第249話 あいしてる
1週間後、学校。久しぶりに登校した優が額に怪我をしたニュースは、校内を駆けまわった。
「王子、怪我しててもかっこいい……!」
「でも顔だよ!?包帯姿も、絵になるけど」
「自分で転んだとか」
「え~~、うっかりなとこあるんだ!そんなとこも素敵!」
ざわめく人並に押されながら、友里は廊下を歩いた。
「荒井さん、王子の容態、聞いてる?」
突然知らない女の子に声をかけられて、友里は挙動不審になってしまう。
「幼馴染なんだし、絶対知ってるよね!?」
「心配してるって言っておいて、これお見舞い!」
どさりと購買で買ったらしいお菓子や手紙などを渡されて、友里は戸惑う。今まで、優の幼馴染としてニコイチ扱いをされたことが少なかった。
「うん、ありがとう!」
お礼を言って、女生徒たちに手を振り、廊下を弾むように走って教室へ戻ろうと角を曲がった。
すらりとした足が伸びてきて、友里はその足に当たりそうになった。
「ねえもしかして、駒井さんと、付き合ってる?」
見たこともない、女生徒だった。ギラリと睨まれて、友里は戸惑った。
「ハイハイ、先輩。こんなとこにいたんですか~?いやだな、待ってたのに」
村瀬の声がして、女生徒は後ろを振り向いた。
「え、村瀬くん?」
「そうです~、遊んでほしくて、待ってたのに」
友里がびっくりしていると、望月に腕を引かれて、ササっと廊下の端へ連れて行かれた。友里は小さな望月の背中を、見つめる。望月に連れて行かれた先に高岡もいて、友里はホッとした。
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「友里先輩!おふたりが、お付き合いしてるってすっごい噂になってます」
「え?」
「友里を駒井優がおんぶして帰った後1週間も休んだからよ。一番ひどいのが、あの後、友里が駒井優に怪我をさせて、お付き合いを承諾させたものね」
「えええ……!?」
高岡と望月の説明をうけ、あまりに突飛な話に、友里は思わず苦笑してしまい、高岡に「真面目に」と怒られた。
「私を、どうして現場に呼ばなかったの、あの駒井優は!」
脚本・立案の高岡朱織は、優にふつふつとした怒りを込めて叫んだ。
「だって、朝5時だったんだよ」と友里は言うが、それでも高岡は聞かなかった。
「本当にけがをする馬鹿がどこにいるのかしら……!華麗によけろって言っておいたのに!」
「最初はよけたんだけど、破片が」
友里が、高岡の怒りをなだめるのはこれで4回目だった。優はもっと叱られている。高岡のやさしさに、ふたりとも感謝するしかない。
「……まあ、悪しざまに言うモノにはきつい罰を与えたわ」
高岡が何をしたのか、友里は想像もつかなかった。
「素敵な噂もあります!優先輩が暴漢に襲われたところ、友里先輩が華麗にキックをかまして、優先輩が惚れちゃった!ってやつです。でも今まで優先輩が隠しきってきた、友里先輩への恋心が白日の下にさらされたのはやっぱり悲しいです」
泣き出しそうな望月の背中に、村瀬が戻ってくるとしがみ付いて、笑う。
「いや、元々、全然隠す気ねえって、あのひと。ただ友里さんを自分って言う壁で隠してただけだよ。急に隣に並ぶから、大騒ぎになるっつーのわかんないのかな」
女生徒の相手をした村瀬が、望月たちと待ち合わせていた場所に合流した。
「バレちゃったものは仕方ないです、まあ俺たちが守るんで、友里さんはいつもど~りにしててくださいよ」
友里はコクコクと頷き、2年生たちにお礼を言った。
「ありがとう」
「いえいえ、こうなる気がしてたんで、色々計画を立ててたんだよね、村瀬!」
「そうそう、ワックワクしてるから!大丈夫ですよ友里さん、とりあえず夏休みまで、のりきりましょ~!」
頼もしい言葉に、友里は胸が熱くなるが、高岡は冷めた目つきで見つめた。
「誰が誰と付き合おうと、関係ないのに……予想の上だったわ、友里ごめんなさい。おんぶぐらいと思っちゃったのよね、反省。なにかあったらすぐ言うのよ。ヒナも岸辺さんたちも、味方だから」
高岡に言われ、友里は少し涙ぐみながら、力強く手を振った。
「そういえば、村瀬さん、背が伸びてない?」
「友里さん♡わかります!?170cmになっちゃった!やったね」
「ええ~、わたし150cmのままなんだけど!」
