残飯市中
ゼフィガルド
第1話
「お前に配給する食糧は無い」
「戦争に負けたら、俺達はもう用無しってか」
ギィと義足の軋む音がした。軍の食堂に入ろうとした男は、門番として立ちはだかる進駐軍の兵士に断られ、追い返された。
戦時中は血気盛んな兵士達が詰めかけていたこの場所が、自分達の物でなくなる日が来るとは想像も出来なかった。想像できるだけの情報すら渡されていなかった。
「こうなりゃ。残飯でも漁って帰るか」
ブツブツと呟きながら裏手に回ると。そこには型落ちしたトラックが泊まっていた。その荷台にはポリバケツを始めとした大小様々な容器と共に数人の男が乗っており、進駐軍の兵士を相手に老翁が何かしらの交渉をしていた。
「なるほど。そう言う意図があるのか。話は聞いている。持って行くと良い」
「ありがとうございます」
兵士からの許可が出るや。彼らは容器を持って入り、パンクズや冷えたスープなどを回収し始めていた。彼らは清掃会社だ。そう判断した義足の男『アヴァン』は老翁へと駆け寄った。
「なんだ、お前は?」
「頼む。俺を雇ってくれ。廃兵なんて何処も雇っちゃくれねぇ。なんでもやる! アンタら、清掃会社だろ?」
「いや、俺達は清掃会社じゃないが。そうだな、よし。じゃあ手伝え。カミュ。やり方を教えてやれ」
「はい」
カミュと呼ばれた痩せぎすの男から容器を渡された。食堂に入ると、荷台に乗っていた若者達が容器ごとに分別してゴミを入れていた。
「お前はそこのパンクズや固形物の回収をしてろ」
「うっ」
指差された先には、残飯が転がっていた。齧っただけのピクルス。スープに浸されて異臭を放つパンくず。それらに唾液が混じっている為、耐えがたい程の臭気を放っていたが、アヴァンは堪えた。
「くせぇ。畜生」
「タバコや食えねぇもんは混ぜるな。ちゃんと分別しろよ」
指示された通り。彼は吐き気を堪えながら、ゴミを拾い集めた。その全てを回収し終えると、彼は表に停めていたトラックの荷台へと持ち帰った。
「根性があるな。普通の奴は、現場見たら吐くんだが」
「これでも元兵士なんでね」
強がっては見せた物の、胃の中は不快感に満たされていた。食堂の生ごみを掻き集めたら、次は工場や監獄へと廻った。その度にアヴァンは自らが表に出される事を不思議に感じていた。
「見て下さい。コイツぁ、先の大戦でこんな体になっちまったんです。上の奴らは五体満足で降伏したって言うのに。憐れに思いやしませんか?」
「分かった。持って行け」
相手の憐れむような視線を受けながら、アヴァンは先程と同じ様に残飯を容器に詰め込んで荷台へと積み込んだ。そのままトラックは何処とも分からぬ場所へと向かうので、堪らずカミュに尋ねた。
「何処に向かっているんだ? 焼却所か?」
「いや。もっとエコな消費をしてくれる場所だよ」
走り続けているとトラックが停まった。周辺は光学兵器で焼き払われた様な、戦時中の爪痕が色濃く残っていたが、それでも使える建物の中には人が住んでいた。皆、みすぼらしい姿をしながらも手にはカップや鍋などが握られていた。
「ボサッとするな」
一体、何の為に集まったのかと困惑しているアヴァンの肩をカミュが叩いた。他の男達は残飯を回収していた容器の中身を取り出していた。周囲に群がった者達は歓喜の声を上げた。
「アルルカン! 今日は一体どんな物を用意してくれたんだ!」
「聞いて驚け! 進駐軍の連中が食っていたパンだ! 水で薄めた牛乳なんて使っちゃいねぇ。贅沢品だぞぉ!」
車を運転していた老翁の名は『アルルカン』と言うらしい。荷台に積み込まれた残飯に対して小銭が支払われ、住民達の掲げた容器に盛りつけられていく。
アレだけ積み込まれていた残飯は見る見る内に無くなって行き、売り切れだと分かるや。飯にありつけなかった住民達は肩を落として帰って行った。
「マジかよ」
その光景にアヴァンはショックを受けていた。自分達が荷台に積み入れていたのは、間違いなく生ゴミだった。しかし、先程集まった者達はソレに対して金を払い、その場で食していた。
常識とのギャップに眩暈がした。カミュの方を見れば、彼もその生ゴミを食していた。
