萩市立地球防衛軍★KACその①【二刀流編】

暗黒星雲

武蔵と小次郎

 ここは萩市笠山の地下に設置されている地球防衛軍の指令室である。金髪ツインテールの女児が、40インチのモニター画面に見入っていた。


 画面の中では、二人の男が剣を構えて対峙していた。決闘中である。その緊張感に気圧された女児は両の拳を握りしめた。


「どりゃあ!」


 黒い着物の男、武蔵の持つ長大な木刀が振り下ろされ、それは白い着物の男、小次郎の脳天を打った。


 一瞬、ほんのひと振りで勝負はついた。


 それを見ていた女児はがっくりと肩を落としモニターの電源を切った。そしてぼそりと呟く。


「つまらん」


 傍に座っていた青年が女児に声をかけた。


「ララ隊長。面白くなかったですか? これは宮本武蔵と佐々木小次郎の、巌流島での決闘を描いた作品なんですけど。やっぱり主人公が佐々木小次郎ってのが?」

「正蔵、そうではない。武蔵は二刀流の使い手だと聞いていたのだが、この映像では木刀一本で戦っているではないか。何故、自分の最も得意とする剣技を使わんのだ」


 ララの問いかけに正蔵が頷いている。


「この映像はですね。恐らく吉川英治の小説『宮本武蔵』に準じていると思われます。小説では、武蔵は故意に遅刻して小次郎をイラつかせ、そして小次郎の持つ剣、〝物干し竿〟よりも長い木刀を使って小次郎を倒しています。剣の鞘を捨てた小次郎に対し、武蔵が『小次郎破れたり』というセリフは有名ですけど、これはつまり、鞘を捨てた事は試合に勝って生還する意思がないって意味らしいんですね。この辺りは概ね吉川氏の創作だと言われてます」


 ララは正蔵の説明を聞きつつも、尚も納得できない様子だった。


「創作だと? では本当は二刀流で戦ったのか?」


 ララの問いに正蔵は首を振る。


「いえ、木刀で戦ったことは事実です。ただし、資料によっては大小二本の木刀を携えていたというものもありますけれども、二刀流で戦ったと記載されている物はありません。木刀にした理由は先にも指摘しておりますが、小次郎の持つ〝物干し竿〟よりも長い剣で戦うためだと言われております」

「物干し竿とはそんなに長かったのか?」

「はい。刃渡りが三尺余とありますので概ね1メートルです。それに対し通常の日本刀は70センチ程度なので、間合いの差は明白です」

「実戦では数センチの間合いの差が明暗を分けることもある。刀剣での勝負なら、ほとんど一瞬で決着するだろうな。相手の間合いを無効にし、また予想外の獲物で虚をつく。武蔵の作戦勝ちといった所か」

「そのように思います。ただし、武蔵は木刀でしたので、小次郎の頭部を打ったとはいえ絶命させていなかったらしいのです。また、一対一の試合だと約束したにもかかわらず、武蔵は弟子数名を引き連れていた。息を吹き返した小次郎を、武蔵の弟子が複数で撲殺したとも」

「そんな事があったのか?」

「試合当時の記録は残っておらず、後代に口述などをまとめたものしかありませんが、概要としてはそうではないかと思っています」

「なるほど。その小次郎という武芸者は気の毒であるな」

「はい。真剣勝負で敗れたなら致し方なし。しかし、相手は木刀であり一本取られたとはいえ絶命していなかった訳です。そして止めをさしたのが武蔵本人ではなく弟子であったと」

「ふむ。地獄で暴れておろうな。『武蔵、許すまじ』とか叫びながら」


 ララの言葉に正蔵も頷いていた。

 その時、海上保安庁より防衛軍に対し緊急出動要が届いた。指令室内にけたたましいアラームが鳴り響く。そして、アンドロイドのソフィアがその要請内容を読み上げた。


「萩海上保安署より出動要請です。萩市相島付近に未確認攻勢生物が出現。巡視船しづきが現場へと急行したものの、断続的な放電攻撃を行っているため射程距離内への接近は不可能。この放電は高密度荷電粒子を伴うEMP攻撃であると推測されます。接近した場合、高確率で電子機器が破壊されます。攻勢生物は直径300メートルのクラゲ型。空中に浮遊しつつ、ここ笠山へと進行中」

「自衛隊はどうした?」

「築城基地よりT4二機が発進済み。これは偵察機ですね。能登沖よりDDH-184空母かがと、玄界灘よりDD-120しらぬいが現場に急行中です」


 ララは腕組みをしつつ壁のパネルを睨む。そこには、現場から送られてくる映像と、萩市沖の地図が表示されていた。


「この断続的なEMP攻撃が厄介だな。自衛隊にはアレに近づくなと伝えよ」

「了解」

「どう料理するか……やはり、大口径砲による遠距離攻撃が最適か」

「肯定します」

「ならば、戦艦長門発進だ」


 ララの言葉に周囲が硬直した。ソフィアは絶句し、正蔵はそっぽを向いている。


「どうした?」

「それが……長門は衛星軌道上のドックで艦体の修理中です。現在、出撃不能」

「隊長、ご存じなかったんですか?」

「知らなかった……」


 今度はララが頬を赤く染めてそっぽを向いた。


「ところで総司令はどうした?」

「それが……」


 ソフィアが口ごもる。口止めでもされているのだろうか。

 