望月が村瀬に対して、「ずるいずるい、わけろ」と胸倉をつかむ。友里がくすくすと笑ったタイミングで、村瀬と望月は優の怪我の本当のわけを、友里に聞いた。
「私から話すわ。友里だと悪しく伝わりそうだから。友里はひとつも悪くないのよ」
高岡が友里を止めて、友里はぺこりと頭を下げた。
話を聞き終えた望月と村瀬は、「親は関係ない」と大合唱の気遣いを見せ、友里は苦笑した。
「優ちゃんに、傷が残らないっていうから、本当に良かった。今の技術ってほんとすごいね」
「友里さんの傷も、無くなったりするんですか?」
「え」
友里は考えたこともなかったことを言われ、「今度、優ちゃんのお父さんに相談してみる!」と村瀬に笑った。
チャイムが鳴り、望月と村瀬、高岡に付き従われて、教室へ戻った。すこしだけざわついている気がしたが、友里は岸辺たちに守られつつ、いつも通り授業を受けた。
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”放課後15分”の為に待ち合わせした優と友里だったが、あまりにギャラリーが多く、今日は断念せざるを得なかった。アルバイトへ向かうため優と友里は駅へ向かったが、生徒たちが鈴なりについてくるので、優がくるりとそちらへ振り返った。
「みんな、お家とは逆方向でしょう、心配だよ」
優が問いかける。ざわざわとするだけで、なにも答えないので、友里に向かって、優は「ごめんね」という顔をした。
「そのけがは、荒井さんを助けるために、負ったの?」
電車にまで乗ったのは3人だけで、優にとも、友里にとも取れる質問に、友里が振り返った。
「そ……」
友里が言いかけると、優が友里を制止した。
「ううん、誰のせいでもないよ。事故だから。心配してくれてありがとう」
優が言うと、女生徒はうつむいた。それを聞きたくてずっと優に付き添っていたそうだ。
「もう痛くない?」
「痛くないよ、ちょっと切っただけ。大げさだよね。でも傷跡が髪にかかると治りが遅くなっちゃうから、傷跡が残らないためだよ」
「どうして1週間もやすんだの?」
「熱が引かなくて」
一問一答のような状況になっていて、友里は優を見上げた。1日、同じ質問攻めにあっていたようなのに、優は誰にでも平等に、柔らかで穏やかな態度で答えているようだった。(やっぱり淑女だなあ)と友里は思った。
「荒井のこと、好き!?」
周囲がざわめいた。友里も、動揺して、カバンを強く抱きしめる。
「うん、大好き」
「……っ」
優の言葉に、友里は戸惑った。それを言って大丈夫なのか、ハラハラしてしまう。
「荒井は、どうなん!?」
「え、え、す、好きです!!」
真っ赤になって答えると、辺りからも「私だって好きだし」という声が響く。
「付き合ってるの?」
友里は血の気が引いた。もしも、優が頷いて、優に対し寛容な者たちでも(荒井を好きな優は気持悪い)と言われたら、どうしようと思った。自分はどうなっても良いから、優が傷つかないといいと思った。
「うん、お付き合いさせてもらってるよ」
優が満面の笑みで言うので、友里はぎゅうっと目を閉じた。
「!!」
空気が、一瞬、消えた気がした。
「おめでとうございます」
まったく関係ない、乗り合わせただけの他校の女生徒が、拍手をした。周りにいた女生徒たちも、その女生徒を見た。対面に座っていたサラリーマンが、一緒になって拍手をした。
「おめでとう!」
ふたりきりの拍手だったが、友里は目が眩むほどまばゆい光を見ているような気持ちになった。優を見上げた時のような、光に溢れていて、思わず涙がこぼれた。
「優ちゃん、大好き」
「うん、わたしも大好き」
確認し合う様に呟き、そのまま見つめ合った。
「まあ、駒井くんはずっと、荒井さんが大事って言ってたもんね」
「だから、わたしたち、荒井さんに手出しできなかったし」
「そうそう、何気に荒井さんもこっちに気遣ってくれてたしねえ」
「でも、沖縄で走って逃げたのムカついたけど」
アハハと笑いあう女生徒たちに、友里と優は彼女たちを見た。沖縄修学旅行で、一緒にいた子たちだ。
「もしかして、駒井くん、結構長い片思いを実らせたってこと?」
「うわ、おめでと」
「良かったね、友達って思われてるの、つらくなかった?」