「お前は食わねぇのか?」
それがさも当然の常識であるかのような言い方にアヴァンは意を決した様に残飯の中から、比較的綺麗な物を選び取った。
齧っただけで捨てられたパンは、腐ったジャガイモの粉も混じっていなければ、薄めた牛乳を使われた訳でもない。生地こそ固くはなっていたが、真っ白だった。恐る恐る口に運ぶと、口中に広がる甘味と多少の酸味に目頭を押さえた。
「畜生。こんな美味い物を捨てるような奴らと戦ってたのかよ」
不衛生だとか、そう言った概念は抜け落ちていた。銀紙片の張り付いたチーズは牛乳の味がした。ザワークラフトと欠けたクラッカーを口に放り込めば、口中で酸味を含んだ汁気が粉状になったクラッカーに絡んでご馳走とも言える物になっていた。形の残っているソーセージに手を伸ばそうとした所で止められた。
「おっと。新入りにソーセージは贅沢品だぜ」
「すまない」
アルルカンは慣れた手つきで、ソーセージやコンビーフ等を取っていた。
アレが暖められていたらどれだけ美味いのだろうか。あのソーセージを歯に押し当てれば、どの様に弾けるのだろうか。そんな夢想をするだけで喉が鳴った。
「自己紹介をしておくぜ。俺の名は『アルルカン』。『残飯屋』って仕事している。あの馬鹿共が上に居た頃からやっている、由緒正しい職業だ」
「馬鹿共……、このコロニーの特権階級達か」
増えすぎた地球の人口を宇宙へと打ちあげた。と言うSFが現実となり、居住空間が作られると共に。富裕層は独立を宣言し、まるで王のように振舞った。
自分達以外で利益を独占し、兵器を作り。自治権を謳い戦争を仕掛けたが、圧倒的な物量を持つ地球軍に返り討ちに遭い、尻尾を巻いて逃げ出した。という所まで、旧時代のSF作品を踏襲していたのは笑い話にもならなかった。
「連中が齧っただけで不味いって捨てた物を回収して、売り払っているのさ。ゴミは減る、こいつらは飯が食える、俺達は稼げる。全員が得する仕事なのさ」
合理的な商売だと思った。アヴァンも兵士だった頃は、捨てられる残飯に対して、未練を抱いたのは一度や二度ではない。
「おまけに。今は電力も火力も中枢機能回復の為に使われていて、こっちに回す余裕なんてありゃしないのさ」
「態々、調理しなくても良いってのもあるのか」
貧民を相手にしている商売だが、カミュの意見を聞くに。決して無知と言う訳ではないらしい。むしろ、軍の残飯を回収している事などを考えるに、このコロニーの事情にも詳しいのだろうと考えた。
「まぁ。残飯だから中る奴もいるし、混入していた爪楊枝がのどに刺さって死んじまったガキもいたがな」
先は夢中になって貪っていたが、考えてみれば少なからずの唾液などが付いている事は不衛生である事には変わりない。しかし、そんな物にすら頼らざるを得ない程の貧困があった。
「他にもやっている奴らは居るのか?」
「勿論だ。連中とは回収区分が重ならない様に話し合いもしている」
ゴミの処理と配給を一度に兼ねた合理的な仕事であった。進駐軍が彼らを歓迎したのは、そう言った事情を汲んでいたからだろう。そう考えれば、就職先としても悪くない様に思えた。
「でも。俺達の商売が今後、どうなるか分からないですよ。進駐軍の奴ら、配給とかも始めたみたいですしね」
「凄いな。喧嘩売ってきた相手に飯を渡せるって、並大抵の度量じゃねぇぞ。そこん所、どうなんだ?」
アルルカンが視線を向けて来た。アヴァンの胸中に浮かんだのは、日々優位性が失われて行く機体に乗りながら、物量で押し潰して来る地球軍の艦隊だった。
被弾し、損傷した機体片が自らの右足に食い込んだ光景を思い出すと、無い筈の肢体が痛んだ。
「連中は強かった。それだけだ」
「今後は、俺達が必要なくなる様な善政を敷いてくれれば良いんですけれどね」
残飯を食い終えた後は容器に付着した液体や破片を拭い取りながら、明日に向けての準備を進めていた。早めに就寝することも一つだが、その際に全員がトイレ近くで寝る事を不思議に思った。
「カミュ。なんで、トイレ近くで寝るんだ?」
「直ぐに分かるぜ」
その予言通り、アヴァンは直ぐにその意味を知る事となった。幸いなのは上から出て来る事が無かった位だろう。
