【KAC2022】犯人刑事

ポテろんぐ

第1話 密室の謎を探れ!

 とあるマンションで起きた殺人事件。

 現場では男性が一人、何者かに刺されて殺されていた。

 警察が到着して、捜査を開始するが、すぐに暗礁に乗り上げた。目撃者も居らず、窓にも全てのドアにも鍵がかけられ、現場は完全な密室になっていたからだ。


「現場から逃走する人を見た目撃者は一人もいませんでした」

「しかも、現場は完全な密室だった。一体、犯人はどうやって鍵をかけて、現場を後にしたんだ?」


 あまりの無理難題に刑事たちは頭を抱えていた。

 その時であった。


「お困りの様ですな」


 そう言って、一人の男が現場にやって来た。

 刑事たちは、その男の姿を見て、驚愕する。


「あ、アナタはっ! 犯人刑事!」


 男の名は犯人刑事。

 事件を解決する探偵と事件を起こす犯人の二刀流で、業界を折檻する男である。

 この男が来たら、どんな難事件であろうと解決したようなものである。


 なぜなら、コイツが犯人だからだ。


「私が来たからには、事件はもう解決したようなものです」

「犯人刑事さんがいらっしゃったって事は、この事件の犯人はアナタと言う事ですね!」

「もちろんその通りです。この事件の密室の謎、この犯人刑事が解明して見せましょう!」

「それは心強い。犯人自らが事件の捜査をしてくれたら百人力だ」


 刑事たちは、犯人刑事が現れた事で安堵の表情を浮かべた。

 なぜなら、犯人はこの男である。犯人が自分の起こした事件の事を知らない筈がないのだ。

 よって、この事件は確実に解決するのである。


「ここからの捜査の指揮、この犯人刑事に任せて頂いても構いませんか?」

「もちろんです。犯人様、自らが捜査をしてくれるなんて、こんなに頼もしい事はありません」

「ありがとうございます。必ずや、私がどうやって被害者を殺したのか? 解明してみせます!」

「よろしくお願いします!」


 犯人刑事は早速、捜査を開始した。


 現場には血を流して死んでいる男性の遺体だ。

 そして男の背中にはナイフが刺さっている。


──どうやって私はこの男を殺したんだ?──


 犯人刑事は現場を眺めて考える。

 背中に刺さっているナイフがおそらく凶器であるのは間違いなさそうだ。


 犯人刑事は被害者が手に持っている物に目が行った。


「これはっ!」


 それはテレビゲームのコントローラーであった。その近くにはテレビゲームの本体、そして、そこから伸びたケーブルはあるものと繋がっていたのだ。


「これは、テレビ! と言うことは、これはテレビゲームだ!」


 テレビゲーム。

 そして、本体にはコントローラーが二つ繋がれ、一つは被害者が持っている。


「そうかっ!」


 その瞬間、犯人刑事は閃いた。

 恐らく、私は被害者の男と事件直前までゲームをしていた。そして、相手に負け続けた事にイライラして、包丁で被害者を刺してしまったのだ。


 犯人刑事はあっという間に自分が被害者を殺してしまった動機を推理した。


「凄い! まだ数十秒しか経っていないぞ!」

「さすが殺した本人! あっという間に動機を推理した!」


 しかし、分からない。


 犯人刑事は再び、渋い顔をした。

 現場は窓にも、玄関にも鍵が掛かっており、完全な密室になっていたのだ。


──私はどうやって、この密室から脱出をしたんだ?──


 犯人刑事は再び考える。

 これがこの事件の最大の難関である。

 逃走する自分を見たと言う目撃証言も無い。窓とドア以外にこのマンションの部屋から抜け出せるところは見当たらない。


 つまり、私がこの現場から逃げた痕跡がどこにも残っていないのだ。


 犯人刑事は頭を掻きむしる。


「分からない! 私はどうやってこの密室から抜け出したんだ!」


 いくら犯人本人だとしても、この密室トリックはあまりにも荷が重すぎる。


 しかし、その時、犯人刑事は着ていたトレンチコートのポケットに手を入れた。


「はっ、この感触は!」


 ポケットの中に手を入れると、硬いものが触れる感触があった。その瞬間、犯人刑事の頭に再び閃きが生まれた。


「分かったぞ! 私が使った密室のトリックが!」



 全ての謎が解けた犯人刑事は、今一度、リビングに刑事たちを集めた。