優を座席に座らせて、両脇に座って、いつも通りしな垂れかかって問いかけてくるので、優は「うん」と頷いた。
「え、やだカワイイ!!」
「かわいい、まっか!!」
友里が、彼女たちの顔を見つめた。
「待って、わたしを可愛いっていうの、友里ちゃんの前では、待って……」
優のか細い声は、彼女たちには届かない。彼女たちの名前は、
「お、王子だと思っていたんじゃないの?」
友里は、3人に問いかけた。
「えー、駒井くんは、そりゃ完璧理想の王子だけど。でも可愛いよ。駒井くんがそんなふうに照れた顔するの、初めてじゃない!?」
「恋バナきかせて!?うちらも恋人の話したい!」
「え~~、駒井くん、恋する乙女だあ!?かわいい」
「優ちゃんかわいいよね!?」
耐え切れなくなった友里が、握りこぶしを作って言うと、彼女たちも頷いた。
「かわいい」
ついに念願の、”かわいい”を頂いて、友里は身もだえした。
友里は今日は持ち合わせのない、「優ちゃんかわいい同盟」のワッペンバッチを作る約束をして、電車を降りた。
「友里ちゃん……。いや」
「ん?」
アルバイトへ行きがけに、優に言われ友里は見上げた。
「優ちゃん、皆にお付き合いしてるって言ってくれて、嬉しかった」
「……学校で、顔も見たこともない人たちには、ちゃんとごまかしたけど。小峰さんたちは、ずっと……それこそ、中学校からのお友達だから」
「そうなんだ、全然知らなかった!仲良しさんなんだね」
「うん、修学旅行で一緒のお風呂は拒否されたけど……」
「……」
しばし黙り込む。
同性愛であることや、優の評判などを気にしてしまう自分を、友里はどうしても隠し切れなくて、優に言いたくなるが、グッと黙り込んだ。
「友里ちゃん、後悔している?」
問われて、友里は「わたしが聞きたいよ」と言ってから、優をじっと見つめた。
「何度聞かれても、優ちゃんを好きって気持ちは、後悔しないよ。何度でもはじめてを一緒に経験して、この日を思い出して、嬉しいってなる。もしかして、少しだけ成長してて、もっとうまくできたかなとか、思うかもしれないけど、いつだって今できる、いちばんの方法を、優ちゃんと重ねていきたい」
「友里ちゃんは、本当に強いな」
優に言われ、友里は手をぎゅッと握った。大好きのサインをして、優を見上げる。
「わたし、きっと友里ちゃんを何度も、何度も不安にさせる」
「……」
友里は、言いかけた言葉をのんで、優を見つめた。
「それでも、わたしを、好きでいてほしい」
「うん」
「わたしは、友里ちゃんだけを、愛してるよ」
「それ……」
友里は、うつむいて、足元を見つめて、立ち止まった。
「わたしこそ、愛情の意味とか、大きさに押しつぶされそうになって、そんなわけないとか思いこんで、自分を過小評価して、ふざけて、優ちゃんの想いまで、否定するようなこと言うかも。いつだって優ちゃんを理由にして、優ちゃんが困るくらい……そうケガさせたりして」
ちらりと、ガーゼの痕を見るが、優がふわりとほほ笑むので、自分の中で折り合いをつける。
「──振りまわしちゃう。そんなわたしでも、好きでいてくれるのかな、優ちゃんの、特別でいさせて、くれるのかな」
優は、答える代わりに友里を抱きしめた。
道端であることに気付いて、慌てて逃げようとした友里を、ぎゅうっと、優は力を込めた。友里が壊れるのではないかと、いつも怖がってしまう優だったが、強く抱きしめた。その思いに答えるように、友里も優を抱きしめた。
「愛してる」
ふたりは、心を込めて言葉を贈り合った。ぽつぽつと雨が降り出したが、それに気付かず、しばらくふたりは、抱きしめ合ったまま、離れることが出来なかった。「ひとつ」になる意味が、わかりかけた気がした。
「いろんな問題も、これからずっと一緒にいる人生で、解決していけばいいよ」
「そのたびに、ケンカして話し合って」
「けんかはいいよ、さみしいから」
「淑女……!」
笑いあった。
雨脚が強くなり、ハッとして走り出す。
ふたりは、それぞれに走り、初夏の雨から身を守った。軒下に隠れて、くすくすと笑いあい、互いのアルバイト先へ向かう。そして待ち合わせをして、雨の上がった星空の下、いつものように手をつないで、一緒の家に帰宅した。
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