第248話 愛されたようにしか愛せない
部屋に戻って、友里は、素直に横になってくれた優の髪を撫でた。
罪悪感が押し寄せては、波のように胸で唸る。優の為ではなく自分のために、優が背負った傷を思い、涙をグイと拭いた。
「優ちゃん、お父さんがごめんね。わたしのせいだ」
「友里ちゃん、お父さんがしたことは友里ちゃんには全然関係ない。謝らないで」
「でも」
「違うよ、暴れたのは、本人が暴れただけ」
「……」
「お父さんと、友里ちゃんは別の人間だから、友里ちゃんは、お父さんのことを、大事に思っているかもしれないけれど、切り離したって、誰も怒らないよ、愛さなきゃダメなんだと、思わなくたっていいんだよ」
優が見つめる。友里は、戸惑って、言葉の意味をかみしめた。
「愛さなくて、いい……?」
「そう、愛さなくて、大丈夫。気付くのが遅くなってごめんね。自分がそうだから、友里ちゃんを、愛して、愛されたいってみんな思うって錯覚してた」
優が懺悔をするように瞳を閉じて言うと、ゆっくりを瞳を開いて、友里を見上げた。友里が、止まらない涙のまま、また小さな声で、「ごめんなさい」というと、優は神様に懇願するように、手の指をお腹の上で組んだ。
「愛してるよ」
友里はぽたぽたと涙を流した。
「愛される、資格なんてないんだよ」
「どうして、そう思うの……?」
優が心底不思議そうに聞く。友里は、麗しい優の瞳に耐え切れず、顔を手のひらで覆った。
「人は、愛されたようにしか愛せないんだって芙美花さんが言ってた時にね、ぼんやり気付いたの、……わたし、お父さんをどう愛したらいいか全然わからないのは、愛されてないからだって、自覚するのが怖かったからだって」
優に言って、友里は涙を拭いた。目の周りを赤くしながら、優に言う。
「だから、優ちゃんを好きって思うたびに、これは本当の好きなのかなって疑っちゃったり、優ちゃんが大好きって言ってくれる度に、こわくて不安に思うのは、あんまり貰ったことがないもので、わたしが、なにを返せるんだろうって気持ちが、色々ごちゃ混ぜになっちゃってたからで」
「うん」
友里の声にうっとりとしながら、優は友里の言葉を聞いた。
「友里ちゃんが欲しがった以上の愛情を、わたしから貰えて、戸惑ったってこと?」
優に問われ、友里はコクンと頷いた。
「友里ちゃん……この計画はね、高岡ちゃんが考えたんだよ」
「え」
「そして尾花姉弟が、お父さんに大きな家を提供して、8月に引っ越し、東京転勤を打診して、夏休みに友里ちゃんのお父さんの目を覚ますような話し合いをしようって決めてたんだ。わたしが、友里ちゃんのお父さんに一発貰うぐらいの、過激な脚本」
友里は戸惑って、あわあわとした。
「高岡ちゃんは『一発殴られるふりで華麗に避けなさい』って譲らない。まさか、こんなに早くこっちに来るとは思っても見なかったから、高岡ちゃんの分のセリフはわたしが言ったけど……。でも友里ちゃんを大好きな、うちの親がいてくれて、正直助かったね」
優の声を聞きながら、友里は、またパタパタっと涙を落とした。
「みんなの愛情は、友里ちゃんが、みんなを大事にしたからでもあるけど、そのお礼ってわけじゃないんだよ、友里ちゃんがそうであるように、みんなだって、したくてしてるんだよ」
友里にわかりやすい柔らかな言葉で、優が話すたび、友里は胸が暖かくなる。優の愛情が、たくさん胸に刻まれている。優はいつでも、友里に愛を教えてくれていた。
「友里ちゃんはみんなに愛されてる。これはわたしのひいき目じゃなくてね」
「……みんなが、優ちゃんが、やさしいから。優ちゃんのやり方を、真似してるだけなの」
「友里ちゃんに、救われている。だから、救われる側になることに、怯えないで」
「救う価値なんて、ないのに」
友里が泣いて自身を責める。
「あるよ。あるんだ。友里ちゃんはわたしの感情って言ったでしょう。友里ちゃんが、悲しいと、わたしも悲しいまま。わたしの中の、醜いモノも、そのままなんだ」
友里は、戸惑いがちに優を見つめた。優の中の醜い化物、──それは、愛する意味に怯えているものだ。