「犯人刑事。もしかして謎が解けたんですか?」

「ええ。今回の事件は正直、難題でした」 


 犯人刑事の返事に、刑事たちはガッツポーズをした。

 これで警察署に戻って、報告書が書ける。取り調べをする手間が省けた。なぜなら犯人自らがこれから報告してくれるから。


「では教えてください! あなたはどうやって、被害者を殺したんですか!」


 刑事たちの問いに、犯人刑事は一回、咳払いをした。


「今回の事件の一番の問題は『私がどうやってこの部屋から逃走したのか?』と言う事でした」

「それです! アナタはどのようなトリックを使ったんですか?」

「いえ。実は、そこが私の狙いだったんです」


 犯人刑事の言葉に刑事たちを顔を見合わせた。


「狙いだった? どう言う意味ですか?」

「私も最初分かりませんでした。自分がどうやってこの密室から抜け出したのかが」


 犯人刑事の意外な言葉に刑事達はどよめいた。


「犯人の本人が分からないトリックなどが、この世に存在するのか?」

「すげえ! この知能の怪物、一体、どんな凄いトリックを使ったんだ!」


 刑事たちは自然に犯人刑事から出てくる答えに期待が高まってしまった。犯人の本人が解けないトリック、一体どんな凄いトリックを使ったんだ!


「教えてください! アナタはどんな凄いトリックで、この部屋から脱出したんですか?」

「脱出した、と言う思い込みは、私の作ったトリックにまんまと引っ掛かった証拠です」

「なんですと!」

「なぜなら、私はこの密室から脱出する必要なんて無かったんですから!」


 なにっ!

 予想外の答えに刑事一同は驚愕した。


「どう言う意味ですか! だって、密室から逃げ出さないと外に逃げられないじゃ無いですか」

「その必要が無かったんです。その証拠を私のポケットに入っていた、コレが教えてくれました」


 犯人刑事は自分のポケットに入っていたある物を刑事達に見せた。

 その瞬間、刑事達が今一度、大きな声を出した。


「そ、それはっ!」

「そう。これはこのマンションのこの部屋の鍵です」

「なぜ、この部屋の鍵が、アナタのポケットに入っているんですか?」

「なぜ、私のポケットにこの鍵が入っているのか? そして、私が何故、この密室から逃げ出す必要が無かったのか?

 この二つの問いを解決してくれる答えは、一つしかありません。この殺人事件が起きたこの部屋が、私の自宅だからです!」

「なんだってぇぇ!」


 刑事達は驚愕の大どんでん返しに腰が抜けそうになった。


 その後、刑事たちによって、他の部屋の裏付け捜査がされた。

 そして、コルクボードに旅行に出かけた際の犯人刑事の写真が何枚も貼ってあったり、洗面台の歯ブラシに『犯人刑事』と名前が書かれていたり、枕カバーから犯人の匂いがした事で、犯人刑事の推理通り、この犯行現場が彼の自宅だと言う裏付けが取れた。


「やはり、この事件の犯人はこの私以外にあり得ないと言う事です!」


 犯人刑事の見事な推理によって、密室の謎は解け、犯人刑事は無事に逮捕された。


「ご苦労様です」


 マンションの表には、犯人刑事を見送りに来た、刑事部長の姿があった。


「今回も見事な事件解決だったよ、犯人刑事」

「刑事部長殿。わざわざお見送りありがとうございます」

「事件を解決する為とは言え、自らが犯人となり事件を起こす……なかなか出来ることではありません」

「刑事部長殿……恐縮です」


 刑事部長殿の言葉に、犯人刑事の瞳にはうっすら涙が滲んだ。

 犯人刑事は一礼し、刑事部長の敬礼に見送られて、パトカーに乗せられた。


 事件を解決する為とはいえ、人間を一人殺してしまったのだ。捜査と引き換えに、犯人刑事が失った代償は大きい。

 犯人刑事。

 事件を解決しようとする刑事魂は人一倍だが、少々物忘れの激しい一面のある人殺しである。

 DHAとかを摂取したり、指を動かしたりして、記憶力を鍛えたほうがいいだろう。

 しかし、この世に犯罪がある限り、犯人と刑事の二刀流の犯人刑事に休まる暇はない。

 次に刑務所から娑婆に出て来て、事件を解決するのは恐らく七年後くらいだろうか。


 ちゃんとお勤めに励めよ、犯人刑事。

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