第250話 エピローグ
7年後。
駒井病院の駐車場に車を停めた友里と優は、予定通りの時間に紀世の病室へ行くと、個室には、弟の駿がいた。
駿はまず、優と友里にてきぱきとジュースを配るので、ふたりは苦笑した。
「すっかりおじさんの様相だね」
「見ましたー?!マジでかわいい俺の姪っ子天使」
興奮気味に叫ぶので、優と友里は微笑み合って、たっぷりとガラス越しに撮ってきた、コロコロと小さく真っ赤な天使の写真を見せた。
コロナ禍で、お見舞いも憚れるが、人数制限で今日この日のみ、優と友里ふたりそろって、紀世の出産祝いに駆けつけることが出来た。
「まさか、元子宮がん患者に、子どもができるとか、わけわかんないですよね。親から完全に逃げ切って、彗さんと結婚してから産むとか、尊敬だよ」
「兄が言っていたけど、命がけだったでしょう。紀世さんは、本当にすごい」
看護師に連れられて、車椅子で戻ってきた紀世が、優と友里に手を振る。
「マスクしてても美人だねえ」
優にそう言うので、優ははにかむ。高校生の頃の額の怪我は後遺症もなく、すっかり綺麗になくなっている。
「出産、お疲れさまでした。おめでとうございます!体調は大丈夫?」
友里に言われて、髪をショートにした紀世はひとしきり喜んだあと、たくさんいる友達の誰1人も気軽にお見舞いに来れない状況に、寂しすぎてつらいと愚痴った。
「本当に……今はひどい日常だよね」
優は、医療従事者としてため息交じりに言った。
「ふたりはこっちに戻ってきてるんだっけ」
駿に問われて、友里は頷いた。
「今は、優ちゃんのお家に住んでるよ。リフォームしてもらってあって、わたしも小さなお店を開業しました」
そう言って、友里は駿に名刺を渡す。「縫製工房 KUKKA」と書かれた名刺をうけとった、駿はすぐに「10着お願いします」と言った。
さすがに友里はお世辞ととらえ断りを入れたが、駿はお世辞ではなく、友里の作った服を日常に新しく加えたいと食い下がった。友里も、仕事として受け取り、見積もりなどをメールするためにアドレス交換をした。その様子を朗らかに見ていた紀世は、優と友里に笑顔を向けた。
「友里ちゃん達の結婚式までには、退院するからね」
友里と優は顔を見合わせて、ふたりして笑った。
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その日は、快晴。
真っ白いチャペルに集まったのは、高校時代の友人たち、それから優と友里が進学してから出会った友人、50人ほどで、親族と共に、教会の椅子に並んでいた。椅子の両脇にリボンが引かれ、いよいよ主役ふたりが、入ってくる時間だ。
「やっぱり海が見えるチャペルにしたかったなあ」
芙美花が黒のドレス姿で、同じくタイトな黒いドレスを着たマコに言うと、マコは苦笑した。智宏はすでに感極まって泣いていた。駒井家長兄の晴や、3男の星は、姪っ子を抱いて、彗と紀世、それから駿も親族席に参列している。友里の父親は祝辞のみで、2人の門出を祝った。
「ヒナのドレス、素敵」
高岡朱織が、友人代表席に座り、友里が作ったドレスをリメイクした黄色いドレス姿の柏崎ヒナに言う。
「朱織も、濃紺のドレス、似合ってる。とっても綺麗」
「友里が絶対これをって、忙しいのに作ってくれたから……。ヒナと少しデザイン似てる気がしない?」
首をかしげる高岡に、まだ片思い中のヒナは友里の演出にすっかり慣れきっていて、「どうしてだろうねえ」とニコニコした。高岡は、夢を叶え、バレエスクールの講師になった。ヒナは、柏崎写真館から独立して、写真を撮りつつ、花火師になった。このコロナ禍で夕食を一緒に食べたいという理由をヒナが付けて、一緒に住むようにはなったが、恋人同士にはまだなっていない。
「……いつだったか友里にね、私を信用してないって怒ったことがあったの」
高岡が高校時代を懐かしむように、そっと言う。
「懐かしい」
「友里から聞いた誉め言葉を、駒井優が欲しがってるからってそのまま伝えたりしてね。私は、友里の良い所を駒井優に伝えただけだから、全然問題ないと思ってた。今になって、友里が、当時、どうして内緒にしたがったのか、わかったわ」
