第2話 評判のお店があるんだよ、と言われて行ってみた
「評判のお店があるんだよ」
何処かこの近くに食べるところはないかと畑仕事をしていたご婦人に訊いた騎士アーレクは、笑顔でそう言われた。
「ほう。
なにかとっておきのメニューでもあるのか?」
美しき騎士、アーレクはそう訊いたが、ご婦人は笑い、
「まあ、言ってみればわかるよ、騎士様」
と言う。
可愛らしい顔をした従者、テオは、
「なんか怪しげじゃないですか?」
とこそこそ言ってきたが、とりあえず、腹が減っているので二人は行ってみることにした。
言われた通り、森の方に向かうと、何処からともなくいい匂いがしてきた。
ちょっぴり酸味のある濃厚なチーズがたっぷり入ったシチューのような匂いだ。
テオと二人、思わず、腹が鳴る。
「なるほど。
評判の店だというのもわかるな」
と笑い合いながら、その匂いの方にアーレクたちは行ってみた。
森の中の少し開けた、明るい日差しが差し込む場所に巨木が立っていた。
大きな枝を張るその巨木には、大きなうろがあり、その中に店ができていた。
賑やかな店内を見たあと、巨木を見上げ、アーレクは呟く。
「……この木。
このサイズだとご神木とかじゃないのか」
だが、さっきの村人もだが、客たちもなにも気にしている風にはなかった。
店の前まで行くと、
「あ、いらっしゃいませ~」
と村娘のような身なりの美しい娘が顔を出す。
神殿の巫女のような高貴な顔立ちの美貌だが、へらりと笑う顔には愛嬌があった。
「今、満席ですので。
お庭にテーブルお出したのでもいいですか?
こちらにどうぞ~」
とその美しい娘に庭のベンチに招かれる。
客として食べていたはずの商人風のおじさんたちが極自然に立ち上がり、奥からテーブルを運んできてくれた。
常連客のようだ。
たくさん常連客がいるのはいい店だ。
これは期待できるぞ、思いながら、アーレクはベンチに腰掛ける。
すぐにテオが言ってきた。
「いい風が吹きますね~。
暑すぎず、寒すぎず」
確かに。
こんな場所なら外での食事も悪くない、と思いながら、目を閉じ森のゆったりとした風を浴びていると、
「どうぞ~。
メニューです」
と娘が板に文字が刻まれたものを持って来た。
「文字が読めない方には、食品サンプル……
えーと、食事の見本の代わりに、本物の料理を奥に飾っているのですが。
騎士様は読めますよね」
「このメニューは誰かに作らせたのか?」
「いえ、私が書いて彫ったのです。
このせか……この国は、紙が高いので。
その辺にあった木を薄くしてもらって」
「なんとっ。
お前は文字が書けるのかっ」
とアーレクは驚く。
この国では上流階級の者しか文字を書くことができないからだ。
「はあ。
なんとか覚えました。
話す言葉は通じるんですけど。
書く文字は違ったんですよね~。
異世界って不思議ですね」
と娘は謎なことを言う。
「クリスは遠い異国からやってきたんだよ」
とさっきとは別の常連客の若者がビールの入った木のコップを手に言ってきた。
ほう、異国から、とアーレクはクリスと呼ばれた娘を見る。
艶やかな長い黒髪に小さな顔。
切れ長の目の奥の瞳も黒く、愛らしい。
彼女の本名はクリスティアというようだった。
「まあ、それもほんとは本名じゃないんですけどね。
この国に馴染めるような名前にしようと思って」
と彼女は笑う。
クリスティアは上流階級の者しか書けない、文字が書け。
野良仕事などしたことがないような美しい白い指先をしていた。
自国では身分の高い娘なのだろうかと思い、訊いてみたが、
「いえいえ。
私はただの社畜です」
とクリスティアは笑う。
「……社畜とはなんだ」
「なんか働きバチのようにずっと働かされている人のことです。
毎日帰りが遅いので、当時は料理も、ほぼレンチンでした」
「レンチンとは、なんだ」
「一瞬でどんな料理もできる魔法のようなものです」
ほう、魔法まで使えるのか、とアーレクはまた感心した。
「今の私の夢はレンチンのおかずを作ることです。
でも、レンチンのおかずの開発より、まず、レンジを作らねばならないのが問題なのですが」
クリスティアはそんな不思議なことを言いながら、ささ、お選びください、と大量に文字の刻まれたメニューを見せてくる。
なにか読むのがめんどくさい感じに、メニュー名が長くぎっしり彫られているな、と思ったアーレクはそのまま口に出して呟いた。
「長いな……」
「長いです、料理名」
とクリスティアは自分で認めた。
「私の料理、まずくはないのですが、そう美味しくもないので。
なにか特徴を出すために、とりあえず、名前を長くしてみました。
どんな料理か、よくわかるように」
ほう、とアーレクは改めてメニューを眺めてみる。
「それは良い気遣いだな」
と言いながら。
「こちら、本日のおすすめです」
クリスティアが真ん中あたりのメニューを手で示した。
「『可愛い森の子ヤギの親から絞ったミルクで作ったチーズをふんだんに使ったグラタン。
赤いキノコがたくさん生えているおうちのおじさんが作ってくれた石窯で焼いてみました』です」
「……待て。
情報量が多すぎて、なんにも頭に入ってこないんだが」
赤いキノコの生えているおじさんしか頭に入ってこない……とアーレクが呟くと、クリスティアは、
「キノコ生えてるのは、おじさんじゃなくて、おじさんのおうちの庭ですよ」
と笑う。
「余計な情報が多くないか?
なにも親切じゃないぞ」
混乱するだろ、とアーレクは訴える。
「チーズがたっぷりはわかった。
だが、そもそも、なんのグラタンなんだ?」
「鮭とアスパラです」
じゃあ、それを書けっ、とアーレクは叫んだ。
「肝心なところが頭に入ってこないじゃないかっ。
っていうか、そもそも、子ヤギ、関係なくないかっ?」
ヤギのミルクじゃいけないのか、と言ったが、
「だって、『子ヤギ』って単語を入れた方が可愛らしく感じるじゃないですか。
ほら、『森の妖精さんが作った十二月のケーキ』みたいな感じで。
いや、作ったの、あなたですよね? と思いながらも、なんか可愛いじゃないですか」
とクリスティアは言う。
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