った冒険者は、立ち行かなくなるのではないか。そうなれば、冒険者の力は落ちるのではないか、と。結果、モンスターの侵攻はなくなり、討伐依頼は激減。冒険者としての収入だけでは、生活が立ち行かなくなってしまったのだ。


―――最初はなんてことをしてくれたんだ…って思ったけど…。


窮すればなんとやら。


ある冒険者は畑を耕し、ある冒険者は商店を開いた。ある冒険者は発明家となり、世に便利なものをおくりだしている。冒険者が人口の7割を占めていたこの町も様変わりして、今では商業の町として栄えている。


新しく便利なサービスや商品は爆発的に広がり、それを求めるべく人々は労働に勤しむ。多くの冒険者は副業冒険者となり、装備や大剣は体裁をととのえる道具に過ぎなくなっていた。モンスターは動物の一として認知されるようになり、スライムをペットとして飼育している冒険者がいるほどだ。


魔王はというと、手つかずだった領地を開墾。膨大な資源が発掘され、今は輸出産業を中心とした経済発展を遂げている。俺の同僚にも、魔王軍の元兵士がいたりする。特に違和感はない。


徐々に魔王や冒険者という存在は、歴史の彼方へと消えていった。これがこの世界の…わずか20年の間に起きた歴史だ。


ある書物では、この空白期間を…「平和」と呼んでいる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ある冒険者の日常 くるとん @crouton0903

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