「今度は、わたしが友里ちゃんの傷を、消させてよ」
「……優ちゃんのため?」
「友里ちゃんは、わたしのためだったらすごいパワーがみなぎるでしょう」
「そうだよ。誰にも、負けないんだから」
友里は微笑むと、優の唇にキスをした。
「ありがとう優ちゃん。──でも優ちゃんが、怪我をする必要なんか、ないよ」
「いやこれは、完全に事故」
優は、苦笑して額を隠すようにした後、友里に手を伸ばして、頬を撫でた。
「情けなくて……ごめんね」
「ううん、全然。優ちゃんはいつでも、麗しくて、素敵」
友里は泣きながら、「へへ」とはにかんだ。優は、友里の頬に残る涙を拭いた。
「いまでもあの日の、小さな友里ちゃんの手のひらを、掴む夢を見る」
「……優ちゃん」
「「びっくりした」って、友里ちゃんが笑って、駿くんが「ごめんなさい!」って泣いて、重義が、「映画みてえ」って叫んで。そのまま、ひき離れることなく全員が友達のまま、紀世さんだって一緒に遊ぶこともあっただろう、そんな……日々の夢を」
「優ちゃんは、悪くないよ」
「うん……わかってる」
優は友里の表情が、紅潮して曇ったことを感じ、空気を壊すようにくすりと笑った。
「それでもね、そんな日々だったとしても、わたしは友里ちゃんに片思いをこじらせてしまう気がするよ。駿くんに揶揄われるんだ、自分は重義と付き合っておいて、「殿下は渡さない」とか、高岡ちゃんと共闘して言うかも」
友里も優の柔らかな空気に包まれるように、話題に乗る。事故で失った全てを、取り戻すのは、無理だと、ふたりともわかっていた。
「もーっと早く、恋に気付いて、色んなとこをもっとラブラブで過ごしたかった」
「あはは、これから何十年も、あるのに?」
「うん、そう。どんなことがあっても、結ばれるの。お互い、お姫さまでも王子さまでも、勇者でも魔王でも、魔法使いにでもなって!その時々にあわせて、戦って、のりこえて、最後はハッピーエンド」
ふたりは、しばし無言になった。
優の熱っぽい瞳や、頬の赤み、唇は薄く開かれ、吐息が色っぽく、友里の指先を、少しずつ弄んでいる。手のひらをぎゅっと掴んで、あの日の夢を叶えるように、ぐいと、優は友里を胸に抱いた。
優が唇を誘う。友里も瞳を閉じて、そっと唇が触れあった。
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友里がてきぱきと優の服を脱がすので、(構造を理解していると早いのかな)と思うが、それでも、すこしだけ恥ずかしい思いがして、友里を見つめると、友里がにこりとほほ笑んだ。
優はあっという間に、紺色のパジャマに着替えさせられた。
「……友里ちゃん?」
優が問いかけるが、友里がさっと優の熱を測る。39度を超えていた。
(怪我のせいだ)と思っていると、友里がパッと立ち上がって部屋から出て行く。優にとっては瞬間移動したのではないかという速さで「氷枕つくってきた」と言って戻ってきた。優は友里がいない間に、うつらうつらとしていたようだった。優の枕を、氷枕に変更するために一度友里の胸に抱かれ、優はうっとりした。
「大丈夫?安静にしててね」
「ん、友里ちゃん」
友里がなにかいっているらしい声を聞きながら、優は、もう考えるのもおっくうになって、友里の手をぎゅっと握って、「好きだよ」と言って眠りについた。
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ぼうっと目を覚ますと、優は、調光のみの部屋の中にいた。頭がガンガンとする中、氷枕の氷はすっかり解けて、エアコンの音が静かに鳴っていた。
ふにゃりと左手に、柔らかな手のひらが感じられて、そちらを見ると、友里が、手を握ったままうつ伏せで眠っている。
時計を見ると深夜11時。火曜の夜だとはっきり分かった。
手をつないだまま、なんとか枕元にあった体温計で熱を測ると、微熱になっていてホッとした。
「優ちゃん、体調は大丈夫?」
「起こした?ありがとう」