~~
アヴァンが仕事に慣れて来た頃。出会った当時、カミュが言っていた様に進駐軍の配給食は貧民にまで届くようになっていた。しかし、いずれも腹を満たすには物足りなかった。
「結局、俺達は必要とされるんだな。にしても、なんでアイツらはこんなに残飯だすんだ?」
「兵士は気が立っている奴が多くてな。飯も喉を通りゃしない」
「平和になったのに変な話だ」
進駐軍の人間が増え、治安が回復してくると共に。彼らが出す残飯の量は増えて行った。ハンバーグ、スパゲティ、有機野菜。戦前の食事より豪華とさえいえる素材が出て来れば、自然と美味しく食べたいという願望も生まれた。
アヴァンやカミュ達はお互いに顔を見合わせた。そして、おずおずとアルルカンの元へと向かい、揉み手をして頼み込んだ。
「親方。そろそろ火を使っても良さそうですし、配膳の事もあります。何より衛生の事については前から注意されていますよね?」
「温めて食いてぇんだろ? 進駐軍の奴らにも注意された」
そう言って、アルルカンが差し出したのは塩と砂糖の入った袋だった。余りの贅沢品に全員が言葉を失い、跪き彼を崇め讃えた。
「嗚呼! 進駐軍サマサマだ!」
「ボサッとしてねぇで、仕事だ!」
アヴァンも含め、全員が上機嫌に仕事をした。掻き集めた残飯を大鍋に入れ、そこに配給された水を注ぎこんで火を付けた。煮えて来ると油が水面に浮かび上がり、瞬く間に鍋の中身が濁った。
全員が恐る恐る手を伸ばし、掬って飲んだ。食道を通り、五臓六腑に染み渡る温かさに自然と涙が流れた。立ち込める湯気と匂いが貧民達を引きつけるのも無理はない話で、彼らは残飯を煮込んだシチューを振舞った。
「美味い。俺、肉を食ったのなんて生まれて初めてだ」
「温かい」
その光景にアヴァンは胸に込み上げる物があった。誰からも感謝されずに戦い続け、仕えた相手はさっさと逃げ出した。だが、今ここには皆の笑顔がある。
「おい、こっちは甘そうなやつを集めてみたんだ。砂糖を入れてみようぜ」
「じゃあ、こっちは塩だな」
煮込んで肉質の硬くなったハンバーグに一つまみの塩を振りかけて口に放り込んだ時、その美味さに再び涙がこぼれた。隣を見ればカミュが色取り取り野菜を選りすぐったシチューを作っていた。
捨てられた残飯達が形を変え、誰かの元へと届く。まるで、今日までの自分を見ている様で。アヴァンは自らの心が満たされて行くのを感じていた。
~~
幾星霜の月日が流れた。地球に管理されるようになったコロニーでは、かつての戦争の爪痕は形も残っていなかった。福祉が機能し、誰もが文化的で健康的な生活を送れる社会が形成された中で、アヴァンはかつての同僚達と一緒に清掃会社を営んでいた。
「アヴァンさんの会社には、障碍者雇用も含め。非常に助けられています」
「なに。このコロニーを良くしたいって言う、一住民としての願いですよ」
対面している相手は、このコロニーを代表する議員であった。そんな彼が態々アヴァンの会社に足を運んでいる。
「最近。コロニー間ではエコ活動が尊ばれている。物資的に豊かになった昨今、君達が見ている現実を聞きたい」
「そうですね。最近は食糧の廃棄が非常に多いですね」
「飽食の時代とまで言われていますからな。何かアイデアは無いかね?」
ふと、アヴァンは室内に飾られている写真を見た。今は亡きアルルカンを中心に写された、残飯屋の集合写真だった。
「消費期限や賞味期限の近い物を集めて配給するシステムとかどうですか?」
「ふむ。対外的なアピールとしては良いね」
「もしも実用出来る様なシステムが構築できた時には。この取り組みの名前に『アルルカン』ってつけて貰えませんか?」
「確か。君達を率いていた方の名前だね?」
「えぇ。全てはそこから始まりましたから……」
提案されたアイデアは、やがて廃棄食糧の削減という結果を出して行った。
結果として、仕事が楽になった事に対してアヴァン達は苦笑いを浮かべた。
残飯市中 ゼフィガルド @zefiguld
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