高岡は、ヒナをじっと見つめた。高岡が、なにか考え事や不安を抱えていると、(そばにいるよ)とばかりにヒナが手を握るのは、すでにルーティンになっていた。くすりと笑って、言葉をつづけた。
「だってすべての表情を、私だけのものにしたいのよね。恋は」
ヒナの手を握り返し、戸惑いがちに「?」という表情をしたヒナを見て、高岡は「なによ、その顔。初めて見た」と笑った。
「まだ始まらない感じ?」
岸辺後楽は美容師になって、恋人の綾部カササギの経営するネイルサロンで腕を振るっている。乾萌果は、webデザインを手掛けている会社で、ホームページを作っている。岸辺鈴鹿とは、恋人になったが、鈴鹿が突然インドのIT企業に就職してしまったので、3年ほど逢っていない間に3回別れ、4回目の恋人関係に戻っている。
「あいつ私のモーニングルーティーン動画にいきなり10,000円のスパチャするから、ブロックしたんだけど、何個もアカウント作るから追い切れない」
妹の後楽に4度目の別れの危機を愚痴るが、なにもできない後楽は笑うしかない。
国見真智子と、関怜子は、見違えるように痩せた真智子の手をつなぎ、紫のお揃いのドレスを着て参列した。怜子がほほ笑んだ。国見の親から逃れふたりで小さなアパートに暮らしていることを優にだけ知らせてきたので、優が招待した。幸せそうだ。
タキシードスーツを着ている姿を紀世に見せたくて手を振るが、なかなか気付いてもらえない蔦木を、小波渡が諫めた。
黒いスーツ姿の柏崎キヨカが、出席者たちに、ふたりへのお祝いメッセージを撮るために奔走している。ウェディングフォトを手掛けているので、何人にも見えるようだ。羽二重真帆も、協力して、披露宴までに動画を作り上げる。村瀬と、望月がそれの手伝いをすると言い出したというのに、毎度ケンカの様になるので、真帆が止めて、良い子になっていた。
村瀬はチャコールグレーのスーツにブーツを合わせて、望月は裾の広い青いドレスを着ている。ふたりでその格好でバイクに乗ってきたので、参列者全員に無謀だと怒られた。
日野茉莉花と、Avaは、敬虔なクリスチャンなので、お祭り騒ぎのようなチャペルに驚いたが、それはそれで3年ぶりに日本に来た甲斐があって楽しいと浮かれている。クローデッドがずっとお通夜状態なので、それも楽しんでいるようだ。最後まで、クローデットは真っ白いドレスで参加する予定だったが、ふたりに止められて、緑色のドレスで美少女ぶりをアピールしている。
「優が結婚するなんて信じられない……!!友里の泥棒猫!」
言いながらも、ふたりの結婚を祝っていることは茉莉花にはわかって、養女として正式に迎えた、娘の頭を撫でた。
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花嫁待機所、友里は自分の支度が済むと同時に駆けだして、優が待っている場所へ飛び込んだ。
「優ちゃん!綺麗!!!すてき!!!!!!」
友里が仕上げた、総レースのベールに包まれた優が、淡い光の中に微笑む。
プリンセスラインのウェディングドレスは、これでもかとパニエが広がり、裾まで細かなビーズが縫い込まれている。上半身のビスチェは絹、総レースのロングスリーブに、首元から手首まで愛だけを囁いている花の細かな刺繍がなされ、糸自体が光り輝いている。
「優ちゃん、髪……!」
友里は、普段のショートカットではなく、腰までのロングヘアになっている優に、目を輝かせた。予定では、普段通りのショートカットに大きな白い芍薬を飾るだけだったが、長い黒髪が光り輝いていて、友里はその小さなサプライズに、驚きを隠せなかった。
「さ、サプライズは苦手って!!ずっと言っていたくせに!!!わたしだけのお姫様はこれだから!!でも好き!大好き!!愛してる!!!」
怒りきらない友里に、優は苦笑した。友里が喜んでくれると思っていたそれ以上の喜びを見せてくれたので、はにかむ。
「さすがに今日、この格好でおばけには見えないでしょ」
「はああああん。すてき……神さま……!優ちゃんは光の女神だね、どこから見ても、今空から降りて来たの?大丈夫?歩ける?羽が隠しきれてないよ、はあホント、内側から輝いてるみたい。抱きしめていい?ああでもこのまま光の粒になって、消えたら困るから、触れないっ。でも触っちゃう!」