「正直に話せ」

「はい」


 ソフィアが渋々話し始めた。


「総司令と人型インターフェース長門さんは、現在、合コンにお出かけです」

「合コンだと?」

「はい。何でも、女性は会費1000円で飲み放題の合コンがあるからって、出かけられました。ビアンカさんも一緒に三人で」

「うわばみが三人も……これは……支払わされる男たちが気の毒だな」

「肯定します。ビアンカさんだけは彼氏を見つけるんだって張り切ってました」

「あのアバズレと付き合う男がいるとは思えんが、まあ、彼氏になった男が気の毒なのは違いない」

「肯定します」


 そっぽを向きながらソフィアが答えた。どうやらソフィアも合コンに行きたかったらしい。

 今度はララが正蔵に向かって話し始めた。


「ところで、貴様は誘ってもらえなかったのか?」

「俺、そんなにバカじゃないです。あの人たちと飲みに行ったら、酒代いくら払わされると思ってるんですか」

「一晩で3万か?」

「いえ、その5倍です」

「15万か。貴様のバイト料三か月分だな。まさか、払ったことがあるのか」

「面目ないです」

「総司令のロケットおっぱいに目が眩んだとか?」

「そう……です。そして長門さんのスレンダーな腰つきも……」

「おや? 貴様は巨乳趣味ではなかったのか? スリム美女にも興味があったのか?」

「女性の美しさは様々ですし、時には違ったタイプに惹かれることもあります。俺も男ですから」

「ほほう。貴様、二刀流だったか?」

「え? そういうの、二刀流って言いますかね」

「例えば、LGBTのBはバイセクシャルと言って、要は男女どちらとも寝るんだろ? そういう男と女、両方を追う奴の事を二刀流と言うんじゃないか」

「確かにそうですね。両刀使いとも言います。しかし、これには少し疑問が?」

「何だ?」

「いやね。まあちょっとシモの話になりますけど、男って、アレは一本じゃないですか」

「そう……だな……」

「つまり、剣は一本。対象の穴が別モノという……」

「それで?」

「だから、二刀流って言うよりは二穴流の方が正しいのかなとか」


 その、正蔵の一言で限界まで赤面したララは、握りしめた拳でテーブルをドンと叩く。その瞬間、テーブルはバラバラになった。


「貴様。言葉を慎め! 私は一応、地球においては未成年なんだぞ。小学生だ。故に、いわゆる児童ポルノのアレコレに引っかかるんだ。そんな私に対して二穴流などというふしだらな言葉を使うな! 馬鹿者!」

「スミマセン」


 ララの剣幕にたじろいだのか、正蔵はその場で土下座し謝罪していた。


「ララ隊長、聞こえますか?」


 唐突に通信が入った。モニターには狐耳のビアンカが映っている。


「ララだ。どうした?」

「どうしたもこうしたも無いっしょ。この非常時にララ隊長って正蔵と遊んでるんだから」

「スマン」

「ああ、あのオバケクラゲね。もう倒しちゃったから」

「早いな、いつ発進したんだ」

「警報と同時に。テレポートで直上まで飛んで霊力子砲でコアをぶち抜いて、後は二刀流で切り刻んでやったわ」

「海上でか?」

「まあね。鋼鉄人形はほっとくと海に沈んじゃうから、今は巡視船に曳航してもらってる。20分後に帰還できるよ」

「よくやった。ところでビアンカ。貴様、合コンとやらに行ったのでは?」

「行きましたよ。でもね。もう腹が出っ張ってるオッサンばっかでさ、若いイケメン一人もいねえんだよ」

「なるほど」

「総司令はさ。胸の谷間をちらちらさせてたし、長門さんってばスリットの入ったスカートはいてて太もも見せてたし。あの二人、オッサン連中にガッツリ貢がせる気だよ。あたしゃ白けちゃったんで、早々に退散しました」

「そうか。ご苦労」


 そこで通信は切れた。


「何とかなったな」

「ええ。流石は二刀流のビアンカさんでした」


 萩市沖の見島に裏宇宙へと繋がるワームホールが存在していた。先般、戦艦長門の活躍によりそのワームホールは消滅した。にもかかわらず、裏宇宙より飛来したと思われる攻勢生物が度々萩市を襲うようになった。


 萩市立地球防衛軍は、今日もまたその攻勢生物を撃破し、地球の平和を守ったのだ。


 ところで、巨乳趣味と貧乳趣味の両立は二刀流なんですかね?

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