同窓会

たぴ岡

その女

 女は同窓会の会場であるホテルに辿り着いていた。前を歩く男について、会場内へと潜入していく。

 ふと、振り向いた男と女の目が合う。

「久しぶりだね」

 男は動揺した。女に全く見覚えがなかったのだ。しかし同窓会、二十年近く会っていなかったのだから、顔や雰囲気が変わっていてその人だとわからなかったとしても仕方のないことだろう――本当にそうだろうか? 女に名を聞こうと男が向き直ったとき、もうそこにはいなかった。

 ドサリ、と大きな音が鳴る。中央に目を向ければ、派手なスーツを着たこれまた派手な髪色の男が倒れていた。苦しそうに喉に手を当てている。息もできずその場で悶えている。付近にはワインの入っていたグラスと、こぼれた液体。

 音もなくその場に近付いた女は、動かなくなったスーツの口元に顔を寄せ呼吸があるか確認し、首や手首から脈をはかる。俯けたその顔に美しい笑みを浮かべて、すぐさま消す。上体を起こした彼女は、みんなに見えるように静かに、残念そうに首を振った。スーツは死んだらしい。

「救急車、呼ぼう」

 誰かが言い出した。それが合図になったのか、真っ白だった会場内がざわざわと騒がしくなり始める。誰もがその場に接着剤で付けられたかのように動けなかったのが、少しずつバラけていく。いやらしいドレスを着た金髪の女がちょうど会場中央に来たとき、銃声が鳴った。

 パッと暗くなって、聞いたこともない酷く大きな音が鳴り、ついでに女の悲鳴も会場に響き渡る。シャンデリアが落とされたらしい。誰かが点けたスマホのライトが、会場の凄惨な現状を照らし出す。金髪が自らの血で真っ赤に染まっている。近くで寄り添っていた仲良しの赤髪も巻き込まれたらしい。すぐ隣で倒れて、痛みにあえいでいる。とはいえ頭部からあり得ないほどの出血がある、彼女もまもなく息絶えるのだろう。その様子はまるで、彼女たちからシャンデリアが生えているかのようで、誰かの芸術作品かのようで。

 会場内の全てが冷たい沈黙に包まれた。

 男は思考する。まだ同窓会が始まるまで数十分あった。全部で何人来る予定だったのかは良く知らないが、会場内にいたのは自分とあの女を含めて七人だったはず。三人が死んだ。これであと――。

 暗い会場内を良く確認する。腰が抜けて尻餅をついている地味な男がひとりと、腕を組んだまま放心している女がひとり……あの女はどこだ。

 恐怖のあまり、男は外へ出ようとする。このままでは自分も殺されると考えたのだ。しかし、動き出した足はすぐに止まった。美しい笑みの女が目の前に立ち塞がったからだ。

「どこに行かれるのかしら」

 あぁ、いや、別に。男は小さく呻くように言う。言ってから、不自然に、強烈に、鋭い痛みを感じた。後ずさりしながら、痛みの原因を探るように腹をさする。身に覚えのない固い何かが手に当たった。視線を落とす。

「あなたはどこへも行かせない。私の人生を狂わせたあなたたちは、必ず」

 何が起きているのか理解できない男は、女が左手に持っていた銃を構え直すのを黙って見ていることしかできなかった。銃口が向けられた先には――。

 二発銃声が響き、続いて人が倒れる音が鳴る。

 目の前の女は一瞬、表情に酷い憎悪を滲ませたかと思うとすぐ微笑み、バッグから取り出した何かを唇に塗り始めた。

「これね、彼のワインに入れたものより緩いんです。だから……」

 痛みのせいで力が入らない男を、女はたやすく引き寄せ、情緒も何もないキスをした。女に弱く押され、男はその場に倒れ込む。

「失血と毒と、どちらで死ぬんでしょうねぇ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

同窓会 たぴ岡 @milk_tea_oka

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