ぎゅうっとお化粧が付かないように顔を背けて抱き着く友里に、式場のブライズメイドたちがくすくすと笑いながら、Aラインのドレスに身を包んだ友里のすそを気にするように手助けをした。
「友里ちゃんも、とてもきれい」
優に言われて、友里もはにかんだ。友里は優のものだけではなく、自分用のウェディングドレスを作った。仕事を請け負いながら2人分だったので、1年半もかかったが、それでもようやく満足のいく出来になったので、優の前でくるりと回った。
Aラインのドレスは、シンプルに絹地で、ビーズ刺繍などはなく、ロングスリーブに優と同じブルースターの花をちりばめた刺繍を白い色でしてある。背中の傷は、結局手術で消えることはなかったが、刺繍で綺麗に飾り、友里は肩や背中を大きく出したドレスを着ることにした。傷は、隠すものではないと思ったからだ。
髪は長く結い上げ、そのまま上にまとめて、羽の飾りで覆った。友里のドレスは優がデザインしてくれたもので、友里も気に入っている。
「いつか、ふたりで誓いあった時に、シーツで作ったドレスを思い出した」とはにかんだ優がとても可愛いく、友里は眠気に負けるたびに、それを思い出して奮起した。
式場へ案内する声が聞こえて、友里は優の手を取る。優が、友里の腰に手を回して、立ち上がった。ヒールがぐらりとして、優が友里を支えにした。
「あ、結構重い」
「大丈夫?頑張って軽くしたんだけど、体力もつかな?なにしろはじめてのウェディングドレスなので……!」
「そのために今も走ってるし、大丈夫だよ」
優が自分の作ってくれたドレスを着てくれたことにジンと感動がみなぎって、友里は優を見上げた。
「優ちゃん、ありがとう、わたしの夢を叶えてくれて。これからも、ずっと、わたしのはじめてを全部優ちゃんが、貰ってね」
友里が言うと、優は友里の手を取って、はにかんだ。
「友里ちゃんはいつでも、わたしの夢を叶えてくれるから……」
「なあに?優ちゃんの夢って」
優は美しくはにかんで、友里に告げる。
「友里ちゃんが、一緒にいたいと言ってくれる限り、ずっと一緒にいたいです」
友里はポカンとした。(一緒にいたくないと、言うわけがない)と友里は思ったが、にやりといたずらっ子の様に優を覗き込んだ。
「わたしが一緒にいたくないって言ったらどうするの?」
「その時は……わたしらしく、どんな手を使ってでも、友里ちゃんを奪おう」
「うん!さすが!優ちゃんは淑女なんだから!」
友里の言葉に、優は美しい眉をしかめた。
「友里ちゃんの淑女の基準、やっぱり普通と違うよね」
「優ちゃんはわたしの、たったひとりの淑女。わたしだけの優ちゃん!」
優はハッとして、長年の疑問が解けたように「なるほど」と言って笑った。”淑女”という一般的な”品位のある、しとやかな女性”ではなく、優の資質に対して言っていたことに気付いた。友里も笑った。
ふたりで、赤いふかふかのじゅうたんの上を歩いているうちに、ドキドキが止まらなくなってきて、友里は、いつものように少し下品な冗談を言いかけるが、さすがに(今日この日は)と、口を噤んだ。
「ふたりは、永遠に幸せに過ごしました」
「ん?」
「きっとこのあたりに、そういうテロップが出てる、いま」
友里が腰あたりを指し示して、優に淡くほほ笑んだ。
「まだいろいろあると思うけど」
「それも楽しも!!終わったら、幸せだったね!ってふたりで」
「さすが友里ちゃん」
真っ白いドレスに身を包んだふたりは、見つめて、微笑み合った。
会場のドアを開けた。
光の中に、一歩踏み出す。大勢に囲まれ、拍手の中、愛を誓いあう。喜びも悲しみも、光も闇も全て、愛情に変わっていく。
口づけを交わして、その日一番の笑顔をみせた。
そしてふたりは、どんな時も、お互いを想いあい、永遠の幸せを感じながら、日々を過ごした。
終
幼馴染は王子ではなく淑女です 梶井スパナ @kaziisupana
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