「優ちゃん、ぼんやりしててビックリしちゃった。覚えてない?病院も付き添ったんだよ。脳も骨も異常はないって。家に帰ってきたら、わたしの手をぎゅって握ってね、「好き」って言って寝ちゃって、本当にかわいかった」
自分のおぼえていない1日を友里に説明されて、優は目をぱちくりとして、慌てた。
「手をつないでいてくれたの?寝ていれば治る時とかは、放っておいて良いんだよ」
「今日は怪我もしてたし、一緒にいたい時はいいの」
ぷうっと頬を膨らませる友里を(かわいい)と思ってから、優はベッドに横になった。優は、ぼんやりする頭のまま、友里を胸に抱きたくなって、両手を広げた。友里が、躊躇してから、着ていたパーカーを脱いで、キャミソールと短パン姿になると、優のベッドへ入って、布団をきちんとかけて、優を抱きしめた。
「優ちゃん、今日は本当にありがとうね」
はちみつ色の瞳に、涙が溜まっていて、これ以上の涙はいらないと思いながら、優は瞼に口づけをした。
「ん……」
「友里ちゃん、好きだよ」
「……っ」
瞼に、耳に、首筋にキスをする優を、友里はそっと抑える。
「待って、あの……お父さんたちだけどね」
優は、もう友里の父親に興味がなくなっており、どうでもよかったが、友里の言葉を待った。
「憑き物が落ちたみたいに、たくさんお話をしてくれたよ。わたしが、死んだと思い込んだきっかけは、お母さんが後期流産になりかけた時から。なにがあっても動じない、立派な父親になろうとして、疲れちゃったんだって」
優は淡く頷いた。
「わたしが幸せになれるわけがないって思っていたから、目をそらしたかったのに、目をそらしているほどに、わたしがしあわせそうで、眩しすぎたって言ってたけど、やっぱり、意味わかんないよね、わかんないままでいっかな、とも思う」
「友里ちゃんがまぶしすぎるのは、少しわかるよ」
優がぼんやりと答えるので、友里は「それはわたしのセリフ」と言った。
「それで、近くにいるとわたしの幸せを壊しそうで怖いから、今後は、メッセージのやり取りだけはすることは、約束して、大阪に戻ったよ。警察には通報しないって、わたしを犯罪者の娘にしたくないからって芙美花さんが」
「それはわたしも同意」
優に申し訳ないような気持ちで、友里がもう一度ぺこりと頭を下げた。
「ごめんなさい、そしてありがとう」
優は友里の額にキスをした。優は、友里を見るために一度目を開いたが、またつぶって、そのまま話し出した。
「大阪はいい土地だし、お父さんのことは関係なく、また行こうね。プロポーズの思い出の地だし、村瀬のおばあ様ともまた遊ぼう。大学だって専門学校だっていい場所があるし……本当にお互いに進路を選ぶなら、ちゃんとしよう。一緒に」
「うん!」
優と友里は抱きしめ合って、しばらくお互いの心音を聞いた。最初は穏やかだった優の心音が、どんどん早くなっていくのでくすくすと笑う友里を、優は照れつつ、ぐりぐりとあやすので、友里はとうとう大笑いした。
「ああ、ようやく、この笑顔を取り戻せた気がする」
「え、いつも笑ってたよ、優ちゃんのそばにいるだけで、わたしはうれしいの」
微笑む友里の頬を、柔らかく撫でた。
「……笑顔を、貰える立場にないかもって思ってたんだよ」
「優ちゃん」
友里がうやうやしく口づけをした。
キスだけだと思っていた友里だったが、胸をまさぐられ始めたので、優の腕を押しのけた。
「だめ、怪我してるんだから」
それ以上の言葉を発せないよう、優はくちづけをしながら、友里を押し倒して胸をまさぐった。言葉は喘ぎ声に変わり、ぐいと友里は優を押して拒否するが、優は微熱を帯びた体で、友里の体を撫でた。
「だめだってば!優ちゃん!」
いつもよりずっと強く、初めて否定されて、優は目を丸めた。そういえば友里が生理だったことを思い出す。
「優ちゃんの怪我が治ったら、いっぱい、いっぱいしようね」
友里がさらに強くなった気がして、優は笑う。
「はい」
優がいい子の返事をすると、友里が予約とばかりに、頬に羽が触れるようなキスをした。
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